検索
連載

能登半島地震の災害地支援で活躍する「Starlink」 その実態と企業がBCPで使う上での課題羽ばたけ!ネットワークエンジニア(74)

能登半島地震は、大規模災害で低軌道周回衛星Starlinkが携帯電話の復旧や被災者支援に使われた最初のケースになった。その活用実態と有効性、企業のBCP対策への利用方法と課題について述べる。

Share
Tweet
LINE
Hatena
「羽ばたけ!ネットワークエンジニア」のインデックス

連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 災害はいつ起きるか分からない。とはいえ、よりによって新年を祝っている元旦の夕刻に能登半島地震は起きた。犠牲になった方のご冥福を祈るとともに、家族を失った方、今も不自由な避難生活を送る方にお見舞い申し上げたい。

 この地震では道路、水道、電力などのインフラが甚大な被害に遭った。通信インフラも同様だ。

 今回初めて、通信インフラの復旧や避難所などでの通信サービス支援として、低軌道周回衛星「Starlink」が使われた。StarlinkはKDDI、NTTドコモ、ソフトバンクの3社で使われている。本稿では利用台数が多いKDDIを例に、災害地支援でのStarlinkの活用と、企業がネットワークのBCP(事業継続計画)対策として用いる場合の課題について考える。

機動力を発揮したStarlink

 Starlinkは高度550キロという低軌道を周回する衛星だ。テレビ中継や気象観測に使われる静止衛星の高度3万6000キロと比べるとその低さが分かる。地上から近いので電波強度が高く、広帯域(高速)の通信ができる。遅延時間も少ない。Starlink社がサイトで公開しているAvailability Mapによると、2024年2月時点での日本全域における速度は下り166M〜262Mbps、上り18M〜40Mbps、遅延時間は0.033〜0.051秒だ。4Gの性能と同等以上といえる。

 低軌道であることのデメリットもある。高度が低いので1機の衛星が地上に電波を照射できる範囲が狭い。また、軌道から落ちないために高高度衛星の2倍以上の速度で周回せねばならない。1機の衛星が地上のアンテナに電波を照射できる時間が短いのだ。このため、Starlinkは5000台以上の衛星を一体的に連携させながら運用している。地上のアンテナとの通信は衛星から衛星へと次々にバトンタッチされる。

 利用する上でのメリットは、地上で伝送路(回線)を引くことが難しい山地や離島、海上でも空さえ見えればアンテナを設置して使えること(ただし、電源の確保が必要)、家庭でも使えるほど費用が安価なこと、アンテナなどの機材が静止衛星と比べて小型、軽量で使用方法も簡単なことだ。能登半島地震での携帯電話サービスの復旧や被災者支援でもStarlinkの機動力を生かした素早い対応が行われた。

 携帯電話サービスの復旧ではStarlinkをバックホール回線(基地局と携帯電話網を接続する回線)として車載型、可搬型、船上基地局(写真1)で使うとともに、伝送路が使用不能になった既設基地局でも使っている。電源は主にポータブル発電機が使われている。


写真 Starlinkを使った船上基地局(写真提供:KDDI広報部)

 被災者支援としては、KDDIとスペースXの日本法人であるStarlink Japanが協力して避難所などに350台のStarlinkを無償提供し、KDDI以外のユーザーも利用できるFree Wi-Fiを携帯充電器とともに設置している。

 KDDI広報部によると、携帯電話網の復旧、被災者支援に使われているStarlinkの総数は2024年2月現在、750台となっている。

企業BCPでの活用

 Starlinkは企業のBCPでも有用だ。災害時に企業ネットワークの通信を確保する手段になる。その利用イメージを下図に示す。


図 企業のBCPにおけるStarlinkの活用
MU(Master Unit:親機、電気信号を光信号に変換)
HU(Hub Unit:中継器、光ケーブルを中継してRUに接続、電源供給)
RU(Remote Unit:子機、光信号を電気信号に変換、アンテナを接続)

