【トレンド解説】Supercomm 2005のトレンドにみる
音声・映像・データの
総IPネットワーク化が進む通信業界
鈴木淳也(Junya Suzuki)
2005/6/25
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写真1 Supercomm 2005の会場となったMcCormick Placeの風景。トリプルプレイの実現をアピールするベンダが目立った |
ここ2カ月ほどの間に、米国ではネットワーク業界にとって大きなイベントが立て続けに3つ開催されている。まずは皆さんがよくご存じの「Networld+Interop 2005」が5月に、そして通信キャリア向けの展示会である「Supercomm 2005」とネットワーク技術者向けのカンファレンス「Networkers 2005」が6月に、それぞれ開催されている。プライベートのイベントや関連するイベントを集めるとその数はさらに増えるが、ざっと挙げただけでも3つあり、しかもそれがこの時期に集中していることが分かる。ネットワーク機器メーカーやサービス・プロバイダなど各社は、この時期に合わせて、最新技術やサービスの数々について発表を行っている。
今回は、こうした数々の発表から注目のものをいくつかピックアップし、いまネットワーク業界で起きているトレンドを分析していく。
■「アメリカの逆襲」〜通信業界版
まず、ここ最近の各社の発表を見ていて気がつくのは「アメリカの逆襲が始まっている」ということだ。ブロードバンド化からはやや取り残された印象のある米国だったが、ここに来て急ピッチでインフラの整備が進んでいる。それは光ファイバのサービスであったり、WiMAXなどの無線を使ったブロードバンド・インターネット・サービスである。これにより、従来までのDSLで最大1.5Mbps、CATVで3〜4Mbpsという速度を超えるラスト・ワン・マイルのサービスが提供されるようになるほか、これまでブロードバンドの恩恵に預かれなかったような電話局から遠い場所にある地域でも、これら最新のインフラを利用できるようになりつつある。
また、従来型のDSLやCATV事業者にも変化が起きつつある。大きなものの1つは、事業者がインターネット接続サービスだけにとらわれず、TV放送や電話サービスなど、複数のサービスを同時に提供しようと試みていることだ。そして次に重要なムーブメントが、IP化である。まだ技術的には移行途上にあるが、TCP/IP技術を用いて3つのインフラを統合し、1つのネットワーク上でサービスを展開する試みが進んでいる。これは、近年Microsoftが力を入れている「IPTV」と呼ばれるIPネットワーク上でTVコンテンツを伝送するサービスの実験を地域系電話会社の米SBC Communicationsをはじめとする企業が行っているように、かなり現実のものとなりつつある。また近年のIP電話の伸びについては、もはやコメントの必要はないだろう。こうした、データ、映像、音声の3種類のサービスを単一のネットワークを使って提供していくことを「トリプルプレイ」と呼ぶ。
こうした変化は、6月初旬に米イリノイ州シカゴで開催された「Supercomm 2005」で十分に実感することができた。通信業界での共通のキーワードは「トリプルプレイ」「IP化によるネットワーク統合」「ラスト・ワン・マイル技術の進展」の主に3点に集約すると考えられる。
■ラスト・ワン・マイルに大きな進展トピックとしてまず取り上げたいのは、ラスト・ワン・マイル技術の変革である。現在日本では、100Mbpsの光ファイバによるインターネット接続サービスという時代を超え、Yahoo! BBが計画しているといわれる1Gbpsのギガ・ビット時代へと突入しようとしている。ブロードバンド普及率に至っては7〜8割という段階に来ている。コンテンツやサービスはまだまだ未整備という状態にあるものの、インフラだけは確実に世界でもトップの状態をひた走っている。対する米国では、現在ブロードバンド普及率が4〜5割前後にようやく達した状態だ。しかもブロードバンドとはいっても、1Mbpsクラスの速度である。地域格差もひどく、それが大きな情報格差を生み出している。
写真2 基調講演を行う米Verizon Communications会長兼CEOのイワン・セイデンブルグ氏 |
