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Starlink+sXGP+ecdi 竹中工務店が建設現場の完全無線化データ通信網を実証羽ばたけ!ネットワークエンジニア(81)

竹中工務店は2024年7月30日、3種類の無線技術を用いて建設現場のデータ通信網を「完全無線化」したことを発表した。その目的、ネットワーク構成、他分野での企業ネットワークへの応用について述べる。

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 筆者は「5Gオフィス」という5Gだけで構成する企業ネットワークを提案している。しかし、5Gオフィスは無線だけで構成できるわけではなく、高層ビルの内部には無線機や光ケーブル、アンテナなどで構成するDAS(Distributed Antenna System)と呼ばれる「有線ネットワーク」が不可欠だ。

 しかし、竹中工務店(本社 大阪市、取締役社長 佐々木正人氏)の事例は「完全無線化」を実現したという。完全無線化という言葉に強い関心を持ったので、構築に携わった西日本機材センターの松原拡平氏に詳しい話を伺った。

完全無線化の目的

 図1は、ビル建設現場の通常のネットワークだ。完成したビルは通信インフラが整備されており、多数引き込まれている光ケーブルでイントラネットやインターネット接続ができる。ビル内にはDASが設置されて、モバイル通信がどこでも可能になっている。しかし、建設中のビルに通信インフラはない。


図1 ビル建設現場のネットワーク(竹中工務店作成の図を基に筆者が加筆編集)

 建設現場では現場管理アプリや施工ロボット、現場作業者間のコミュニケーションのためにデータ通信網が必須だ。

 通常、光ケーブルは通信事業者の局から個別に引き込むが、日数がかかるし引き込めないケースもある。引き込んだ光ケーブルのONU(Optical Network Unit:回線終端装置)から建物までは有線LANを使うが、敷設の手間がかかるだけでなく、建機による工事などで断線するリスクがある。

 建物内のネットワークは現場の環境に応じてWi-Fi、メッシュWi-Fi、電力線通信などが使われている。Wi-Fiを使う場合は図1のようにフロア間を接続する配線、各フロアのWi-Fiアクセスポイントを接続する配線とアクセスポイントの設置が必要だ。工事の進捗(しんちょく)に応じてケーブルの盛り替えもせねばならず、手間とコストがかかる。

 これらの問題を解決することが「完全無線化」の目的だ。

完全無線化ネットワークの構成と導入効果

 実証実験は2024年2月19〜22日に、(仮称)アクサ札幌PJ新築工事現場の6〜8階を使って行われた。図2が、そのネットワークだ。


図2 「完全無線化」された建設現場データ通信網(取材内容を基に筆者作成)

 インターネットとの接続は、光ケーブルの代わりに、低軌道周回衛星を使った衛星通信サービス「Starlink」を使う。

 可搬型のアンテナを設置するだけですぐ使えるStarlinkが能登半島地震でも被災地の通信確保に活躍したことは、よく知られている。Starlinkの公式ページでは日本での下り速度は150Mbps以上、上りは25Mbps以上とある。松原氏によると、この速度は現場のアプリケーションを使う上で十分なものだったという。

 フロア間の接続は、LANケーブルの代わりに、60GHzのミリ波帯を使用する小型無線通信装置「ecdi」(everyone can do it:エクディ)を使用する。

 ecdiはパナソニックが開発した製品で、免許不要で干渉の少ない60GHz帯を使った高速、低遅延な無線回線を簡単に設置できる。距離は最大500メートル、速度は100メートル以上の距離で1Gbps、遅延はミリ秒単位だ。設置するだけですぐに利用できる。

 ミリ波は直進性が高く、無線機の位置やアンテナの方向がずれると接続が失われる懸念がある。しかしecdiは、電波を特定の方向に集中できるビームフォーミングにより、位置や方向にずれがあっても、電波を適切な方向に発射することで通信を保つことができる。

 フロア内の通信には「sXGP」(shared Xtended Global Platform)を使う。

 図2の6階に描いているように、sXGPのアンテナはecdiにLANケーブルで接続して同じ場所に設置する。sXGPは自営PHS(Personal Handy phone System)の後継として開発された技術で、PHSと同様、免許不要の1.9GHz帯(Band39)を使う。

 周波数が低く障害物に遮られにくいこと、出力が高いことからWi-Fiより広い100〜150メートルをカバーできる。弱点は帯域幅が5MHzしかないため、速度が下り最大12Mbps程度、上り最大4Mbps程度であることだ。しかし、今回の現場で使う分には支障がなかったそうだ。

 端末は2つのパターンで接続した。1つは図2の8階にあるようにsXGPのSIMを内蔵したスマートフォン、もう1つは6階にあるsXGPのSIMを内蔵したモバイルルーターにWi-Fiでスマートフォンを接続するパターンだ。ともに問題なく利用できた。

 ちなみにスマートフォンでは、現場用のアプリケーションの他に、コミュニケーションツールとして現場向きのビジネスチャットツール「direct(ダイレクト)」や「Microsoft Teams」を使ったそうだ。

 松原氏によると、今回の実証実験で次の導入効果が確認できた。

1. Starlinkによるインターネット接続

 光回線を引き込む場合、通信事業者への申し込みから開通まで1カ月程度かかる。Starlinkも申し込みから利用開始まで2週間から1カ月程度かかるが、敷地内のLAN配線が不要なのが大きなメリットだ。Starlinkのアンテナがあれば30分で利用開始できる。敷地内にケーブルを配線する時間の6分の1だ。

2. ecdiによるフロア間の無線ネットワーク構築

 有線LANの配線や工事の進捗に伴うケーブル盛り替えの手間を不要にした。ecdi開設の所要時間は30分で、LANケーブルの半分だ。

3. sXGPによる各フロアの広域無線ネットワーク構築

 Wi-Fiと比較して、基地局数と設置の手間を削減できた。基地局数は2基、所要時間は20分で、基地局設置台数、設置時間ともWi-Fiの10分の1になった。

 全体としてデータ通信網構築にかかる時間を約80%削減できる。経済効果を試算したところ、建築面積500平方メートル/20階建て/利用期間2年を想定した場合、LANケーブル配線を不要とし、基地局数と設置手間を減らすことによって、データ通信網構築にかかるコストを30%程度削減できるという結果が出たそうだ。

企業ネットワークにおける応用

 「Starlink+ecdi+sXGP」による「完全無線化」データ通信網は、本事例のような建設現場だけでなく、大規模なイベント会場や仮設店舗など、限られた期間ネットワークを必要とするユースケースで迅速かつ低コストにネットワークを構築するのに適している。

 必要とする速度や使い方によって「Starlink+ecdi+Wi-Fi」がふさわしいケースも多いだろう。Wi-Fiは接続できる端末が豊富で、SIMが不要なため運用しやすい。

 また、既に光回線が引き込まれている工場のような環境では「光回線+ecdi+sXGP」、5Gで十分な速度が確保できるなら「キャリア5G+ecdi+Wi-Fi」という構成も考えられる。工場やプラントのネットワークを置き換えるというよりは、既存のネットワークでカバーが難しいところを無線で補うという使い方でメリットが得られるだろう。

 竹中工務店の事例を通じて分かったことは、企業ネットワークにおいて複数種類の無線通信を目的や用途に応じて選択して組み合わせる工夫の余地が広がっている、ということだ。

 これからの企業ネットワークの設計で効果的な用途を検討してはいかがだろう。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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