第265回 x86とArm、そしてRISC-V、プロセッサの潮流について考えてみた:頭脳放談
最近のプロセッサ関連のニュースは、大きな潮流を異なる側面から見ているように思える。x86とArmの2大勢力に加え、急速に台頭しつつあるRISC-V、これらの半導体業界での立ち位置について考えてみた。
第2幕はNVIDIAのArm買収断念から始まった?
昨今の半導体業界の動きは、NVIDIAのArm買収から始まり、その断念で第2幕が開かれたように思える。画面は、ソフトバンクグループのプレスリリース「当社子会社Arm Limited全株式の売却契約の解消及びArm Limitedの株式上場の準備に関するお知らせ」。
このところのプロセッサ関連のニュースなどを読んでいると、実は「大きな流れ」を異なる面から見ているだけなのではないかという気がしてくる。今回はプロセッサ業界の2大勢力であるx86(ここではx64を含めた広い意味で使わせていただいている)とArm、そして新興のRISC-Vと3つのアーキテクチャにフォーカスして考えて行きたい。
みんなでArmを買収すれば怖くない?
まずは前回の頭脳放談「第264回 新型コロナと戦争が気付かせた『半導体は国家なり』」でも取り上げさせていただいたIntelから考察してみる。
なぜなら、前回でも少し触れているが、Intelのx86離れというか、x86の一本足打法からの脱却傾向が感じられるからだ。x86は今も昔もIntel最大の収益源。表だって足を引っ張るようなことは言わないだろう。新製品も出ているから手を抜いているというわけではない。
しかし、振り返ってみるとIntelの他アーキテクチャに対する態度は変わっているのだ。一昔前より最近までIntelはモバイルから攻め上ってくるArmに対向するため組み込み向けの小型x86製品群(チップとしてはQuark、開発ボードしてはEdison)にコミットしていたくらいだ(Quarkについては、頭脳放談「第161回 Intel様、Quarkが組み込み世界を席巻する方法教えます」参照のこと)。
当時のIntelのスタンスは「Armは敵」であり、x86一辺倒だった。しかし、x86の組み込み展開を諦めたころからだろうか。Armにはかなわない分野があることを素直に認めたように思える。
いまやIntelのスタンスは、「Armも大あり」に変化しているようだ。Intelが買収した企業の中にArmベースの製品で成功しているところも多い。代表例は車載のMobileye(モービルアイ)か。そして「ファウンドリ」ビジネスの旗を立てたいまのIntelにとっては、Armをサポートすることは必要不可欠といえる。Intelにしたらx86の手を抜くわけではないが、ArmコアのSoCもまた重要なビジネスになっているのだ。
それを裏付けるようなニュースが流れていた。まだ非公式情報レベルの話であるがArm買収のコンソーシアムへのIntelの参加だ。IntelのCEO Pat Gelsinger(パット・ゲルシンガー)氏は前向きとの報道だ。NVIDIAの1社によるArmの買収は阻止されたが、いまもソフトバンクグループはArmを売ってお金に換えたいという方向なのだと思う。
どこかの半導体企業が1社でArmを買収するのは好ましくないが、Armを使っている半導体企業が多数で金を出し合って買収するのであれば「みんなのArm」として好ましい方向性になる、ということだ。そしてNVIDIAの場合と異なり、各国の規制当局にも認可されやすいように想像される。コンソーシアムにはQualcommも参加するとか、SK Hynixも前向きらしい。
まだ公式の話ではないし、巨額の資金を要する話だから今後どうなるのか分からない。参加社が多くなることはメリットもあるが、話がまとまらない可能性もある。ただ、半導体各社のビジネスにとって「どこか1社に偏らない」Armの存在というのはメリットがあると思われていることは確かなようだ。
Armの背後からはRISC-Vの足音が……
一方、Armを脅かす存在は、勃興する「RISC-V」であることは間違いない。Intelは、この分野にも手を伸ばしている。RISC-V業界のトップランナーはSiFiveだが、IntelがSiFiveを買収しようとしたことを大分前に書いた(頭脳放談「第254回 IntelがRISC-Vに急接近、でも組み込み向けは失敗の歴史?」)。
買収話は断られたようだが、SiFiveがIntelのファウンドリサービスのパートナーであることに変わりがない。SiFiveだけでなく、RISC-Vを応用しようとする新興勢力にもIntelは投資しているようだ。
ご存じの通り、Intelのx86機はHPC(スーパーコンピュータ)業界でも台数ベースで最大勢力(性能的には普及機が多いが)であり、自社のもうけ場所であったはずだ。そこに他のアーキテクチャが入るのを阻止するのでなく進めようというのだ。
直近でも欧州でRISC-Vを使ったHPC向けの研究開発にIntelが巨額投資するニュースが流れていた(Barcelona Supercomputing Centerのプレスリリース「BSC and INTEL announce a joint laboratory for the development of future zettascale supercomputers」)。巨額投資といっても10年間だし、アナウンスしているのはスペインの組織(カタルニア地方の会社)なので、Intelの投資をアピールして注目を集めたいという気持ちが先に立っていそうだ。ちょっと割り引く必要はあるだろう。
これは個人的な予想でしかないが、Intelが投資しなくても、RISC-VのHPCへの応用は進むと思う。それだけのアドバンテージがあるアーキテクチャだと思っている。ここ数年、ArmベースのHPCである富岳がトップに立っていたが、遅かれ早かれRISC-V機がテッペンに立つ時代がくるのではないかと思っている。
RISC-V機の登場が急であると、ArmベースのHPCが台数ベースを拡大する前にRISC-V機に蚕食されるケースもあり得る。Intelにしたら保険をかける意味もありそうだ。しかし保険のレベルを超えて、投資とファウンドリで積極的にRISC-Vを推していこうという意図があるように見えるのだが。どうか。
中国版のx86互換プロセッサは低性能だけど存在意義はある?
