連載 IT管理者のためのPCエンサイクロペディア 第9回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(3)〜商業的には失敗だった「Pentium Pro」の功績 元麻布春男 |
前回の「第8回 PCのエンジン『プロセッサ』の歴史(2)〜性能向上に勤しんだ486/Pentium世代」では、Intel 486からMMX Pentiumまでを取り上げた。Windows 95の登場によるPC市場の盛り上がりという追い風もあったが、その性能と機能によってPentiumシリーズは空前のヒット商品となった。これにより、RISCプロセッサによるPC市場への進出という夢は幻に終わることになる。
P6マイクロアーキテクチャの第1世代「Pentium Pro」登場
さて、MMX Pentiumの登場に先立つ1995年11月、IntelはPentiumとは異なる「P6マイクロアーキテクチャ」という新しいアーキテクチャに基づく「Pentium Pro」を発表した。Pentium Proは、「Pro」という名前が示すとおり、一般のクライアントPC向けではなく、サーバ/ワークステーション向けにリリースされたプロセッサである。まったく新しいマイクロアーキテクチャの門出が、サーバ/ワークステーション向けという限られたセグメント向けのプロセッサになったのには、いくつかの理由が考えられる。中でもコストと性能上の問題(というよりも特徴か)が、主なものだと推測される。
Pentium Proは、Intel製のx86プロセッサとして初めて2次キャッシュ(256Kbytesあるいは512Kbytes)を内蔵した(詳細は後述)。この2次キャッシュは、プロセッサと同じパッケージに封入されていたものの、プロセッサ・コアとは別のダイになっていた。つまり、Pentium Proのパッケージは2つのダイが封入された大型なものとなった。こうしたパッケージを採用したことにより、Pentium Proはプロセッサの低価格化を難しくしてしまった。なお、P6マイクロアーキテクチャの第2世代製品のPentium IIでは、2次キャッシュに汎用的なSRAMを採用し、プロセッサ・コアとはプリント基板上で接続することで低価格を実現した。また、Pentium Proでは、2次キャッシュがプロセッサ・コアと同じ動作クロックでアクセス可能であったが、Pentium IIでは1/2の動作クロックに引き下げられている。このあたりにも、Pentium Proが高価格になる要因があったわけだ。
P6マイクロアーキテクチャを採用した初めての製品「Pentium Pro」 |
写真のように2次キャッシュが別ダイで内蔵されているため、長方形の大型パッケージになっている。写真では、左側がプロセッサ・ダイ、右側が2次キャッシュとなっている。 |
また、Pentium Proに用いられた第1世代のP6コアは、16bitコードによるアプリケーションの実行速度が同じ動作クロックのPentiumに及ばないという問題があった。Intelによると、「設計上の選択であり、P6マイクロアーキテクチャがリリースされる時点において、16bitコードがこれほど残っているとは予想していなかったことによる」というもので、バグなどではない。だが、これにより第1世代のP6コアを一般のデスクトップPC向けとしてリリースすることが難しくなったのは事実である。Pentium Proが発表された1995年は、まさにWindows 95がリリースされた年でもあるが、16bitコードと32bitコードが混在するWindows 95では、Pentium Proの性能は常に制約を受けることになるからだ。デスクトップPC向けOSから完全に16bitコードが取り除かれるのは、Pentium Proのリリースから6年後の2001年に登場するWindows XPと、それによるWindows Meの置き換えを待たなければならなかった。
Pentium Proの性能は、Windows NTやUNIXなどの32bit環境では、同クロックに換算したPentiumを上回る(整数演算で20%強、浮動小数点演算で45%弱)ものの、Windows 95上に多く残っていた16bitアプリケーションでは苦戦を強いられることになった。実際の製品ベースでの比較では、Pentium Pro-200MHz(256Kbytesの2次キャッシュ搭載)の性能は、Pentium Pro発表時点で最速のPentium-133MHzに対して、32bit環境なら2倍の性能を発揮したため、Windows NTユーザーを中心に好評を博した。しかし、Windows 95ベースの性能比較では、Pentium Pro-150MHzの整数演算性能は、Pentium-133MHzを下回っていた。当時のPCアプリケーションの多くが整数演算ベースだったこともあり、Pentium ProはデスクトップPCで一大ブームを引き起こしたWindows 95に乗り遅れてしまったのだ。
こうした事情もあり、Pentium Proは決して商業的に成功したプロセッサではなかった。サーバ用としては長期にわたって使われることになるものの、デスクトップPC向けでなかったため、出荷量は限られてしまった。発表時に150MHz/2次キャッシュ256Kbytes、166MHz/同512Kbytes、180MHz/同256Kbytes、200MHz/同256Kbytes、200MHz/同512Kbytesの5製品が発表されたが、1997年8月に200MHz/同1Mbytesが追加されたのみで、さらに上位の動作クロック品が投入されることはなかったことも、Pentium Proが限定的な製品であったことをうかがわせる。これはごく初期の製品を除けば、Intel製マイクロプロセッサでは異例のことだ。
