元麻布春男の視点
Creativeの3Dlabs買収でグラフィックス市場が変わる?

元麻布春男
2002/03/23

 2002年3月11日、Creative Technologyは3Dlabsを買収すると発表した(Creative Technologyの「3Dlabs買収に関するニュースリリース」)。Creative Technologyは、PERMEDIA 2ベースのコンシューマ向けグラフィックス・カードを真っ先にリリースするなど、3Dlabsとは良好な関係にあり、この買収前の時点ですでに3Dlabsの発行済み株式のうち、28%を所有していた。今回の買収は残りの株式を買収するもので、3Dlabsの株主は1株につき、1.2ドルの現金とCreative Technologyの株式(2.4ドル相当)を受け取る。


■PERMEDIA 2
1998年に3Dlabsが発表したグラフィックス・チップ。Creative Technologyのほか、Diamond MultimediaなどからもPERMEDIA 2搭載のグラフィックス・カードが販売された。4Mbytesもしくは8MbytesのSGRAMが搭載可能で、解像度1280×1024ドットで6万5000色の表示が行えた。NVIDIAのRIVA TNTの対抗として注目されたグラフィックス・チップである。

 Creative Technologyによる買収によって3Dlabsのブランドがどのようになるか明らかにされていないが、3Dlabsの名前が消えると、また1つグラフィックス関連の老舗ブランドがなくなることになる(当面ブランドとして3Dlabsの名前は残りそうだが)。3Dlabsはワークステーションなどで利用されているグラフィックスAPI「OpenGL」の主要開発メンバーでもあり、OpenGLの行方も気になるところ。今回は、この買収によってグラフィックス市場がどのように影響を受けるのかを考えてみたい。

ワークステーション市場に強い3Dlabs

 上述したように、かつて一般市場向けにPERMEDIAブランドのグラフィックス・チップを手がけたこともある3Dlabsだが、PERMEDIA 3が事実上とんざして以来、一般市場向けの製品は途絶えていた。現在、3Dlabsの製品ラインナップは、ハイエンド・ワークステーション向けのグラフィックス・カード「Wildcatシリーズ」と、エントリ・ワークステーション向けのグラフィックス・カード「Oxygenシリーズ」の2つである。Wildcatは、2000年7月に買収したIntense3Dの製品ラインナップに起源を持つが、そのIntense3Dはグラフィックス・ワークステーション・ベンダのIntergraphのグラフィックス・ハードウェア部門が分かれてできた会社であった。Wildcatシリーズは、IBMやCompaqがワークステーションに採用してきたこともあり、なじみのある方も多いかもしれない。

3Dlabsのグラフィックス・カード「Wildcat III 6210」
同社のワークステーション向けのハイエンド・グラフィックス・カード。416Mbytesのグラフィックス・メモリを搭載する。主にCAD/CAMやデジタル・コンテンツ制作向けとして販売されている。

 またOxygenは、1998年7月に買収したDynamic Picturesのブランドである。Dynamic Picturesは、旧DECからスピンアウトしたグラフィックス・ベンダであった。現在のOxygenカードは、もともと3Dlabsが手がけていたGlintブランドのチップをベースにした製品になっているが、ブランド名は受け継がれているわけだ。NVIDIAにグラフィックス事業を売却したSGIと合わせ、かつてのワークステーション・グラフィックスベンダが消えていった様子が改めて思い起こされる。

 つまり現在の3Dlabsは、ワークステーション・アプリケーションに特化したプロフェッショナル向けのグラフィックス・チップ・ベンダである。一方、買収したCreative Technologyは、いわずと知れたSound Blasterで知られるベンダであり、NVIDIAのGeForceシリーズのグラフィックス・チップを採用した「3D Blasterシリーズ」のグラフィックス・カードの販売元でもある。早い話が、グラフィックス・ビジネスのフォーカスは完全に一般市場に向いており、ワークステーション向けのハイエンド・カードとは縁がない。そもそもワークステーション向けのハイエンド・カードというニッチ市場は、Creative Technologyという大企業には狭すぎる。

