第284回 社会を支えるパワー半導体メーカーの再編にルネサスが参入? で、パワー半導体って何:頭脳放談
ルネサス エレクトロニクスがGaN(窒化ガリウム)技術を持つTransphorm(米国)の買収を発表した。これによりパワー半導体のポートフォリオを拡充するという。そもそもGaN技術やパワー半導体とはどういったものなのだろうか? 筆者が最新の動向を解説する。
パワー半導体メーカーの再編にルネサスが参入
ルネサス エレクトロニクスがGaN(窒化ガリウム)技術を持つTransphormの買収を発表した。これまでも、パワー半導体を手掛けていたが、この買収によりポートフォリオの拡充を図るという。そもそも、パワー半導体とはどういったもので、どういった特徴を持つものなのか、筆者が最新の動向を含め、解説する。画面は、ルネサス エレクトロニクスが買収を発表したTransphormのWebサイトのトップページ。
頭脳放談「第283回 独自RISC-Vコアの発表で見えてきた、ルネサスの『3本の矢』戦略」に続き、ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)の話である。今回は、2024年の年明け1月11日付の「ルネサスがTransphorm社を買収し、GaN技術の獲得によりパワー半導体のポートフォリオを拡充」というプレスリリースに注目してみたい。このプレスリリースだけを見ると、ルネサスがまた「何やら知らない会社」を買収した、という反応が目に見えるようだ。
GaN(窒化ガリウム)技術は、ロームやサンケン電気などが日本では有力メーカーなのだが、海外にはGaN Systems、Efficient Power Conversion、TransphormといったGaN専業の有力メーカーが数社あった。しかし、2023年10月にInfineon TechnologiesがGaN Systemsを買収している(Infineon Technologiesのプレスリリース「インフィニオン、GaNシステムズの買収を完了し、GaNのリーディングカンパニーに」)。
こうした背景情報を重ね合わせてみると、パワー半導体、特にGaN技術分野が風雲急を告げている感じがしてくるのである。
本稿では、電子系、情報系でパワーなど知らないという人向けに、パワー半導体についてざっとおさらいするとともに、パワー半導体動向について勝手に考察してみたい。
パワー半導体って何?
さて、「パワー半導体」とはどういったものなのか。名前は「パワー」だが、一般にはなじみが薄いと思う。
スマートフォンやPCのプロセッサの優劣に関心のある人々は多いが、パワー半導体に関心があるのは電気系、機械系の学生くらいかもしれない(ロボコンとかには必須だからか?)。しかし、日本政府による半導体への補助金の行先にも、パワー半導体が挙げられているくらいだ。「プロ」の間ではとっくにパワー半導体に関心が集まっている。
パワー半導体の用途とは
まずパワー半導体がやっている仕事を列挙してみよう。電圧を上げたり下げたり、交流から直流、直流から交流に変換したりと、電力変換とその制御に関わる仕事とまとめられる。抽象的に列挙すると地味だ。
しかし、その用途たるや、現代社会を支えているといっても過言でない存在なのである。パワー半導体抜きには、スマートフォンやPCから、いまはやりの人工知能(AI)が動作しているサーバも動かない。電話や自動車、電車、モビリティ手段も電動でない自転車以外ほとんど使えずだ。また、エアコンや冷蔵庫もダメだし、飛行機もロケットも飛ばないといった具合で、ほぼ全てのモダンな現代社会のインフラが停止してしまうのだ。
キーワードとなる言葉として第一にインバータを挙げたい。ロジックデバイスのインバータではなく、「インバータエアコン」などという場合のインバータである。
これは「直流から交流に変換する」技術を指している。通常、商用電源(交流)から直流を得るという意味での電源(これもパワー半導体の応用)の「反対方向」の変換だ。
これが何に効いているかといえば、モータの駆動である。エアコンや冷蔵庫にもモータが含まれているし、これを近代的なインバータ制御にすれば電力効率が大いに向上するのだ。大昔のエアコンよりも、最近のものの効率が大幅アップ(省電力化)しているのは、この技術によるものが多い。
また、駆動のためのモータを搭載している電気自動車やハイブリッドに限らず、内燃機関の自動車でも何十個ものモータを搭載している。それぞれのモータに複数のパワー半導体が張り付いていることを考えると、その数は膨大だ。
モータの生産数量の何億個だか何十億個だかと聞けば、世の中を物理的に回しているのはモータのおかげだ。また、鉄道をみれば、VVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータ制御とて特有の音を愛でる愛好家がいらっしゃるようだが、あれも駆動周波数を制御しているインバータが「奏でている」らしい。太陽光発電のパワーコンディショナなどもパワー半導体の塊だ。家電からモビリティ、再生可能エネルギーに至るまで使われている技術なのだ。
第二のキーワードとして「リチウムイオン電池」を挙げたい。スマートフォンから電気自動車まで、現代社会には必須となったリチウムイオン系電池だが、その充放電にはパワー半導体がかかせない。普通の乾電池とは違うのだ。パワー半導体抜きに電池だけでは使えない。そして、身近な装置に何と多くのリチウムイオン系電池が使われていることか。
パワー半導体の4つの指標
そんなパワー半導体が目指すところの指標として、「高耐圧」「大電流」「高速」「低損失」の4つを挙げたい。
電車などが典型例だが、直流1500Vで200kWとかいう水準の電動機を制御する必要がある。スマートフォンの半導体などとは段違いの高電圧と大電流に耐えないとならない用途がある。
また、自動運転などに使われるLiDAR(Light Detection And Ranging)などセンシング応用やRF(無線)基地局応用などでは高速性も要求されてくる。
そして、低損失である。これはパワーデバイスで損失があると、その分の電気がモッタイナイといった観点以前の問題だ。大電力を扱う素子で何%も損失があったら、発生する熱でそのデバイスが溶けてしまう、という実用的な問題だ。可能な限り損失(発熱)を抑え、その上でパッケージング技術などでどうしても発生してしまう熱の放熱対策をして安定、信頼性のある動作を行う、という方向性である。
こうした上記の4つの指標に加えて、その用途によっては信頼性も非常に重要となる。パワーデバイスを組み込む装置によっては組み込み場所がエンジン廃熱などで高温にさらされる場所にならざるを得ないこともある。屋外用途では凍るような低温になることもあるだろう。コンシュマー用途では壊れたら交換で済むかもしれないが、航空宇宙用途では壊れるようではシャレにならない。
なぜパワー半導体でGaNを使うのか?