 図中「1」は、大規模オフィスでStarlinkをバックホール回線として使う例だ。ビル内で5G/4Gの電波が使えるようにするため、「DAS」(Distributed Antenna System)と呼ばれるアンテナシステムが設置されている。

 なお、ここに書いた使い方は筆者のアイデアであり、KDDIがその実現を保証しているものではないし、サービスとして提供しているものでもないことを断っておく。だが、へき地でStarlinkをバックホール回線とした基地局ができるのだから、都市部のビルでも同じことが可能なはずだ。

 大規模オフィスのバックホール回線としては1Gbps、10Gbpsといった高速回線が使われる。Starlinkは先述の通り下り最大160Mbps、上り最大33Mbpsの伝送能力しかないので、大規模オフィスで使われるスマートフォンやPCを全て収容するのは難しい。そこで、通常時から「バックホール回線として地上系回線を使う基地局/アンテナ」と「Starlinkを使う基地局/アンテナ」を分けておき、常時並行運用する。

 災害で地上系回線が利用不能となったときは、Starlinkを使っている設備だけで運用を継続する。

 図中「2」は、中小オフィスの例だ。中小オフィスでDASの利用は考えられないので、Starlinkは地上系回線のバックアップ回線、あるいは負荷分散用の回線として利用する。災害で地上系回線が利用できないときは、Starlinkだけで運用する。

 図中「3」は、スマートフォンとStarlink衛星間で直接通信するパターンだ。2024年1月、KDDIはスペースXがスマートフォンと4Gで直接通信可能な衛星の打ち上げに成功したことを発表した。電波関連法令の整備に合わせて、SMS、音声通話、データ通信のサービスを順次始めるという。2024年中にSMSなどのメッセージ送受信サービスが始まる見込みだ。スマートフォンが直接衛星から4Gのフルサービスを受けられるようになれば、地上系の基地局が災害で停波していても衛星経由でインターネットや音声通話が利用できる。

停電対策の範囲と時間をどの程度にするかが課題

 災害時に通信サービスが利用不能になる主たる原因は、通信設備が破壊されることではない。原因の大部分は電源の喪失、停電だ。例えば2019年9月に発生した台風15号は千葉県に甚大な被害をもたらしたが、携帯電話のエリア支障が最大になったのは台風通過約1日後の9月10日だった。「1日後」であるのは多くの基地局の予備電源が24時間だからだ。停電になって24時間が経過して予備電源がなくなり、基地局が停波したと考えられる。携帯大手3社のサービスが全面復旧したのは9月19日だった。

 図においてStarlinkでバックホール回線が確保できたとしても、ふだん使っている商用電源が停電になって大規模オフィスのStarlinkの設備、基地局やアンテナなどのDAS、スマートフォン/PCの電源がなくなれば使えない。中小オフィスでもStarlink設備、LAN機器、端末の電源が必要だ。

 停電に備えるためには、図にある「非常電源設備」が重要なのだ。大規模オフィスではStarlinkの伝送容量に合わせてStarlinkでカバーする範囲はあらかじめ絞ってある。その範囲の設備や端末の電源を確保するのが一案だ。範囲が決まれば必要な電力が決まる。後はどれだけの時間使えるようにするかだ。

 情報通信ネットワークにおいて災害による停電にどの程度の時間耐えられるようにするかという指針は、2019年の台風15号、19号の被害を踏まえて総務省が「情報通信ネットワーク安全・信頼性基準」に追加規定している。例えば「防災上必要な通信を確保するため、大規模な災害の対策の拠点として機能する都道府県庁の用に供する設備」は72時間の停電に備えるように書かれている。

 企業では業態、各拠点の持っている機能によって求められる停電対策のレベルにはかなり幅があるだろう。自社や拠点の要件に合った停電対策を検討する必要がある。

 低コストで簡単に使える非地上系回線、StarlinkはBCP対策として有望だ。停電対策と併せて企業ネットワークに組み込むことをお勧めしたい。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る