そうした状況のなか、全米最大の地域系電話会社Verizon Communicationsは5月16日(現時間)に初の商用となる光ファイバ接続サービスを米北東部のニューハンプシャー州にある2つの都市に提供する計画を発表している。同社の会長兼CEOであるイワン・セイデンブルグ(Ivan Seidenberg)氏はSupercommでオープニングの基調講演を行ったが、その中で光ファイバ接続サービス「FiOS」と、TVなどのビデオ・コンテンツ配信サービスを発表している。実験サービスは2004年よりスタートしており、ようやく第一歩を踏み出した感じだ。またVerizonではこの種のサービスを「FTTH」とは呼ばず、「FTTP(Fiber to the Premises)」という名称で呼んでいる。まだまだ地域限定的なサービスだが、ようやく米国でもブロードバンド化に加速がかかってきたことを認識できるできごとである。
またWiMAXについては、5月にSBCとIntelが提携を発表するなど、サービス提供に向けた動きが具体化している。WMAN(Wireless Metropolitan Area Network)の規格である「IEEE 802.16」も収束状態にあり、FujitsuやIntelなどのチップ・ベンダから、関連チップやリファレンス・ボードの提供が行われている段階だ。北米では、すでに2005年の段階でのサービスインが見えている状況だが、ここから先の展開はやや長くなることが予想される。Supercommの会場でも、WiMAXを使った動画配信のデモストレーションが行われており、展示の1つの目玉ではあったのだが、具体的な将来的な展望についてはまだ課題がある状況だと思われる。米Cisco Systemsのルータ技術部門のシニアバイスプレジデントであるMike Volpi氏によれば「WiMAXはまだ各国での電波帯域の割り当てに関する課題を抱えており、その経過しだいで状況が変わってくる。割り当てられる帯域によっては、思ったほどのパフォーマンスが出せない可能性もある」とコメントしている。また、ノートPCなどのモバイル機器でWiMAXのサービスを利用できるIEEE 802.16eについては、当初の2006年中のサービスインという予定からはずれ込むことになりそうだ。
■通信キャリア・ネットワークのIP化このように、米国では現在、ベビーベルと呼ばれる旧AT&Tの地域系電話会社の元気がいい。積極的に投資を推進し、技術ドライバーになっている印象がある。これら企業は別の側面でも話題を振りまいている。SBCは旧本体にあたる長距離電話会社のAT&T買収にこぎつけ、一方のVerizonはQwestとの激しい争奪戦に打ち勝ち、AT&Tのライバルにあたる長距離電話会社MCI(旧:Worldcom+UUNET)の買収権を獲得している。例えるなら、子会社が親会社を飲み込むような状態だ。特にAT&Tは長距離電話撤退とIP電話への注力を打ち出した直後であり、まさにリストラの途上にあった会社だ。今後のビジネス戦略という意味でも、非常に面白い展開だと思う。
買収こそされてしまったものの、このAT&Tの大決断は、IP化によるネットワーク統合(Convergence)に向かいつつある業界の先兵ともいえるものである。前述のようなトリプルプレイの提供には、まず複数のサービスを効率的に提供できるインフラが必要であり、その候補の1つがIPネットワークとなる。IPネットワークにする最大のメリットは、コスト削減効果だ。バックボーンのコアにあたるネットワークをMPLS(Multi Protocol Label Switching)によるインフラに置き換え、サービス・インフラを構築することで、QoSなどの帯域の優先制御が必要なアプリケーションにも対応できる。また、マルチキャストやユニキャストの技術により、エンドユーザーに近いネットワークでのブロードキャスト配信も可能になる。これら技術の組み合わせがトリプルプレイを実現する。エンドユーザーにとっても、1つのネットワーク回線で複数のサービスが利用できることになるメリットがある。
このネットワークのIP化による統合の究極の目標は、フレーム・リレー(Frame Relay:FR)やAMTなどのレガシーなネットワークを排除し、設備の維持コスト等をさらに削減することにある。端から端までのすべてのネットワーク環境が統一されることで、最大のコスト削減効果が生まれるからだ。だが、旧サービスを利用する既存ユーザーがおり、過去に膨大な設備投資を行った巨大企業ほど、こうした動きには躊躇してしまう。カナダ最大の通信キャリアであるBell Canadaでは、2006年までに一般の電話回線サービスを除き、すべての専用線、データ通信サービスをIP-VPNまたはイーサネットといったIPベースのものへと置き換える計画だという。この興味深い事例はCisco Systemsの協力をもって推進され、バックボーンをすべてIPベースで構築することに成功している。
