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第291回 最先端半導体に必須のEUV露光装置から「お金の匂い」がする理由頭脳放談

最先端半導体で使われるEUV露光装置関連のニュースが増えているようだ。EUVと聞くと、「お金の匂い」を感じる人も多いようだ。なぜ、EUVが注目されているのか、日本のメーカーの状況はどうなっているのかを解説する。

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EUV露光装置に「お金の匂い」がする理由
EUV露光装置に「お金の匂い」がする理由
最先端半導体で使われるEUV露光装置関連のニュースが増えている。EUV露光装置は、現在、オランダのASMLがほぼ独占状態にある。ただ、現状のEUV露光装置には改善の余地があり、そこを狙ってさまざまな研究機関や企業がしのぎを削っている。そんな状況について解説する。写真は、ASMLのWebページ「Lenses & mirrors」に掲載されているEUV露光装置の鏡を使った光学システム部分。

 半導体分野に関心を持つ方が増えたためなのか、「EUV関係」がニュースになることが多くなっている印象がある(EUVの詳細については後述)。筆者が、ちょっと検索しただけでも、ここ1カ月ほどだけでも以下のようなニュースがあった(順不同)。

 一部には「EUV」と聞くと「買い」みたいな雰囲気もある。そこまで短絡的でなくても「EUV」と聞くとお金の匂いを感じ取る向きが多いようだ。

なぜEUVに「お金の匂い」を感じるのか?

 「EUV」、日本語で言えば「極端紫外線」、英語でつづれば「Extreme Ultraviolet」なので「EUV」となる。波長13.5nmという紫外線、これより短くなるとX線(レントゲン線)カテゴリーに入ってくる。紫外線としては最も短い波長の電磁波である。こんなものにお金の匂いを感じる人が多いのは、ズバリ最先端の半導体製造において超微細なパターンを半導体上に形成する上でなくてはならない光だからだ。

 技術的な説明をくどくどするより、装置の価格を述べた方が分かりやすいだろう。先端のEUV露光装置のお値段は、約400億円(為替変動の効果は不明)だ。そして、その装置はオランダの「ASML」という会社が一手に供給しており、年間に出荷可能な台数は数十台ほどらしい。単純計算しても軽く1兆円を超えるだろう。そして、ASMLの1社供給と限られているため、そのバックログは数兆円に達するといううわさだ。

 こう説明すると、いままで「EUVって何?」と思っていた方もEUVにお金の匂いを感じ始めるのではないだろうか。さらに言えばEUV露光装置(ステッパ)は売っておしまいの商売でもない。

 この装置は半導体の前工程工場の主要設備として、その工場の対応プロセスが生産される期間中、稼働し続ける。その期間に要する交換部品、材料、各種メンテナンスサービスなどは稼働期間中、ずっと必要になるのだ。1台400億円の機械に使うその手の製品が安いはずがない。ここにEUV露光装置を頂点とする産業(ニッチだが)が成り立つというわけである。

EUVの露光装置はASMLの一社独占、日本の製造装置メーカーの立ち位置は?

 ハッキリ言って、EUV露光装置がなければ、最先端の半導体工場は立たない。そんな重要な装置なので、オランダの1社に任せておかず、もっと他所でも作ったらよいじゃないかと思われるかもしれない。

 しかし、これが難しいのだ。どことは言わないが日本にも露光装置(ステッパー)のメーカーはある。以前は、世界の最先端を走っていた時代もあったのだ。しかしEUV露光装置の開発には失敗している。やじうまがその原因について書いたりしないが、ともかく難しい(開発にもお金がかかる)ことは理解できるだろう。

 これまた端的なことを書いてしまう。可視光の下限波長360nmに対して、露光装置で使っていた光の波長は、365nm、248nm、193nmと短縮してきた歴史がある。波長が短くなればなるほど解像度を細かくできるからだ。その短縮過程も、さまざまな困難を乗り越えてようやく達成されてきたものだ。

 それが13.5nmと、ほとんどX線に近い波長へと一気に短くなった。従前のアプローチは、ほとんどちゃぶ台返し状態になってしまった。これを達成できたのはASMLの1社のみであり、そしてこれを使いこなせる製造技術のある半導体メーカーもTSMC、Samsung、Intelなどに限られている。

 「強いはずの日本の製造装置メーカーはどうした?」と言われるかもしれない。どっこいEUV露光装置で使われる部品、材料、あるいは補助的な装置などには日本勢が入り込んでいる。つまりASMLをトヨタに例えれば、デンソーなどの位置を占めている日本勢がある、ということだ。

 日本の半導体製造装置大手「東京エレクトロン(TEL)」による「EUV露光による極微細パターニング工程向けガスクラスタービーム装置Acrevia販売開始のお知らせ」という2024年7月8日のプレスリリースがあるが、既存のEUV露光装置を頂点とする階層内での動きを示すものといってよいだろう。