パワー半導体といっても要求される電圧レベルや電力、スイッチング速度、信頼性は、用途によって大いに異なる。そのため、デバイス形式や材料もさまざまだ。デバイスの形式としては、ダイオード、サイリスタ、トランジスタといったところである。今回は一番市場が大きく、ルネサスのリリースにも対応したトランジスタのみにフォーカスする。
まだMOSトランジスタがこなれていなかった時代は、パワー向けの半導体というとバイポーラ(BJT)トランジスタが主流であった。
しかし、1990年代にはMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)が主流になったのではないか。何といってもMOSプロセスの工場はデカい。大量に製造可能(つまり価格が安い)で、扱いやすいデバイスで500〜600V、数十Aくらいの処理ができるようになったからだ。そして速度も速い。それでもより高電圧で大電流のエリアではバイポーラ製品、バイポーラとMOSFETの「いいとこどり」的なデバイスであるIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)が使用されていた。
以上はみんなSi(シリコン)ベースの半導体であるが、その後、より高耐圧、大電力、低損失を掲げて新たな材料を使ったパワーデバイスが台頭してくる。一つがSiC(シリコンカーバイト)であり、もう一つがGaN(窒化ガリウム)である。どちらもバンドギャップがSiの3倍くらいある。
ルネサスのリリースで「ワイドバンドギャップ素材」といっているのがそれだ。どちらもSiに比べると高電界に耐え得る。パワーデバイス素人の勝手な意見では、高電圧に耐える点ではSiCの方が有力そうだが、速度や大きさの点ではGaNに軍配が上がりそうだ。しかし、ビジネス的な将来展開は、また違うようにも思われる。
SiCの場合、専用のSiCウエハを使わざるを得ないので、SiC専用ライン向けに、Siに比べると供給の限られるSiCウエハを確保しないといけないという制約がある。ルネサスも以前、SiC生産ラインの新設、そのための10年間にわたるSiCウエハ供給契約などを発表しており、SiC製品への対応も手当済みなのだ。
なお、ルネサスの源流の一つである三菱電機は「パワーデバイス以外」のデバイスをルネサス発足時にルネサスへ合流させているが、「パワーデバイス」については自社内にとどめており、今も稼ぎ頭としてパワーデバイス業界でのプレゼンスも大きい。「米国CoherentのSiC事業会社へ出資」や「Nexperia B.V.とSiCパワー半導体共同開発に向けた戦略的パートナーシップに合意」といったプレスリリースを見ると、SiCパワーデバイス事業拡大を進めるつもりのようだ。三菱電機のターゲットは、産業や再生エネルギー、電鉄と書いてあったが、自動車分野向けも増強したい雰囲気がある。
GaNの場合、基本はSiウエハの上にGaN層をエピタキシャル成長(単結晶基板上に結品を成長させること)させ、その部分にGaNデバイス(ノーマリON型のHEMT)を生成するようだ。既存のSiウエハ工場の転用が可能な上に、こなれたSiプロセスとの整合性が高く、このあたりのポイントは高いように思われる。またSiの大口径ウエハ上に小チップサイズのGaNデバイスを形成するので、小型化や低価格化もしやすいように思われる。
GaN専業の再編はまだ進む?
ここでルネサスが、GaN専業のTransphormを傘下に収めたことで、SiCに加えてGaNパワーデバイスもラインアップに加わったわけだ。日本国内ではロームやサンケン電気、パナソニックなどがGaNで先行しているように思うが、海外メーカーではGaN Systems(カナダ)を2023年に買収したInfineon Technologiesが一番ではないだろうか。
Infineon Technologiesが「強く」見えるのは、パワーデバイスの老舗中の老舗、International Rectifier(米国)も2014年に傘下に収めていることも影響している。パワーデバイス分野でも半導体の再編は確実に進んでいるのだ。まだまだ買収が続く可能性もなくはない。GaN専業といえば残りはEfficient Power Conversionなどがあるのだが。
最後に1つ、パワーデバイスがパワーポリティクスも支えているらしいことも指摘しておきたい。戦車、戦闘機、ミサイル、そしてドローン、どれもパワーデバイスなしには成り立たなくなっている。そしてパワーデバイスを作れる国は西側だけではない。旧ワルシャワ条約機構の時代でも、数百V耐圧のトランジスタなどは「カーテンの向こう」側でも作られていた実績があるのだ。パワーデバイスは地味だが恐ろしいデバイスなのである。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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