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話題の衛星インターネット「Starlink」の速度や経路を技術者視点で調べてみたInside-Out(1/2 ページ)

SpaceXが提供する衛星インターネットアクセス「Starlink」が日本でも利用可能になりました。早速、申し込みを行い、通信経路や接続性などを計測してみました。Starlinkがどのようなサービスとなっているのか、日本、米国、ドイツの3カ国での通信経路の違いなどを含めて解説します。

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衛星インターネットサービス「Starlink」を使ってみました
衛星インターネットサービス「Starlink」を使ってみました
Starlinkは、衛星を使ってインターネット接続を可能にするサービスです。2022年10月に日本でのサービスも開始されました。早速、Starlinkを契約、どのようなものなのかいろいろと試してみました。

IIJ

本記事は、株式会社インターネットイニシアティブの許可をいただき、IIJ Engineers Blog「Starlink(スターリンク)がやってきたのでネットワークを調べました」「Starlink(スターリンク)の遅延を日本とアメリカとドイツで長期収集しています」を再構成、加筆修正いただいたものです。そのため、用字用語の統一ルールなどが、@ITのものと異なります。ご了承ください。


谷口 崇 氏

執筆者プロフィール

谷口 崇(たにぐち たかし)
クラウド本部 フェロー
1995年入社 サーバサイドのインフラエンジニアとして個人向けサービスIIJ4UやIIJmioに関わってきました。途中でエンタメ業界に出向して修行してきましたが、戻ったらStarlinkやろうと思って準備していました。


 みなさんはStarlink(スターリンク)ご存じでしょうか? 通信衛星経由でインターネットにつなぐことができるサービスです。

 2022年の1月におきたトンガの火山噴火では同国のインターネット復旧に使われたり、ロシアによるウクライナ侵攻ではウクライナ支援で活躍したりと、いろいろな意味で世界中から注目されています。事業主はあの自動車会社の「Tesla」を経営している、Elon Musk(イーロン・マスク)氏です。

 そのサービスが2022年10月から日本でも利用できるようになりました(KDDIは法人向けに2022年12月1日提供開始)。ここではStarlinkについて、検証した結果を書いていきたいと思います。

Starlinkとは?

 インターネットは学術利用から発展し、耐障害性の高さ、誰もが情報発信できる自由な空気と利便性により、SNSや配信、P2P、IoTなどに発展しました。いまやインターネットはプラットフォームになり社会を支えるインフラの1つになっています。

 インターネットを支える通信手段として、衛星は昔から使われていました。赤道上空3万6000kmの静止軌道上に配置された衛星を使ったインターネット通信は、航空機や船舶などの移動体における高速インターネット接続環境の提供、通信インフラ不足の国や地域での通信サービスとして活躍してきました。

 そして、最近では低軌道上に多数の通信衛星を配置して協調動作させることで衛星通信の弱点だった遅延などを解決する方法が登場してきました。これは衛星コンステレーションと呼ばれ、その代表格と呼べるのがSpaceXの「Starlink」です。

Starlinkが周回している衛星軌道
Starlinkが周回している衛星軌道

 Starlinkのプロトタイプは、2018年2月に開始され、現在は3500を超える衛星が打ち上げられて、多くの国でサービスされています(FCCから7500機までの追加が承認されました)。

日本向けのサービス提供

 筆者は2021年6月ぐらいに予約して待っていました。そして、2022年8月ぐらいから徐々にサービス紹介サイトの日本語化が進んで、日本でのサービスインも近いかなと思っていたところ、10月11日に東日本向けにサービス開始がアナウンスされ、11月4日で日本全国が網羅されました。

 現在公式サイトから契約できるのは、「Starlink レジデンシャル」と「STARLINK for RV」の2種類です。当初は、固定のサービス提供場所で使用する人向けの「Starlink レジデンシャル」のみが提供されていましたが、サービスの提供範囲内ならばどこでも使用できる「Starlink for RV」も正式に始まりました。また、ビジネス向けの「Starlink Business」も、StarlinkのWebサイトからの申し込みが始まっています。

 筆者が契約した時点では、接続に必要な機材一式(アンテナ、Wi-Fiルーター、電源及びマウント)をまとめたStarlinkキットは7万3000円、月額費用は1万2300円(RVは1万5100円)でした。また当時は「Starlink レジデンシャル」しか提供されていなかったので、こちらを注文しました。

注)利用料金について
 2023年1月下旬時点では、機材一式が期間限定ながら3万6500円となっています。また、月額利用料金もレジデンシャルが6600円、RVが9900円に変更となりました。Businessは、機材が36万5000円、月額利用料金が2万8000円ということです。

 料金は、利用規約などと合わせて、今後も変更される可能性があります。


 Starlinkキットは初期型の円形のアンテナ(G1)と新型の四角いアンテナ(G2)があるのですが、筆者のところにはG1キットが到着しました。サポートに確認したところ、機器認証の関係でG1での提供になったそうです。ネットの書き込みを見ていると、その後、G2に切り替わったようです。その他にも高性能版のキットが2種類存在します。

