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あるエンジニアの死「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(78)(1/3 ページ)

心臓に疾患を持つ女性エンジニアが、致死性不整脈で亡くなった。直近の残業時間は、月間21時間。彼女の死の責任は、誰にあるのか――。

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「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載、今回は過労死が扱われた裁判を取り上げる。

 人の死に関する話題はデリケートな側面があるし、読んでいて気持ちが暗くなるので避けてきた感もあるが、ITの世界で働く労働者、あるいは雇用するIT企業にとっては、無視して通ることのできない重要な問題である。あるエンジニアの死についての判決を元に、考えを深めてみたい。

 ある女性システムエンジニアが、突然の心臓疾患のために亡くなった。エンジニアが参加していた顧客向けIT開発プロジェクトは遅延や不具合の多い問題プロジェクトではあったのだが、それとエンジニアの死の間に果たして因果関係はあるのか、エンジニアを雇用していたベンダーに責任はあるのか――。

 事件の概要から簡単に振り返ってみる。

あるシステムエンジニアの死

福岡地方裁判所 平成24年10月11日判決から

ITに関する調査、研究、開発、相談などを行う企業(以下、被告企業)においてシステムエンジニアとして勤務していた31歳の社員(以下、社員A)が平成19年4月に致死性不整脈により死亡した。

これについて社員Aの相続人である原告らは、社員Aの死亡は被告企業における業務の過重負荷に起因するものである旨主張し、不法行為に基づく損害賠償請求又は労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、原告1人当たりにつき約4000万円の支払いを求め、訴訟を提起した。

 システムエンジニアが過労により体を壊すことや、死に至った事例は筆者も数多く知っている。私がシステムエンジニアとして大手IT企業で働いていた平成初期、エンジニアの残業は100時間から200時間が当たり前だった。令和の時代になっても、多くのエンジニアたちが、厚生労働省が定義する月80時間以上の過労死の残業ラインを超えて働いている。システム開発現場の長時間労働はなかなか改善されず、体を壊すエンジニアはいまだに少なくない。

 では、死亡したエンジニアの残業時間はどうだったのだろうか。判決文の中に以下の記載がある。

社員Aの時間外労働時間数

発症1カ月前 21時間00分

発症2カ月前 106時間20分

発症3カ月前 6時間15分

発症4カ月前 0分

発症5カ月前 12時間00分

発症6カ月前 10時間50分

 あえて申し上げると、一般的なシステムエンジニアと比べて多過ぎるというほどではない。確かに発症2カ月前の106時間は厚生労働省の示す過労死ラインを上回るが、全体ではそこまでの長時間労働というわけではなかった。

 ただし社員Aは、発症の何年も前から健康診断で不整脈があることが分かっており、目まいや立ちくらみ、息切れなどの症状があったようだ(原告らによれば、社員Aがこうした症状を自覚するようになったのは、被告企業で働くようになった後のことであるとして、基礎疾患そのものの責任も被告企業にあると主張している)。疾患を持った状態での残業106時間は、長過ぎるし危険とも考えられる。

 しかし社員Aは、それでもシステムエンジニアとして働く意思を見せていた。被告企業から強いられたのではなく、本人がモチベーションを持って仕事に臨んだ。企業として一体何ができたのか、そこがこの事件の悩ましいところだ。

 原告らはさらに、社員Aの死の原因は参加していたプロジェクトで受けた強いストレスにもあると主張している。このプロジェクトは客観的に見て達成困難な納期を強いられていた上に、社員Aには顧客の面前で行った機能確認試験の失敗という惨めな体験もあった。この極限的精神的ストレス(質的過重性)は、社員Aを自殺未遂に追い詰めるほど大きな過重性を有するものであったと原告は主張する(社員Aが自殺未遂事件を起こしたことは、証拠によって裁判所も認めている)。

 基礎疾患のある社員Aを厳しいプロジェクトに参加させ、多大なストレスを与え、1カ月とはいえ過労死の基準を超える労働を強いたことは、被告企業の落ち度であり、安全配慮義務、または不法行為上の注意義務に違反する、というのが原告らの主張である。

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