ここまではIntel側から見ての話だったが、視点を太平洋の西側、アジア方面に転じたい。そこにもx86、Arm、RISC-Vの3題話が転がっているのだ。ただ、半導体業界の動向についてどこまでかの国の政府が介入しているんだか分からない。単に政府の意向に沿いそうな方向を忖度(そんたく)して各社各様にビジネス方針を決めているだけなのかもしれない。大義名分があると資金調達などしやすいだろう。
まずは中国版のx86である。IntelとAMDがはるか先まで行ってしまったx86業界において、それを脅かすようなx86互換機を作ることはコストとリスクの割にもうからないことが自明、と思っていたら中国勢が動いていた。上海のZhaoxin(兆芯)だ。
スクラッチから現代のx86を設計するのは非常に大変だ。そこで目を付けたのがx86の第三勢力「だった」台湾VIA Technologiesの資産であったらしい。VIA Technologiesは、x86の開発を既に止めていて人員はIntelに引き取ってもらったようだ。
しかし、設計資産をIntelが引き取ることはなかった。思うに使う気がなくても引き取って権利を塩漬けにしておいた方が、Intelにはよかったのではないかと思うのだが。兆芯が現れてVIA Technologiesの設計資産を出発点に、兆芯主体でx86の開発が継続されているようなのだ。
今のところIntelやAMDのハイエンドどころか、普及機と比べても性能レベルは低い。つまり現時点の製品ではPC市場で「売れる」とは思えない。しかし開発は継続している。もうからない割にかかる費用は莫大(ばくだい)なはず。
この動きの背景を勝手に想像すれば答えは1つである。安全保障だろう。今回の戦争でロシアには最新のPCは入らない状況になっている。ありものと流通在庫などを活用するにせよ、ロシアのITインフラは急速に陳腐化していくと想像できる。x86は米国技術の塊であり、一朝事あらば米国政府の鶴の一声で、新規供給が途絶える可能性が大だ。それに備えるという意図はありではないか。
OSについても同じ。わざわざ中国版のUbuntu系のディストリビューションも提供している。これなども背景には米国発の技術に依存しているといつ止められるか、という恐れがあるようにも見える。
中国にはArmのライセンスがあり、RISC-Vに積極的、その意味は?
Armについては、意図したのかしないのか分からないが、暴走するArmの分派、中国の合弁会社「Arm China」の事件がある。その後どうなったのだろう。
ともあれ既存のArmコアのライセンスを英国のArm本体から離れた中国の会社が管理しているというのは、英国のArmにとっては由々しき問題だ。だが、中国からすれば外国に頼らなくても済む、という点で実はウエルカムだったのかもしれない。うがった見方だし、表立ってそういうことは言われていないが。
RISC-Vについても中国企業は積極的だ。以前に書いたがRISC-Vの標準化団体は本拠地を中立国であるスイスに置いている(今回の戦争でどこまで中立なんだかグレーがかった気もするが)。実際はどうなのだか分からないが、即座に米国技術だと断言できるx86などと比べると、米国政府の介入の余地は小さそうに思える。
その上、組み込み用の小型Armの置き換えから、HPC向けまでRISC-Vの守備範囲は広い。富岳以前に中国内製アーキテクチャのCPUがHPCランキングで1位を取ったことがあったが、HPC専用のようだった。またその後の展開が聞こえてこない。
HPCからデータセンタ、サーバ機などに展開するとなると、いろいろ解決すべきことがあるのかもしれない。経済性を考えずにトップを取ることはできるが、広く展開するには経済的なメリットが必須である。
その点、RISC-Vのように多くの組織が関わっているものの方が何かと広い範囲への応用が効きそうである。中国でRISC-Vに取り組んでいる会社は多い、多過ぎると言ってもいいくらいだ。RISC-V internationalのメンバシップ一覧のページを開けば、漢字が混じっているロゴが多数見つかる。それも上の方に。漢字が入っていなくても名前を聞いたことのない会社のロゴがあったらクリックしてみるとよい。結構な割合で中国企業のWebページに接続される。
できれば米中手切れのような事態は起こってほしくないものだ。しかし、両岸の動向を眺めていると、そうなった時を織り込んだ動きが既に進んでいるようにも思える。杞憂(きゆう)に終わるのがよいのだが。半導体が支えるITインフラの大混乱は現代社会にとてつもない影響力を持ち、為政者が思ってもいない副作用も多数発生するだろうからだ。多分、現時点で人類の一人として正確なことを予想できる人物はいないだろう。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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