Starlinkで提供されているアンテナの種類
Starlinkで提供されているDish(アンテナ)の種類

 「G1は古い機材なんだ!」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、アンテナケーブルのコネクターがRJ45だったり、Wi-Fiルーターにイーサネットのコネクターが付いていたりするなど、ネットワーク機器としては使い勝手は悪くはないです(G2は独自コネクターで、イーサネットのコネクターを出すには追加の機器購入が必要)。ただアンテナは、重くて運ぶのが大変です。

G1キット
G1キット
左側の白い部分は、Dish(アンテナ)のイーサネットコネクター部、右側のボックスはPoE電源ボックス。電源はイーサネット経由で供給する。

 リリース当日の2022年10月11日に機材を発注して、15日には到着しました。早速、近所の公園に機材を持ち込んでテストしてみました。北東の方角の空が開けた場所で、電源を入れるだけでインターネットへの接続が可能になります。接続までの手順は、何も特別なことはないので、誰でも使うことができます。通信速度も230Mbpsを超えています。光ファイバー接続に比べると速くはありませんが、災害時などのバックアップ用途としては十分な通信速度といえるのではないでしょうか。

公園の近くでStarlinkにつなげてみました
公園の近くでStarlinkにつなげてみました

Starlinkキットのネットワーク構成を調べてみる

 IIJがネットワークを調べるとなれば、相応の機器を使ってしっかり解析したと言いたいところですが、今回はPCを要所につないでパケットを見るレベルの調査です。変なことをしてStarlinkに怒られても困りますしね(笑)。あとSNS(reddit)とかの情報や公式のFAQも参考にしています。

 やはりというか、Dish(アンテナ部分)自体がルーターになっていました。ネットワークの構成は決め打ちのため、ユーザー側で設定できることは少ないようです。IPv6は見える範囲では使われていないようです(後述の通り、IPv6のサポートが開始されたようです)。

Starlink(G1キット)の接続図
Starlink(G1キット)の接続図

 Dishの配下にネットワークスイッチなどを介して複数の機器をつなぐことは可能ですが、DishのIPアドレスと物理アドレス(Macアドレス)も決め打ちです。複数のDishを同じスイッチにつなぐとIPアドレスや物理アドレスの衝突などが起きるので、自分で解決していく形になると思われます。Wi-FiルーターのLAN側設定も決め打ち(192.168.1.0/24)です。設定できることは、アプリ経由でのSSIDの変更と周波数帯(2.4GHz/5GHz)程度の変更になります。

StarlinkとSpaceXのネットワークを調査する

 早速、tracerouteを実行してみました。接続先はGoogleのパブリックDNSサーバ(8.8.8.8)です。どのISPを通過しているか分かりやすいようにAS番号も表示するようにしています。AS14593がSpace Exploration Technologies Corporation(SpaceX)になります。

$ traceroute -A -I 8.8.8.8
traceroute to 8.8.8.8 (8.8.8.8), 30 hops max, 60 byte packets
1 StarlinkRouter.lan (192.168.1.1) [*] 0.909 ms 0.935 ms 1.207 ms
2 100.64.0.1 (100.64.0.1) [*] 51.058 ms 51.050 ms 51.069 ms
3 172.16.249.6 (172.16.249.6) [*] 51.020 ms 50.996 ms 51.012 ms
4 149.19.109.16 (149.19.109.16) [AS14593] 50.955 ms 57.291 ms 57.276 ms
5 as15169.ix.jpix.ad.jp (210.171.224.96) [AS7527] 57.250 ms 57.268 ms 57.370 ms
6 108.170.242.193 (108.170.242.193) [AS15169] 57.347 ms 48.871 ms 64.958 ms
7 216.239.57.163 (216.239.57.163) [AS15169] 51.445 ms 64.772 ms 64.756 ms
8 dns.google (8.8.8.8) [AS15169] 51.385 ms 51.366 ms 51.433 ms


tracerouteで通信経路を確認してみた

 通常、Starlinkは衛星から先はすぐに地上局に降り、そこから先は地上で通信しています。tracerouteの2番目に現れる「100.64.0.1」は、遅延を考慮すると地上局のアドレスであることが分かります。Starlinkが使っている「100.64.0.1」は「キャリアグレードのNAT(CGNAT)を使用する場合の、サービスプロバイダーとそのサブスクライバー間の通信用の共有アドレススペース」になっています。その後はAS14593(SpaceX)→AS7527(JPIX)→AS15169(Google)とつながっていきます。

Starlinkの通信経路
Starlinkの通信経路

海外のStarlinkについて

 IIJにはネットワーク好きの技術者が多いので、当然のように有志が契約しています。米国のサンノゼ(US)とドイツのデュッセルドルフ(DE)で使っています。USはG2タイプです。

