日本企業のDX遅延は「人がいない」ではなく「生かせていない」:ユーザー企業とベンダー企業の関係固定化や調達慣行もDX推進の妨げに
日本企業におけるDX推進では、採用依存から脱却し、既存人材の活用と運用体制の整備が重要とされている。経済産業省や各種調査が示す通り、人材を生かす仕組みづくりと経営層の関与がDX成功の鍵となる。
多くの企業がDXに取り組み始めて久しいが、2025年現在も期待する成果を得られないまま、方策を模索している企業は多い。特に昨今は、AI(人工知能)やデータ活用を軸に据えた取り組みが広がる中、人材不足が進行し、採用難やスキル不一致といった課題も目立ち始めている。だが、人材不足の真因は「採用難やスキル不一致」といった問題だけではないようだ。
経済産業省やIPAが発表してきたレポート群により、企業が抱える課題の根源が明らかにされてきている。契約形態や役割分担の曖昧さ、多重下請け構造といった制度的問題が、人材の機動力を阻害していることが指摘され、改革の必要性が強調されている。また生成AIの登場は求められるスキル像を刷新し、単なる技術者ではなく、ビジネス課題と技術を結び付ける実践的能力を備えた人材が注目されつつある。
採用に頼らないDX人材戦略、鍵は仕組みにあり
DX現場支援事業メンバーズは2025年7月29日、DX人材不足を乗り越えるための戦略を提示した。AIやデータの専門人材を中心に、DX推進の現場では人材不足が大きな課題となっており、採用に依存しない視点での取り組みの必要性を強調している。
IIJの2025年調査やIPAの「DX白書2023」でも、多くの日本企業でDX人材を十分に確保できていない実態が示されており、米国企業との差が際立っている。この差は採用数ではなく人材を機能させる体制の有無に起因しており、日本企業には既存リソースを最大限に生かす戦略が求められている。
経済産業省が発表した「DXレポート2.1」および「DXレポート2.2」では、ユーザー企業とベンダー企業の関係固定化や調達慣行がDX推進を妨げていることが指摘されている。メンバーズはこれを踏まえ、人材を増やすことよりも、役割分担の再設計や契約形態の見直しが重要と強調している。人材そのものではなく、生かし方にこそ改革の余地があるという視点で語っている。
DX人材の定義を明確化する重要性も取り上げられている。経済産業省とIPAが策定した「デジタルスキル標準」によって、ビジネスアーキテクトやデータサイエンティストなど5つの類型が示され、必要スキルが体系化されている。自社に必要な人材像をあらかじめ規定することは、採用、育成、配置の一貫性を確保し、戦略の精度を高める手段として位置付けられている。
生成AIの普及によって、求められる人材像も変容している。経済産業省の調査(2023年)では、学習し続ける姿勢や学習し続ける姿勢や仮説検証力、AIリスクに関する理解といった資質が重視され、三菱総研の調査(2025年)ではビジネス課題と分析を結び付ける能力が求められていることが明らかになった。ツールを操作する力よりも実践的応用力に重きが置かれる傾向は、今後の人材戦略の方向性を大きく左右する。
しかし、育成に取り組んでも成果が得られない例はまだまだ多い。Gartner Japanの2024年調査「Gartner、デジタル人材育成の実情に関する調査結果を発表」では、3年以上育成を継続しても成果を実感する企業は2割強にとどまった。背景には配置の不適切さや実践機会の欠如、評価制度の未整備があり、育成に加えて運用段階の仕組みを整える必要性が浮き彫りになった。
外部人材の活用も重要な戦略として提示されている。経済産業省が2025年に公表した「中堅・中小企業等向けDX推進の手引き」では外部の専門人材との協働が不可欠とされ、OJT(On the Job Training)や戦略協議といった形式が浸透している。特に生成AI導入に際しては、外部が設計段階を担う事例が増えており、知見を社内に残す仕組みの整備が鍵となる。メンバーズは、単なる委託ではなくノウハウを定着させる共創的契約の重要性を説いている。
メンバーズは最後に、経営層の関与が不可欠と強調する。経済産業省が改訂した「デジタルガバナンス・コード3.0」ではDXを経営課題と位置付け、人材確保や教育を投資と捉える視点が求められている。経営と現場が一体で取り組むことで、人的リソースの不足を超えてDXを推進できると結論付けている。
「人材がいない」のではなく「人材を生かせていない」
メンバーズのレポートは、採用強化に依存せず、既存リソースの活用と仕組みの整備に重点を置いた戦略を提示する。明確な人材定義、配置や評価を含む運用設計、外部人材との協働、経営レベルの責任体制など、多面的な視点が示されており、生成AI時代に即した柔軟な人材戦略が必要とされている。
最終的に、日本企業の課題は「人材がいない」のではなく「人材を生かせていない」構造にあることが整理されている。採用依存を超えた戦略は、人材の力を最大限に引き出すための本質的な選択肢であり、経営と現場が連動して推進することでDXは停滞から成長局面へと進む可能性を持つ。
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