第277回 中国で発表された新しいx86互換CPU「暴芯」から考える半導体の地政学的リスク:頭脳放談
中国で新しいx86互換CPUが発表された。最新のIntel製CPUと比べると、性能は少し劣るようだが、自前主義、経済合理性を超えた意思を感じる。地政学的リスク対策を是とする社会的な傾向があるからだろう。一方、日本は最先端半導体工場の誘致など、これまた地政学的リスクの対策に余念がない。でも、地政学的リスクはそこだけだろうか?
最近気になったニュースの1つに、中国で「また」x86互換CPUが発表されたというものがある。「Powerstar」というシリーズで、最初の製品はモデル名「P3-01105」というらしい。「Powerstar」の中国名は、「暴芯」だそうだ。
中国製x86互換CPUというと上海兆芯集成電路有限公司の「兆芯」を思い浮かべるが、全く違う製品のようだ。兆芯は台湾のVIA Technologiesが持っていたCentaur Technologyのx86技術を上海に持ち込んだものだ。今回の「Powerstar(暴芯)」は、それとは出どころが違う。
微博(Weibo)で公開された「声明」によると、「このCPUはIntelの支援を受けて立ち上げたカスタムCPU製品である」と述べており、どうも中身はIntel起源のようだ。何らかの手段を使ってIntel製の世代落ちのCPUを自分らのブランドで製造販売できるようにした、ということなのだろう。公開されたパッケージの形状やスペックから、中身はIntelの第10世代Coreプロセッサ「Core i3-10105」のようだ(Intelの現在の主流は12世代、13世代のCoreプロセッサなので、2世代から3世代前の製品ということになる)。
なぜx86互換CPUなのか
中国に進出した企業の関係者なら思い当たることがあるだろう。中国で商売したければ、「設計情報などを全て政府に提出しないと許可しない」とか、普通の国では考えられない縛りを掛けてくることが多いかの国である。「合法的に」x86の製造販売ができる抜け道があったとしても驚きではない。
暴芯を発表したのは「PowerLeader(宝徳)」という名の会社で、この会社は半導体ベンダーではなく、サーバなどのメーカーのようだ。想像するに、一朝事あればx86系CPUの供給が止まって自社製品が立ち行かなくなる、という危機感をもってのx86進出なのかもしれない。実際にはサーバだけでなくクライアント機にもビジネスチャンスを見つけただけなのかもしれないが……。
兆芯にしろ、暴芯にせよ、先端のx86と比べると性能的には劣るのだが、それでも自前でやってしまうところに、直近の経済合理性を超えた意思を感じる。地政学的リスク対策を是とする社会的な傾向があるように想像できる。
中華勢はRISC-Vでは先頭を走り、Armでも何やらちょろまかしをやり、そしてx86も手当をしている。はた目からしても着々とデカップリング(2国間の経済や市場などが連動していないこと)に備えているように見える。
半導体の自給体制構築の難しさ
一方、日本ではどうか。ご存じの通り日本国政府は日本国内における先端半導体工場の誘致、立ち上げに大枚をはたきつつある。めでたく工場がうまく立ち上がった暁には、半導体の自給比率は上昇するだろう。それもあって先端技術の工場があれば、一朝事あっても国内の半導体工場で自給の体制をとれるだろうと思っている人も多いようだ。しかし筆者はそう簡単ではないと思っている。
Aという型式の半導体製品を使って、完成品を作っているメーカーがあったとしよう。一朝事あってAの供給が断たれたとする。コロナ禍でサプライチェーンが混乱した際もひどかったが、想定する今回はその比ではない。動脈が切れたような惨状となる。
そこでAを国内半導体工場に切り替えると考えてみよう。この切り替えが難物なのである。他の製造業での金型にあたるものは、半導体ではマスク(レチクル)と呼ばれている。通常マスクセットは、特定の工場のそれも特定のプロセス(製造工程)に合わせたものだ。
Intelなどは複数工場の装置から何から同じにしてプロセスを共通化するような努力もしていたらしいが、そんな事前準備なしでは、A製品と互換のA'的な製品を別工場で製造するのには、移行先工場での「似たプロセス」あるいは「互換プロセス」開発、そしてその上での再設計と再評価作業が必須だ。
論理的な面はともかく、電気的にはプロセスが異なれば特性も異なる。「似たプロセス」であっても、再評価しないと「OK」といえるかどうかは分からない。また、そうした再設計再評価の工程とは別に、工場の生産面での合わせ込みも必要だ。
半導体の製造は常に確率的なバラツキに左右される。1回の試作で動いたからといって「OK」とはいかない。十分な収量がとれるようにバラツキを制御する必要もあるのだ。そういう努力をしなければ、1万個作ったのに良品1個といった壊滅的な事態に陥る可能性がある。
有限な工場のキャパシティーを割り当てるのである。低収率でのオペレーションでは製品Aだけでなく、ラインを共用する他の製品にまでしわ寄せが出てしまうのだ。大枚はたいた工場全体の生産を最適なポートフォリオにするのはなかなか難題なのである。
長い移行期間を防ぐ2つの方法
完全な新規製品を立ち上げることから考えると、ショートカットできる作業もあるとはいえ、上記のような作業全般、半年ではとても終わるまい。1年で立ち上げができたら超優秀という感覚だ。果たして移行先の新工場の力量はどうか?