米国のStarlinkユーザーはG2タイプ
米国のStarlinkユーザーはG2タイプ

 これらの場所からもtracerouteを実施して比較してみました。GoogleのDNSサーバ(8.8.8.8)はAnycastという技術を使って、地理的にもっとも近い所を参照できるように経路制御されていますので、いずれも地理的に近いサーバと通信しているようです。

$ traceroute -I -A 8.8.8.8
traceroute to 8.8.8.8 (8.8.8.8), 30 hops max, 60 byte packets
1 192.168.1.1 (192.168.1.1) [*] 1.718 ms 4.307 ms 4.204 ms
2 100.64.0.1 (100.64.0.1) [*] 47.626 ms 48.178 ms 48.327 ms
3 172.16.248.36 (172.16.248.36) [*] 54.396 ms 54.553 ms 56.829 ms
4 149.19.108.29 (149.19.108.29) [AS14593] 56.895 ms 56.959 ms 57.024 ms
5 72.14.208.64 (72.14.208.64) [AS15169] 54.413 ms 56.672 ms 56.675 ms
6 216.239.57.29 (216.239.57.29) [AS15169] 56.478 ms 43.021 ms 61.374 ms
7 142.250.226.115 (142.250.226.115) [AS15169] 108.425 ms 108.412 ms 108.406 ms
8 dns.google (8.8.8.8) [AS15169] 106.785 ms 107.478 ms 107.639 ms


US(サンノゼ)からStarlinkの通信経路を調べてみた

$ traceroute -I -A 8.8.8.8
traceroute to 8.8.8.8 (8.8.8.8), 30 hops max, 60 byte packets
1 StarlinkRouter.lan (192.168.1.1) [*] 0.897 ms 1.085 ms 1.316 ms
2 100.64.0.1 (100.64.0.1) [*] 43.267 ms 59.096 ms 59.208 ms
3 172.16.248.40 (172.16.248.40) [*] 59.137 ms 59.401 ms 59.335 ms
4 149.19.108.139 (149.19.108.139) [AS14593] 58.183 ms 58.270 ms 58.459 ms
5 149.19.109.49 (149.19.109.49) [AS14593] 58.803 ms 58.883 ms 58.831 ms
6 142.251.48.235 (142.251.48.235) [AS15169] 57.781 ms 47.286 ms 54.970 ms
7 142.251.241.75 (142.251.241.75) [AS15169] 54.875 ms 55.160 ms 55.184 ms
8 dns.google (8.8.8.8) [AS15169] 54.733 ms 54.787 ms 54.728 ms


DE(デュッセルドルフ)からStarlinkの通信経路を調べてみた

 これを見ると、USやDEではIXを介することなくSpaceX(AS14593)からGoogle(AS15169)に直接つながっていることが分かります。

 次に各国での出口となるゲートウェイのアドレスを確認しました。日本は「206.83.125.96」、USが「98.97.57.170」、DEが「145.224.72.19」となっていました。ゲートウェイはアドレスプールとして管理されているはずなので、実際にはネットワーク単位でそれぞれの国で設定されていると思われます。

各国のゲートウェイアドレス
各国のゲートウェイアドレス

StarlinkのIPv6対応について

 2022年12月5日の時点で、IPv6のサポートが世界各国で始まっていることが分かりました。日本とドイツはまだでしたが、米国では使えるようになっていました。

 米国でGoogleのIPv6のパブリックDNSサーバにtracerouteを実行してみると、以下のような感じでした(端末のIPアドレスのアドレス部分はマスクしています)。

 端末に割り当てられたIPアドレスからインターネットに向けて直接通信ができますが、インターネット側からはフィルターされていました。

$ traceroute -I -A 2001:4860:4860::8888
traceroute to 2001:4860:4860::8888 (2001:4860:4860::8888), 30 hops max, 80 byte packets
1 customer.lsancax1.pop.starlinkisp.net (2605:59c8:3178:7200:xxxx:xxxx:xxxx:xxxx) [AS14593] 4.576 ms 5.785 ms 5.890 ms
2 customer.lsancax1.pop.starlinkisp.net (2605:59c8:3100:28ae::1) [AS14593] 42.727 ms 43.138 ms 43.243 ms
3 host.starlinkisp.net (2620:134:b0fe:248::36) [AS14593] 75.535 ms 76.085 ms 76.016 ms
4 host.starlinkisp.net (2620:134:b0ff::21) [AS14593] 75.931 ms 75.857 ms 75.781 ms
5 2001:4860:1:1::25a0 (2001:4860:1:1::25a0) [AS15169] 75.697 ms 75.621 ms *
6 2607:f8b0:80ef::1 (2607:f8b0:80ef::1) [AS15169] 105.045 ms 105.957 ms 68.472 ms
7 dns.google (2001:4860:4860::8888) [AS15169] 66.016 ms 66.674 ms 67.210 ms


米国ではIPv6の接続サービスが開始された模様


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