新たなEUV露光装置の開発の芽も……

 一方、既存のEUV露光装置に取って代わりたい、という方向性の取り組みもある。現時点でもEUVだけで年間1兆円を超える売り上げ、多分、数年先には数兆円規模になるビジネスなのだ。ASMLに取って代わりたい人はいるハズだ。ただし、プロであればあるほどその難易度の高さを知っている。ただ、既存のEUV露光装置は、ハッキリ言ってしまうとかなりポンコツだ。つけ込む余地が大いにある製品だと思う(個人の感想です)。

 まず、露光に使うEUVを発生する電力が半端ない。メガワット単位で測れてしまう電力を消費する。発電所(?)と思うような単位なのだ。それでいて実際に露光で活用される有効電力は何桁も低い電力でしかない。ほぼほぼX線な波長であるため、その波長の強力な光の発生自体が一筋縄でいかず低効率であり大電力を消費する。EUVの発生後もあちこちで損失を重ねて実際に描画に使われるエネルギーは発生した元の光のエネルギーの1%くらいでしかないらしい。まったくもってエコでない装置なのだ。

 また、量産性もかなり低い。一般に高価な装置であればあるほど、半導体製品1個1個の製造に対する使用時間をミニマムにしたいという当然の要求がある。しかし、巨大なEUV露光装置のスループットは従前の露光装置のスループットと比べると桁違いに低いようだ。仕方がないのでプロセスのキモになる限られた部分のみEUV露光を使い、他の緩い部分は従前の露光装置を併用しているはずだ。いずれにせよスループットのネックはEUVの工程になるのだろう。

 そういうポンコツな部分が見える既存のEUV技術だけに、取って代わりたいという研究も現れるハズだ。ユニークな研究の発表が続く、沖縄科学技術大学院大学からは「エネルギー効率を飛躍的に高める革新的なEUVリソグラフィー先端半導体製造技術を発表」というプレスリリースが出ている。これは既存のEUV露光装置を根本から変えたい指向だと思う。書いてある通りにできたらすごいかもだ。ただ実用化のための道筋がどうなるのかはまったくもって不明である。

沖縄科学技術大学院大学が開発したEUVリソグラフィー技術
沖縄科学技術大学院大学が開発したEUVリソグラフィー技術
冒頭に示したASMLのEUV露光装置が使用しているリソグラフィー技術が図の左側だ。比べて見ると同じ経路で光を収束させていることが分かる。沖縄科学技術大学院大学では、これを大幅に簡略化することに成功したという。実際の露光装置で、ASMLと同様の性能が実現できれば、大きな変革になる可能性もある。図は、沖縄科学技術大学院大学のプレスリリース「エネルギー効率を飛躍的に高める革新的なEUVリソグラフィー先端半導体製造技術を発表」より。

 一方、九州大が2024年7月末に発表している「EUV光源を高効率化するためのマルチレーザー照射法」は、EUV光源自体の研究なので既存であれ、新機軸であれ適用可能かもしれない。

 また、同時に発表している「先端半導体の開発に不可欠なEUV光照射と解析評価を日本で唯一実施する新会社を設立」という大学発ベンチャーの設立は、既存のEUV関連産業の裾野を支えるサービス提供である。九州大学の発表は「取って代わる」ようなインパクトはないが、現実的といえば、現実的な方向性に見える。

EUV関連の市場は拡大へ、さて中国はどうする?

 EUV抜きには今後の半導体製造は成り立たない。よって今後も、EUV関連の市場は拡大していくはずだ。いまの主流は、既存のASMLの露光装置とそれを頂点とする業界ピラミッドだが、既存技術はまだまだ枯れていない。前述の通り、改良の余地が多いにある技術なのだ。どこかから、急に取って代わる製品が出ないとも言い切れない。

 一方、参入を目指したけれども、鳴かず飛ばずの状態で消えていくということもままあり得る。何が来るのかは、注意深く動向を見守るしかあるまい。「キタ!」と思ったときには、みんな知っているのが通例だけれども。

 最後に指摘しておきたいのが中国の動向だ。米国政府の御威光もあり、中国に先端半導体の製造技術を渡さないように網がかけられている現状だと認識している。その際たるものがEUV露光技術といってよい。

 そんな中、EUV露光装置を規制すれば中国は自前で作るようになるだろうからあぶ蜂取らずだ、という議論もあるようだ。

 しかし、中国のことだから、規制しようが規制しまいが絶対に国産化を狙ってくると断言する。一般的な経済合理性など考えず金をつぎ込んでくると見た方がいいし、実現のためにどんな手段を取ってくるかも分からない。実際に最近の中国製先端プロセッサでは一部EUV露光を使っているふうな発表もある。この先、突然ちゃぶ台返し的なカードを切ってきたとしても驚くまい。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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