入館拒否や帰宅命令までしないと安全配慮義務違反になるんですね:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(101)(2/3 ページ)
個別面談し、業務も軽減し、医者との面談も行い、実家を訪問して治療方針の進言もしてきました。でも、従業員は病気になってしまいました。これ以上、どうすればよかったのでしょうか……。
原告社員にも問題はあったようだが……
では、本件はどうであったか。
前述した通り、原告社員が長時間の残業を余儀なくされていたことは確かであるし、職場で過度な責務を負っていたようでもある。しかし、被告IT企業もこれに手をこまねいていたわけではないし、原告社員のワークスタイルにも問題があったようである。
実は原告社員は、定時に出勤せず、深夜残業が常態化し、無断欠勤もあったようだ。こうしたワークスタイルが社員の健康に悪影響を与えると感じた被告IT企業は注意や改善提案を行ったようだが、原告社員はこれを聞き入れていない。
また、病気発症後は、原告社員と何度も面談を行って希望や症状をヒアリングし、社内のヘルスケア相談部門、心療内科担当医との面談を行わせ、さらに、原告社員の実家を訪問して状況を報告し、治療に向けた進言をするなど、できる限りの対応をしてきたらしい。
こうしたことを踏まえても、被告IT企業は安全配慮義務を怠ったといえるのか。過度な残業や責任の押し付けと乱れた就業状況、そして発症後に被告IT企業が行った対応。
読者の皆さまはどのようにお考えだろうか。
大阪地方裁判所 平成20年 5月26日判決より(つづき)
なるほど、被告IT企業は(中略)個別の面談を行うなどして、原告の作業の進捗(しんちょく)状況を把握し、作業に遅れが出た場合には別社員が原告の補助をし、業務を一部引き継いだり、補充要員を確保したりするなどして原告の業務軽減につながる措置を一定程度講じたことが認められる。
しかしながら、原告社員の(中略)時間外労働時間は(中略)業務軽減を行っても、なお1カ月当たり100時間を超えており(中略)(被告IT企業は)長時間労働を是正するために有効な措置を講じなかったものであり、その結果原告は、本件業務を原因として本件発症に至ったものである。
(中略)
被告IT企業が(中略)原告社員のスケジュールを変更し、補充要員を確保するなどして原告の業務を軽減し、(中略)帰宅できるときには帰宅するようにと指導・助言をしたことは(認められる)。
(中略)
しかしながら、(中略)原告社員に対する安全配慮義務を履行するためには、(中略)端的にこれ以上の残業を禁止する旨を明示した強い指導・助言を行うべきであり、それでも原告が応じない場合、最終的には業務命令として遅れて出社してきた原告の会社構内への入館を禁じ、あるいは一定の時間が経過した以降は帰宅すべき旨を命令するなどの方法を選択することも念頭に置いて、原告が長時間労働をすることを防止する必要があったというべきである。
大阪地裁はこのように述べて、被告IT企業には安全配慮義務違反があったと認めた。この際、原告社員の勤務態度については、少なくとも安全配慮義務違反を検討する上では、その材料とはしなかった。
補足すると、判決は被告企業に損害賠償の支払いが命じられたが、その額は原告社員の請求した額の10分の1程度であり、これをもって「原告の勝訴」とまでは言い切れないかもしれない。ただしこれは、原告社員が本人の作業量の調整のための話し合いに呼ばれていたにもかかわらず、無断で会議に欠席し職場内をふらついていたなどの身勝手な行動があったことに裁判所が着目した結果であり、雇用者たる被告IT企業の安全配慮義務の重さを軽減して判断したわけではない。
労働者を雇用する組織には、労働者が仕事に従事することにより心身の健康を損ねないように努める安全配慮義務がある。残業を強いることや心理的なストレスを与えることなどはもちろん、企業活動を円滑に行うため、あるいは社員の成長のために必要であったとしても、これらが過度にならないよう、日ごろからよく注意を払わなければならない。
また、何らか異常の兆候があれば、仕事の再配分や休養の要請、配置転換など対策を打たなければならない。この判決が述べる通り、これは民法に定める「信義則上」の原始的な義務であり、強い命令を出してでも実現に努めなければならない。
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