Aの供給が突然断たれて慌てて別工場製のA'への移行を図ったとしても1年、もしくはもっと長い断絶期間が生じるだろう。
それが嫌なら手は2つ。最初から地政学リスクのある工場で半導体Aを製造せずに安心な場所の工場で製造するか、Aがダメなら安心な場所の工場で既に製造されているBという別な半導体製品を使った完成品の製造に切り替えるかだ。
日本国政府の施策は前者、中国製x86互換CPUは後者に思える。いずれにせよエンジニアリング工数はかかる。後者の場合など、できればある程度の事前準備はしておきたいところだ。それら工数確保がなければ絵に描いたモチで万歳である。
地政学リスクは最先端半導体だけではない?
しかし、ふと思うのだが、本当に先端半導体だけが地政学リスクにさらされているのかと。
確かに先端半導体がなければ高度な製品の企画や開発はできない。しかし製造という観点からすると、先端半導体だろうと、ローテクの部品だろうと使用している1種の部品の断絶で、簡単に完成品の製造全体が止まってしまうのだ。
今回のコロナ危機でみなさん身に染みた通りである。そういう点で先端半導体工場が国内に出来上がったとしても、日本の電子デバイス産業の現状は危うい。
例えばプリント基板(PCB)だ。これがなければいくら半導体や他の電子部品があっても製品にはたどり着けない。国内にもPCBの工場は存在しているが、空洞化はとっくの昔から進んでいる。少量多品種、高付加価値製品に特化してなんとか生き延びているという感じではないだろうか。突然、量販機種のスマートフォンに相当するような膨大な量を求められても、量的にも価格的にも対応できないと思う(個人の感想だが)。
また、「日本は電子部品強い」といいつつ、強いのは主に先端の高付加価値品である。ネジやクギ的な大量生産のローテク部品からは撤退していたり、日本企業でも海外工場に移管済みだったりというものばかりと想像する。
ローテク製品が地政学的リスクの盲点になる?
そして、その手の安価な製品を大規模に量産している工場はほぼ全て地政学的リスクというやつにさらされているように思える。技術的には代替製品の製造は可能だが、製造規模と価格の面が大問題なのだ。経済合理性に基づく企業行動では、買えば済むようなローテク部品の国内製造にリソースを投入することはあり得ないだろう。普通の国内企業では「地政学的リスク」への懸念が経済合理性を上回るようなことはない。地道に製造業の国内回帰に取り組むしかないようにも思える。先は長い。
一朝事あれば、リムランド(海洋国家)は先端技術と、それを支える高度な製造装置、高純度な材料などと締め上げるので、対するハートランド(大陸国家)はお手上げだろう的な論調を見かけることもある。しかし、その手の技術的な締め上げの効果は先に進む開発の足を引っ張ることが主だ。こなれた現流品の生産への影響は少ないと想像する。かえって現行の完成品の流通が即座に断たれるリムランド側への影響の方が直接的にも思える。
貿易によって成り立っているグローバル経済への影響はコロナの比でなく激烈だ。もちろん、ハートランド経済への影響も大ではあるだろう。しかしハートランド側には最先端技術がなくても巨大な製造力があり、そして自身の内部およびグローバルサウスといわれる新興国、途上国に地下資源と巨大な市場がある。
現流の技術の延長でデカップリングをしのぐ絵図を描くことは十分可能に思える。現代版モンゴル帝国か。その行く末を占うのはもはや半導体、電子デバイスの範ちゅうを超えている。これは妄言なのか?
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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