プロセッサ名 | Pentium Pro |
発表日 | 1995年11月 |
開発コード名 | P6 |
データ・バス幅 | 64bit |
物理メモリ空間 | 64Gbytes |
製造プロセス | 0.35μm BiCMOS(150MHz版のみ0.6μm) |
トランジスタ数 | 550万個(2次キャッシュを除く) |
内部クロック周波数 | 150MHz〜200MHz |
外部バス・クロック周波数 | 60MHz/66MHz |
FPU(浮動小数点演算ユニット) | 内蔵 |
内蔵1次キャッシュ | 命令8Kbytes+データ8Kbytes |
2次キャッシュ | 256Kbytes(ライト・バック) |
SIMD命令 | − |
対応ソケット | Socket 8 |
備考 | 2次キャッシュは別ダイによるパッケージ同梱。プロセッサ本体と同じ動作クロックによるアクセスが可能 |
Pentium Proの主な仕様 |
RISCの特徴を最大限導入したP6アーキテクチャ
だが、Pentium Proが商業的な失敗作だったとしても、採用したP6マイクロアーキテクチャまでもが失敗だったわけではない。むしろ、2001年7月に発表されたTualatin(テュアラティン)コアのPentium IIIまで、6年間にわたってIntel製マイクロプロセッサに使われ続け、文字どおり屋台骨となったことを考えれば、傑作と呼ぶ方が適切だろう。動作クロックは、Pentium Proの150MHzからPentium IIIの1.4GHzまで向上しており、9.3倍のスケーラビリティを実現している。当初は133MHz版のPentium Proも予定されていたので、もしリリースされていればスケーラビリティは10倍を超えていたことになる。
P6マイクロアーキテクチャの特徴は多岐にわたるが、ひと言で表せばx86プロセッサの完全なRISC化の実現ということになるだろう。Intel 486以降、IntelはマイクロプロセッサにRISCの特徴を取り込んできたが、Pentium ProではついにRISCプロセッサそのものになったのである。P6マイクロアーキテクチャでは、x86命令をuops(マイクロ命令)と呼ばれる単純な固定長の命令に変換した後に実行する。P6マイクロアーキテクチャは、x86互換の命令インターフェイスを持つRISCプロセッサといっても過言ではない。とはいえ、こうしたアイデアはIntelがオリジナルではない。後にAMDに買収されるNexGenの「Nx586」やAMD自身の開発による「AMD-K5」でも採用されており、だれかがこのアイデアを発案した、というものでもないようだ。ちなみにサンプル出荷が一番早かったのはNx586である。
もちろんP6マイクロアーキテクチャの場合、x86命令の変換を伴う分、一般的なRISCプロセッサよりもトランジスタ数が増加するというハンデがあるが、それは製造技術とソフトウェア資産の豊富さで補える。第1世代のP6コアであるPentium Proの時点で、すでに性能面ではRISCプロセッサに何ら負い目を感じる必要のないレベルに達しつつあった。浮動小数点演算性能では、x87浮動小数点ユニットがスタック・アーキテクチャを採用していて効率がよくなかったこともあり、まだ多くのRISCプロセッサに見劣りしたものの、整数演算性能ではRISCプロセッサをしのぐ性能を発揮した。むしろこの時点になると、RISCプロセッサが「公約」していた急速な性能の引き上げペースがにぶり、物量を投入した(つまり豊富な資金力をバックにした)Intelの性能引き上げペースの方が上回ることが明らかになり始める。こうしてIntelはRISCプロセッサという創業以来の最大の脅威との戦いに事実上の勝利を収めることになる(RISCとCISCの争いについては「頭脳放談:第27回 RISCの敗因、CISCの勝因」を参照のこと)。
次ページでは、そのP6マイクロアーキテクチャの特徴を解説していこう。
関連記事 | |
第27回 RISCの敗因、CISCの勝因 |
INDEX | ||
第9回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(3)〜商業的には失敗だった「Pentium Pro」の功績 | ||
1.P6マイクロアーキテクチャの誕生 | ||
2.RISCアーキテクチャを極めたP6マイクロアーキテクチャ | ||
「System Insiderの連載」 |
- Intelと互換プロセッサとの戦いの歴史を振り返る (2017/6/28)
Intelのx86が誕生して約40年たつという。x86プロセッサは、互換プロセッサとの戦いでもあった。その歴史を簡単に振り返ってみよう - 第204回 人工知能がFPGAに恋する理由 (2017/5/25)
最近、人工知能(AI)のアクセラレータとしてFPGAを活用する動きがある。なぜCPUやGPUに加えて、FPGAが人工知能に活用されるのだろうか。その理由は? - IoT実用化への号砲は鳴った (2017/4/27)
スタートの号砲が鳴ったようだ。多くのベンダーからIoTを使った実証実験の発表が相次いでいる。あと半年もすれば、実用化へのゴールも見えてくるのだろうか? - スパコンの新しい潮流は人工知能にあり? (2017/3/29)
スパコン関連の発表が続いている。多くが「人工知能」をターゲットにしているようだ。人工知能向けのスパコンとはどのようなものなのか、最近の発表から見ていこう
|
|