 このように、接点のない両社が合併するメリットはあるのだろうか。そのヒントは両社の合併に関するニュースリリースにある。この中でCreative TechnologyのCEO(最高経営責任者)であるシム・ウォン・フー(Sim Wong Hoo)氏は、「3Dlabsのプロフェッショナル向けハイエンド・グラフィックス技術を、Creative Technologyのコンシューマ向けデスクトップ製品に取り込んで行く予定である」と述べている。同氏によると、現在3Dlabsが開発中のグラフィックス・チップは、世界で初めて1チップで1Tops/s(テラ・オペレーション/秒)の性能を実現したものだという。逆に、買収される3Dlabsのメリットは、Creative Technologyの販売ルートを活用するといったことに加え、何といっても資金的な裏付けができることだろう。1Tops/sのグラフィックス・チップを開発するには、膨大な費用が必要になる。Creative Technologyに買収されることで、その費用を賄うことが可能になるハズだ。

OpenGL 2.0が与える影響 

 だが、ここで1つの疑問が生じる。それは、3Dlabsが手がけるプロフェッショナル向けの製品が、OpenGLのアクセラレーションをターゲットにしたものであるのに対し、Creative Technologyが得意とするコンシューマ向けの製品はDirectX(Direct3D)をターゲットにしたものである、ということだ。実際にはコンシューマ向けにもQuake IIIのようなOpenGLベースのアプリケーション(ゲーム)が存在するが、こうしたアプリケーションの性能を測っても、3Dlabsのハイエンド製品は決して高い数字を示さない。それは、性能が悪いのではなく、そういう目的のために作られていないからだ。従って、どんなに3Dlabsが開発中の新チップの性能が良かろうと、それをコンシューマ向けにしても、性能が良いとは限らないではないか、というのは当然の疑問だ。

 この疑問の答えになるかもしれないのが、現在3Dlabsが取り組んでいる、もう1つの大きなプロジェクト「OpenGL 2.0」の存在にある。業界標準であるOpenGLの標準化についてはOpenGL ARB(Architecture Review Board)と呼ばれる団体が管理しているが、そのARBに対してOpenGL 2.0の提案を行い、多くのホワイト・ペーパーをリリースするなど、最も積極的な活動を行っているのが3Dlabsである。

 特定の会社ではなく、ARBという業界団体で標準化の作業を行っていることでも明らかなように、OpenGLはWindows、UNIX、Linux、Macintoshなどのプラットフォームを選ばないクロス・プラットフォームのグラフィックスAPIである。ARBにより管理されていることで、規格としての安定性が高く、ころころとバージョンが変わったり、バージョンによって内容が変わったりすることが少ない。このことも、OpenGLのメリットとなっている。

 しかしそのOpenGLも、最初の1.0がリリースされたのは10年前の1992年のこと。ここにきて、現行のOpenGL 1.x(最新版は1.3)に問題が見られるようになってきた。その問題とは、ハードウェアの進歩に合致できなくなってきたことだ。

 半導体技術の進歩、さらにはDirectX 8.0のリリースにより、一般向けのグラフィックス・チップは、プログラマブル・プロセッサの時代を迎えた。DirectX 8.0に含まれるDirect3Dでは、Vertex(頂点)処理やPixel(ピクセル)処理を、ハードウェアにインプリメントされた固定的な機能により行うのではなく、プログラマブルなプロセッサ・コアを用意して、そのコア上で実行可能なコードにより行うことが可能になったのである。これは、アプリケーション・プログラマに大きな自由を与えた。リリース以来DirectXは、どちらかというとOpenGLの後追いをしてきた感がある(最初はまったく違うところからスタートしたが)のだが、DirectX 8.0でOpenGLをしのぐ機能を持つようになった。

 もちろん、こうした新しいハードウェアの機能を、OpenGLで生かすことがまったくできないわけではない。だが、OpenGL 1.xで利用できない新しい機能を利用するためには、特定のハードウェアに依存した拡張(OpenGL Extensionの定義)を施す必要がある。OpenGLには230を超えるこうした拡張があり、例えばPC向け3Dグラフィックス・チップとして最も普及しているNVIDIAによる拡張を記述したドキュメントだけで、すでに500ページを超えるボリュームに達している(これに対して最新のOpenGL 1.3のスペックは284ページに過ぎない)。

 OpenGL Extensionを利用することで、OpenGLという枠組みの中から新しいハードウェアの機能を利用することは可能だが、Extensionを利用したアプリケーションは当然のことながらハードウェア依存となってしまう。これでは、ハードウェアに依存しない、あるいはクロス・プラットフォームというOpenGLの本来の目的を満たしていないことになる。

