強誘電体メモリ「FRAM」解説

高速なデータ書き換えに耐えるRFIDタグを考える


田中 均
富士通株式会社
電子デバイス事業本部
システムマイクロ事業部
FRAM設計部
部長
2007年4月2日
RFIDタグに使われているメモリには、いくつかの種類が存在する。RFIDの利用形態が多様化するにつれ、高速な読み書き性能が求められるだろう。そのような要求に応えられる「FRAM」を取り上げる(編集部)

 RFIDの半導体チップの中には、データを保持するメモリが入っている。メモリには、書き換えのできないマスクROM(Read Only Memory)か、電気的手段で書き換え可能なEEPROM(Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)が使われている。

 書き換えのできないRFIDチップにおいては、チップごとに異なるデータを書き込む必要があるため、チップ製造工程の終わり近くで電子線やレーザーを使ってチップ配線の一部を接続したり、切断したりすることによりデータを書き込む。

 ユーザーがRFIDタグを購入後に、独自のデータを書き込む場合には、書き換えのできるメモリを採用したものが必要となる。例えば、富士通では電気的に書き換え可能なメモリとして、EEPROMの代わりに強誘電体メモリであるFRAM(Ferroelectric Ramdom Access Memory、FeRAMとも呼ばれる)を搭載したRFIDチップを提供している(注1)

 FRAMはEEPROMに比べて、高速の書き込みができる、書き込みに要する電力が少ない、多数回の書き換えが可能という特長を持っており、RFIDタグに適したメモリである。本稿では、このFRAMについて解説を行う。

【注1】
富士通は1999年にFRAMの量産を開始した
http://jp.fujitsu.com/microelectronics/products/memory/fram/

 メモリの種類

 メモリは、任意のアドレスに対して高速での読み書き可能なRAM(Random Access Memory)と、データの保持と読み出し機能を重視したROMとに分けられる。

 ROMは、電源の供給がない状態でのデータ保持期間が10年以上という不揮発性を特徴としている。しかし、データの書き換えができないか、読み出しにかかる時間よりも書き換えにかかる時間がけた違いに長い。

 近年、デジタルカメラやMP3プレーヤーに多く使われるようになったフラッシュメモリはROMの一種である。EEPROMはフラッシュメモリの基本となったメモリであり、データを保持するトランジスタの基本構造はフラッシュメモリと同じである。

 2つの違いは、フラッシュメモリが大きな固まりのデータを一括で消去するようにデバイス配置を簡略化して、大容量化と低コスト化を実現しているのに対して、EEPROMはバイト単位で消去する構造となっている点である。それ故、EEPROMはRFIDタグのように少量のデータを書き込む用途に適しているといえる。

 一方、RAMの代表例はパソコンのメインメモリとして使われるDRAMである。高速でのデータの読み書きが可能であるが、電源を切るとデータが消える(これを揮発性メモリという)。

 近年注目されている新たなメモリは、ROMと同様に10年以上の不揮発性を持ちつつ、揮発性メモリと同じく、任意のアドレスに対して高速の読み書きが可能な不揮発性RAMである。FRAMはこの不揮発性RAMのひとつである。

 FRAM以外にも、磁気抵抗メモリMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)、相変化メモリPRAM(Phase change Random Access Memory、PCRAM/OUMとも呼ばれる)、抵抗変化メモリReRAM(Resistive Random Access Memory)などの開発成果が発表されている。

 FRAMメーカーには、富士通以外にも松下電器産業、沖電気、Ramtron Internationalが挙げられる。FRAM以外の不揮発性RAMでは、Freescaleが2006年にMRAMの量産開始をアナウンスしただけであり、まだ量産実績に乏しい。

図1 メモリの種類一覧

 FRAMの基本動作

 FRAMは強誘電体薄膜の自発分極特性を利用した不揮発性メモリである(注2)。富士通のFRAMは、強誘電体材料として、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛、Pb(Zr,Ti)O3)を使用している。圧電性セラミックス(注3)であるPZTは、インクジェットプリンタのヘッド部分や、微少の位置決め用アクチュエータなどの分野で使われている。

【注2】
電気的絶縁体のうち、外から電場を加えない状態で自発的な電気分極を持つものを強誘電体と呼ぶ。外部の電場を掛けることにより、自発分極を反転させることができる。

【注3】
圧電性セラミックスとは、力を加えると誘電分極を起こすセラミックスのこと。逆に外から電界を掛けるとゆがみを生ずる。

図2 FRAMの構造

 図2のa)に示すように、FRAMでは、下部電極の上にスパッタリング法(注4)により多結晶のPZT膜を形成した後、上部電極を積層し、強誘電体キャパシタとする。多結晶PZTは図2のb)に示すようなペロブスカイト型結晶構造(注5)から成り立っている。

【注4】
スパッタリング法とは、半導体プロセス工程中の金属膜や絶縁膜の堆積に用いられる製造方法の1つ。真空中で加速したイオンをターゲットと呼ばれる板に衝突させ、その衝撃でターゲットより飛び出した原子を半導体プロセス中のウェハに降り積もらせる方法である。

【注5】
ペロブスカイト型結晶構造とは、立方晶系の単位格子の各頂点に金属原子が存在し、立方格子の中心点に別の金属原子があり、この原子を中心として、立方格子の各面の中心に酸素原子が位置するような結晶構造のこと。

 図2の構造は、結晶の基本となる単位格子を表している。単位格子の中央部分に位置するZrもしくはTi原子は部分的に正に帯電して、PZTを挟む電極間の電界に応じて、上下に移動する。外部電界をゼロ、すなわち電源を切ると、Zr/Ti原子は結晶構造中の2つの位置のどちらかに安定に存在する。FRAMでは、この2つの位置の情報を電気的に取り出して、“0”または“1”のデータに対応させる。

 次に、この対応手法を説明する。電圧0Vのとき、図2のb)下側の位置にZr/Ti原子があるとする。強誘電体キャパシタの下部電極に正電圧を加えていくと、結晶中のZr/Ti原子は上方向に力を受ける。ある一定以上の電界が掛かると、Zr/Ti原子は中央を通り越して、上側の安定点に移動する。

 このときの分極電荷量の変化を表したものが図2のc)である。下部電極の電圧が0Vから正側に増加すると、結晶の分極電荷量は図中の点aの負の値から点bにおいてゼロとなり、点cの正の値となる。点cから電極間の電圧を0Vに下げると、分極電荷量は点dの正の値に落ち着く。点aと点dでは、外部の電界がゼロとなっている状態で、結晶中には自発的な分極が発生しており、その方向は互いに反対向きである。

 この分極電荷量を残留分極電荷量と呼ぶ。強誘電体では、点a→点b→点c→点dと外部の電界を加えることにより、残留分極の方向が反転する。点dから下部電極に負の電圧を加えていくと、点eで分極量はゼロとなり、点fで負の値を取る。点fにおいて、電圧をゼロとすると、元の点aに戻って、負の分極が残る。

 図2のc)にある電圧−分極電荷量の曲線をヒステリシスループと呼ぶ。FRAMは強誘電体材料の持つヒステリシスループの特性を利用してデータ保持を行っている。

 
1/2

Index
高速なデータ書き換えに耐えるRFIDタグを考える
Page1
メモリの種類
FRAMの基本動作
  Page2
FRAMの回路
FRAMにデータを書き込む
FRAMの断面構造
FRAMの特徴

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