写真3 Bell Canadaのエンタープライズ部門社長のイザベル・コーヴィル氏 |
ここで気になるのは、サービスを現在利用しているユーザー側の反発だが、それまで大きな抵抗はなかったようだ。同社エンタープライズ部門社長のイザベル・コーヴィル(Isabelle Courville)氏によれば「多くの企業は先を見据えて動いている。IT業界の進歩がこれだけ急速に進むなかで、自分のシステムだけが過去に取り残されるのはあまり得策だとは思わない」とコメントしている。数少ない顧客のために赤字覚悟でサービスを続けるのではなく、ユーザー側に積極的なシステム改革を提案していく方向性をとったようだ。「これからは、さらに厳しいコスト競争になる。われわれの試算では、2006年度のコスト削減効果は10〜15億ドルにのぼる。バックボーンのIP化は生き残るための手段でもある」と同氏は付け加える。
■積極攻勢に出るCisco Systems
通信キャリアの話からは離れて、こんどはネットワーク機器ベンダの最新トレンドについて触れてみる。主力のコア・ルータ事業でライバルのJuniper
Networksなどの猛攻を受けて沈黙を守っていた業界最大手のCisco Systemsだが、2004年6月のCRS-1発表を境に逆襲に転じている。まず最大規模のバックプレーン容量を持つルータであるCRS-1の発表に始まり、CRS-1用に開発されたIOS
XRの発表、そしてCRS-1の半分の筐体サイズのモデルを出し、ラインアップを着々と整えている。ハーフサイズの筐体モデルをリリースした理由は、CRS-1では規模的に非常に大きいため、より手ごろにシステムに組み込むことのできる製品を用意して、JuniperのMシリーズなどに対抗するためである。また、モジュラー・アーキテクチャを採用して耐障害性をアップさせたIOS
XRを、従来までのフラッグシップ・モデルであるCisco 12000シリーズに搭載した「Cisco XR 12000」という製品も用意している。
同社の進撃はこれだけでは止まらない。無線LANの分野で、無線スイッチ・ソリューションを持つAirespaceを買収、製品ラインを強化している。また、セキュリティ分野ではCisco
SDN(Self Defending Network)のフェイズ3「Adaptive Thread Defense(ATD)」を発表している。IP電話の分野では売上が10億ドルを突破、ネットワーク・ストレージの分野でも第3位のポジションについており、同社が「Advanced
Technology」と呼んでいる新興系分野での躍進が目立つ。さらに6月21日(米国時間)には、米ネバダ州ラスベガスで開催されている「Networkers
2005」の会場において、「Application-Oriented
Network(AON)」を正式に発表している。AONとは、XMLベースのメッセージの内容を判断し、スイッチやルータがインテリジェントに処理する仕組みのことである。イメージ的には、IBMのMQ
Seriesなどのミドルウェアの概念に近い。同社としては、はじめての分野への進出である。
正直な話、ここ1年の業界を振り返ったとき、Ciscoの動きが際立っている。CNET
News.comの報道によれば、米CiscoのCEOであるジョン・チェンバース(John Chambers)氏はNetworkes会場でのインタビューで「今後1年間で、3〜4カ月に1回のペースで新分野に向けた製品リリースを行っていく」とコメントしている。AONもその1つだろう。残りの分野としてどのような技術を考えているのかは不明だが、おそらくは同社がまだ製品ラインを持っていない、あるいは比較的手薄な認証/管理のような分野がメインになると予想している。ハードウェア的には安定した状態にあるため、AONにみられるように、ソフトウェア部分の強化が必要になると考えられるからだ。
2004年後半から2005年にかけてのネットワーク業界の主役はCiscoだったといえるが、今後は準備期間を置いて他のベンダが攻勢に転じる番となるだろう。またその際の主戦場となると思われるのが、CiscoがAdvanced
Technologyと呼んでいる分野である。2005〜2006年にかけて、IP電話とセキュリティ関連の分野で一波乱が起きるかもしれない。
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