ソフトは転売していません。マニュアルを販売しただけです:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(105)(2/2 ページ)
ソフトウェアを転売しても窃盗罪には当たらないんだってね。じゃあ、アクティベーション回避プログラムをじゃんじゃん売っちゃおうぜ。
そもそもどんな法律に引っ掛かるのか
Yの言い分はいかにも苦しい。CADソフトをインターネットからダウンロードできる場所に置き、これを利用可能とするプログラムを販売したというのだから、ソフトウェアあるいはそれを使う権利を売ったと考えられるだろう。読者がXの立場であったらそんな言い分は到底受け入れられないだろうし、Yの立場であれば幾分かでも後ろ暗い気持ちが心の中に残るはずである。
では、Yのした行動の「どこが」「どのように」悪いのか、法的に考えるとどうだろうか。皆さまがこれをすんなりと説明できれば、もしもこうした被害に遭ったとき、裁判に訴えなくても相手の謝罪と賠償を求められるかもしれない。
Yが犯したのはどのような法律であるのか、裁判所の判断を見ていこう。判決では2つの法律に基づいてYの非を述べているので、1つずつ見ていく。
まずは「著作権」についてである。
東京地方裁判所 平成30年1月30日判決より(つづき)
Yは、本件ソフトウェアの一部に原告の許諾なく改変(アクティベーション回避プログラムの追加)を加え(本件ソフトウェアの表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、変更などを加えて新たな創作的表現を付加し)、同改変後のものをダウンロード販売したものと評価できるから、その著作権(翻案権および公衆送信権)ならびに著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものと評価すべきである。
対象のコンピュータプログラムが著作物と判断できる場合、これに修正や変更を加えることができるのは、著作者と著作者が許したものだけである。Yのように許諾を得ていないものが勝手にこれを行えば、プログラムの「翻案権」(変更を加える権利)と、「同一性保持権」(著作物を作成時のまま変えさせない権利)を侵害したことになる。
前者は「著作権侵害」、後者は「著作者人格権侵害」という不法行為に該当する。また、「公衆送信権」(プログラムをダウンロードさせる権利)も著作者が独占的に持っている権利であり、Yはこれも犯したことになる。公衆送信権も著作権のうちの一つである。
ちなみに、コンピュータのプログラムが著作物となり得ること(全てのプログラムが必ず著作物となるとは限らないが)は、著作権法第十条の九に記されており、翻案権は同第二十七条に規定されている。同一性保持権は同第二十条、公衆送信権は同第二十三条に規定されているので、興味のある方はご覧いただきたい。
続いて「不正競争防止法」についてみていく。
東京地方裁判所 平成30年1月30日判決より(つづき)
Yは、Xが営業上用いている技術的制限手段(アクティベーション)により制限されているプログラムの実行を、当該技術的制限手段の効果を妨げることにより可能とする機能をインターネット回線を通じて提供したものと評価できるから、不正競争行為を行ったものと認められる。
簡単にいえば、「不法な手段でYの商売を邪魔した」ということだ。相手を限定して提供していた(正規の手続きを経て購入した者にだけ使用を許可した)はずのプログラムやデータを勝手に公開することは、不正競争防止法第二条一項の十二(裁判当時は同条同項目の十一)に違反するとの判断であった。
相手方に事の重大さを認識させる
他人のソフトウェアを勝手にダウンロードすれば、著作権侵害あるいは不正競争行為という不法行為であり、民事的には損害賠償を請求できる。この事件の場合は、Xが請求した約1000万円が全て認められた。ちなみにYは刑事告訴され、秋田地裁大館支部で懲役2年6カ月(執行猶予4年)、罰金200万円の有罪判決を受けている。
もしも読者の中に同様の被害を受けている方がいるなら、まずは相手方にこの判決を伝えるとよいだろう。相手が軽い気持ちでこうした行為をしている場合、多額の請求と刑事罰という重大な結果が待っていることを知れば止めるかもしれない。
その上で、それまでの損害の賠償を求めることもできよう。損害額をどのように計算するかはケース・バイ・ケースだが、基本的には相手がソフトウェアを売ることにより得た利益の返還というのがこの手の事件での計算であり、恐らく他の裁判でも当てはめられるだろう。相手方が利益の額を秘匿したりごまかそうとしたりしたら、「どのみち刑事告訴すれば分かること」と言えば、正直にならざるを得ないだろう。その後、刑事告訴するか否かはご本人の判断次第だ。
プログラムやデータはいわゆる有体物ではないので、窃盗罪にはならない。そのせいか、この手の不法行為と犯罪は幅広い人間が手を染めているようだ。無論、これらが見過ごされ、横行するようでは、多くのエンジニアが開発の意欲を失い、結果、社会の発展を阻害することにもなってしまう。
ITにかかわる人間の一人として、こうした不法行為や犯罪が少しでも減ってくれるようにと思いながら本記事を書いた。
細川義洋
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
個人サイト:CNI IT Advisory LLC
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