ある才能あふれる若手の物語
私が仕事を手伝っていたあるスタートアップに、非常に賢く才能にあふれた若手エンジニアがいた。
彼は一を聞いて十を知るような人で、同年代の中で頭一つ抜けた才覚を持っていた。これまでも、ある程度の努力をすれば、同年代の中でトップクラスの成績を収められてきたのだろう。機械学習に対する理解も早く、複雑なアルゴリズムをすぐに理解できた。彼は秀才だった。
しかし、もう一つ壁を超えて一流になることがなかなかできなかった。
彼は一般的なコーディング能力を持っていたが、構造的なプログラム設計が少しだけ苦手だった。また、課題に対して適切なアルゴリズムを選ぶこともやや不得手だった。顧客の希望もうまく捉えられなかった。経験のある先輩たちの中で、十分に結果を残せないことで自信を失っていった。
そして、行動できなくなってしまっていたのである。
鈍さと才能のわな
「運鈍根」という言葉がある。立身出世の三条件として知られる言葉だ。「運」とは運が良いこと、「鈍」とは才走らず努力すること、「根」とは根気があることだ。鈍とはつまり、鈍感なことである。
彼には鈍が足りなかった。
その才能故にこらえ性が足りなかった。才能をうまく制御できず、継続した努力ができなくなってしまっていた。難しい課題に直面すると、2〜3カ月ぐらいの努力で「もうできない」と思い込んでしまっていた。
才能がある故に、自分にはもっと向いた分野があるのではないか、などと揺らいでしまう。才能があるために、少しうまくいかなくなったときに諦めてしまう。
彼はするど過ぎたのだ。まるで山月記の虎になった李徴のように、才能のわなに陥ってしまっていた。
「フィックストマインドセット」と「グロースマインドセット」
才能ある人は、自分が優秀であるという信念を持っている。だから、眼前にいまの実力で乗り越えられない壁が現れたとき、その信念が揺らぐ。「自分はひょっとしたら優秀ではないのではないか?」という悩みに陥って行動できなくなってしまうのだ。
才能ある人は「フィックストマインドセット」に陥りやすい。「能力は固定的で努力しても変わらない」という信念のことだ。「自分は優秀である」という信念は、フィックストマインドセットだ。故に、その信念が揺るがないように、挑戦を避けるようになる。挑戦するにしても、信念が傷つかないように「勝てる戦い」にしか打ってでなくなる。その結果、それ以上伸びなくなる。
フィックストマインドセットと対になる概念に、「グロースマインドセット」がある。「能力は経験や努力によって伸ばせる」という信念だ。グロースマインドセットを持っていると、自分のいまの実力とは関係なしに、研さんしていくことができる。
同社の別の若手エンジニアはグロースマインドセットを持っていた。初めて会ったとき、彼はどこにでもいる若者であった。一通りの機械学習の知識はあるものの、それを適切に運用できなかった。しかし、1年たつうちに同期の中で頭角を現すようになっていった。
他の優秀な同期に教わったり、本を読んだり、アルゴリズムを実際のデータに適用したりするうちに、経験に裏打ちされた実力を身に付けたのだ。
効率を無視せよ
最初から最適な方法で勉強することは難しい。
インターネットには、「○○学習ロードマップ」「3カ月で身に付く〇〇」といった記事があふれている。そういった情報は無視して構わない。最適な方法でやろうとは思わないことだ。
最初は、何から勉強したらいいのか分からなくて、不安になるだろう。しかし、たかだか数十時間や数カ月の勉強で一流の実力が身に付くほど世の中甘くはない。
まずは、試行錯誤から始めるのがいい。効率にとらわれず研さんを始め、継続することが大切だ。いろいろなものを吸収して、身に付けていくうちに、これだというものが見つかるものだ。
効率を無視し、試行錯誤しよう。
続、ある才能あふれる若手の物語
冒頭の若者は最近、眼前の課題に立ち向かうための努力を続けられるようになったと聞いている。日々コードを書き、自分に足りない部分を伸ばしているとのことだ。
鈍さを得た彼は、一流のエンジニアになっていくのだと思う。
木村優志(きむらまさし)
Convergence Lab. 代表取締役CEO
豊橋技術科学大学大学院博士後期課程単位取得後退学。博士(工学)。AIスタートアップや大手ITベンダーを経て、2020年5月より現職。大手ITベンダーのAI導入支援や、AIスタートアップのプロダクト開発支援に携わる。
AI、ディープラーニングに関する国内、国際学術会議の論文多数掲載(Google Scholar)。博士(工学)。ATR-trek、富士通を経て、現在はConvergence Lab.の代表として多数のAI案件を手掛ける。著書:『現場で使える!Python深層学習入門』(翔泳社)
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