 そこでOpenGL 2.0の最大の狙いは、Direct3D同様、プログラマブルなグラフィックス・コアをサポートし、さまざまな処理をアプリケーション・プログラマがシェーダ言語(CライクなOpenGL 2.0用の記述言語で、アセンブリ・ライクなDirectX 8.0のシェーダ言語とは異なる)で記述できるようにしよう、それによりハードウェアに依存しない形での性能向上を可能にしよう、ということである。最初のOpenGL 2.0は、OpenGL 1.3の機能をすべて実装したうえで、OpenGL 2.0固有の機能を加えることで、チップの効率より、アプリケーション・プログラムやプラットフォームによるAPIの移行を重視する予定だ。その後、OpenGL 2.0の機能のみをサポートした、ハードウェア効率の高いPure OpenGL 2.0に移行することが考えられている。

大きな図へ
OpenGLのロードマップ
この図を見ると分かるように、まずOpenGL 1.3をベースにプログラマブルな機能を実装する。その後、OpenGL 2.0の機能のみをサポートした、ハードウェア効率の高いPure OpenGL 2.0に移行することを予定している。

NVIDIA、ATI、Creativeの3極体制になれるか?

 さて、このOpenGL 2.0の推進役とでもいうべき存在が3Dlabsである以上、同社が現在開発中の新チップは、当然これを意識したものである、と考えるのが常識的だろう。以前は、OpenGL用、特にCAD/CAMを意識したグラフィックス・チップは、ゲームなどのコンシューマ向けのアプリケーションでは、どうしても性能が出ない、というのが一般的だった。が、OpenGL 2.0で、OpenGLがプログラマブルなものになってしまえば、こうしたハードウェアの性格の違いによる性能の問題は、大きく軽減される可能性がある。もちろん、シェーダ言語の仕様が異なる以上、性格の違いが完全になくなることはないかもしれないが、これまでよりは少なくなることは間違いないだろう。OpenGLとDirectXで性能が大きく異なる、ということもなくなるハズだ。つまり、3Dlabsの技術を一般コンシューマ向けに転用する、という狙いは絵空事とは呼べなくなるかもしれない。

 これまでも本連載で触れてきたとおり、「グラフィックス・カード」という製品では付加価値を加えることが難しくなっている。Creative Technologyが3Dlabsを買収することは、Creative Technologyがグラフィックス・チップを手にすることであり、グラフィックス・チップの違いによる差別化を探ることだと考えられる。

 このところCreative Technologyは、NVIDIA製のグラフィックス・チップを採用していたが、以前ほど熱心ではないように見受けられる。例えば、GeForce3 Tiシリーズ、そしてGeForce4シリーズと、NVIDIA製グラフィックス・チップを搭載したカード製品をリリースしたものの、昔のように一番乗りではなくなってしまった。また、ヨーロッパでは、とりあえずGeForce4 Tiシリーズ、GeForce4 MXシリーズともにカード製品をリリースしているが、日本国内で製品発表されているのはGeForce4 MXシリーズを搭載したカードのみといった具合で、全世界で強力に販売する、という雰囲気ではない(だからといって日本国内でGeForce4 Tiシリーズを発表しない、ということでもないのだろうが)。差別化の難しいNVIDIA製グラフィックス・チップを使うより、自前のテクノロジを持ち、それで差別化を図る、という戦略だと思われる。

 ユーザーとして期待したいのは、Creative Technologyと3Dlabsが一緒になることで、現在NVIDIAとATI Technologiesの2強体制になっているグラフィックス市場に第3極が形成されることである。2社による競争より、3社による競争の方が望ましいからだ。ただ、現在のグラフィックス・チップ・ベンダは、単にグラフィックス・チップをリリースするだけでなく、グラフィックス統合型チップセットの提供がほとんど不可欠になりつつある。果たしてCreative Technologyに買収された3Dlabsはチップセット・ベンダへの道を歩むのか、今後が注目される。記事の終わり

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  関連リンク 
3Dlabs買収に関するニュースリリースENGLISH
Wildcat III 6210の製品情報ページENGLISH
OpenGLに関する技術情報ページENGLISH
 
「元麻布春男の視点」


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