連載 IT管理者のためのPCエンサイクロペディア 第11回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(5)〜P6時代の最後を締めくくった「Pentium III」 元麻布春男 |
Pentium IIIの最後のコア「Tualatin」の位置付け
そのPentium 4を挟んで2001年7月に発表された開発コード名「Tualatin(テュアラティン)」で呼ばれるPentium IIIは、P6コアを採用した最後のプロセッサとなった。Tualatinは、消費電力の大きいPentium 4では対応が難しい、携帯性の高いノートPCや実装密度の極めて高いブレード・サーバなどの用途向けとして、いち早く0.13μmプロセスを採用して登場した。メイン・ストリームのプロセッサであるPentium 4に新しい製造プロセスを適用する前のテストという側面もあり、そういう意味では開発コード名「Tillamook(ティラムック)」で呼ばれていたモバイルMMX Pentiumに似た性格のプロセッサである。
TualatinコアのPentium IIIは、動作電圧が異なるため、同じPGA370ソケットを使っていても、すべてのPGA370マザーボードで利用可能というわけではない。だが、この時点ですでにIntelはデスクトップPC向けプロセッサを急速にPentium 4へとシフトさせており、ニッチ・プロセッサであるTualatinに関してソケット・レベルの互換性はそれほど大きな問題ではない、と考えたのだろう。これは世界的にはおそらく間違いではなかったものの、PCの省スペース性や静音性に対する要求の高い日本では、Pentium 4よりPentium IIIを積極的に選択するユーザーも残っており、若干の問題となった。とはいえ、現在では省スペース型のデスクトップPCにおいても、Pentium 4プロセッサの採用が増えている。
TualatinコアによるPentium IIIは、低電圧版モバイルPentium III、あるいは超低電圧版モバイルPentium IIIとして、高い携帯性を要求されるノートPCでは、2002年末においてもなお主力の座にある。B5クラスのサブノートPC、あるいはTablet PCに用いられるのは、もっぱらTualatinコアによるPentium IIIであり、Pentium 4はまだこの市場に浸透できないでいる。この状況は次世代のノートPC向けプロセッサ「Banias(バニアス)」、さらには「Dothan(ドーサン)*1」の登場まで変わることはないだろう(「元麻布春男の焦点:徐々に明らかになってきた次世代モバイルPCプラットフォーム」)。
*1 Baniasをベースに90nmプロセスを採用したノートPC向けのプロセッサ。2003年末に発表予定といわれている。 |
長寿命であったP6マイクロアーキテクチャ
1995年11月にリリースされたPentium Proから2001年7月のPentium III(Tualatin)まで、実際には2003年後半と予想されるDothanがリリースされるまで、P6マイクロアーキテクチャは現役であり続けることになる。その間、キャッシュ・メモリ周辺の変更やSIMD命令の追加などを加えながら、8年あまり第一線であり続けたというのは前代未聞だろう。これはP6マイクロアーキテクチャが優秀だったということの証である。一方、現在のように複雑化、あるいはトランジスタ数の増えたマイクロプロセッサを、かつてのように3年〜4年のサイクルでフルモデルチェンジすることは難しい、という側面もあるだろう。半年〜1年サイクルでモデルチェンジを行うグラフィックス・チップという例もあるが、マイクロプロセッサとは動作周波数ばかりでなく、要求される汎用性、互換性のレベルが異なるので同列には考えられない。
と同時に、かつてx86プロセッサにはRISCという性能で打ち勝たねばならない敵が存在していたため、それを打ち負かすために3年〜4年サイクルでのフルモデルチェンジしなければならなかった。それに対し、いまでは汎用のマイクロプロセッサという分野では、事実上Intelがパフォーマンス・リーダーとなっているため、それほど頻繁にコアを革新する必要がなくなっている、ということでもあるのだろう。TransmetaがCrusoeをリリースしたことに対抗してBaniasが登場したように、ライバルの存在は否応でも新しいコアの開発を促す。そういう意味では、P6コアの時代はIntelがパフォーマンス・リーダーへと上りつめる時代でもあった。
そのP6コアの時代において、プロセッサの動作クロックが150MHzから1.4GHzまで向上したことはすでに述べたとおりだ。この動作クロックの上昇に反比例するかのように低下したのがPCの価格だ。PCの低価格化は、Celeronという新しいセグメントのプロセッサを登場させたが、これは同時に性能に対する要求がかつてのように絶対的なものでなくなったということでもある。性能の高さより、安価であることを望むユーザーが少なからず存在するようになったのである。
P6コアの時代の途中まで、プロセッサの性能は絶えずソフトウェアの要求を満たせないでいた。だからこそ、人々は性能向上を求め、こぞって新しく高価なプロセッサに飛びついた。しかし、Pentium IIのころから、多くのユーザーは性能について満足し始めた。P6コアはRISCプロセッサに打ち勝つと同時に、ソフトウェアの進歩にも打ち勝ってしまったのかもしれない。もちろん、多くのユーザーにとってインターネットがPCを利用する目的の柱となり、エンド・ユーザーにとってインターネットの帯域がボトルネックに変わったという側面も否定できないが、それだけでもないように思う。次世代のプロセッサであるPentium 4は、追いかける目標はもはやなく、ユーザーの性能志向も薄れる、難しい時代に乗り出していかねばならなくなった。
プロセッサ名 | Pentium II | Pentium II | Celeron | Celeron |
発表日 | 1997年5月 | 1998年1月 | 1998年4月 | 1998年8月 |
開発コード名 | Klamath | Deschutes | Covington | Mendocino |
データ・バス幅 | 64bit | 64bit | 64bit | 64bit |
物理メモリ空間 | 64Gbytes | 64Gbytes | 64Gbytes | 64Gbytes |
製造プロセス | 0.35μm | 0.25μm | 0.25μm | 0.25μm |
トランジスタ数 | 750万個 | 750万個 | 750万個 | 1900万個 |
内部クロック周波数 | 233M〜300MHz | 333M〜450MHz | 266M〜300MHz | 300M〜533MHz |
外部バス・クロック周波数 | 66MHz | 66MHz/100MHz | 66MHz | 66MHz |
FPU(浮動小数点演算ユニット) | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
内蔵1次キャッシュ | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes |
2次キャッシュ | 外部512Kbytes | 外部512Kbytes | N/A | 128Kbytes |
SIMD命令 | MMX | MMX | MMX | MMX |
対応ソケット | Slot 1 | Slot 1 | Slot 1 | Slot 1 |
プロセッサ名 | モバイルPentium II | モバイルCeleron | Pentium III | Pentium III |
発表日 | 1999年1月 | 1999年1月 | 1999年2月 | 1999年10月 |
開発コード名 | Dixon | Dixon-128K | Katmai | Coppermine |
データ・バス幅 | 64bit | 64bit | 64bit | 256bit |
物理メモリ空間 | 64Gbytes | 64Gbytes | 64Gbytes | 64Gbytes |
製造プロセス | 0.25μm | 0.25μm | 0.25μm | 0.18μm |
トランジスタ数 | 2740万個 | 1890万個 | 950万個 | 2810万個 |
内部クロック周波数 | 266M〜400MHz | 266M〜466MHz | 450M〜600MHz | 500M〜1.13GHz |
外部バス・クロック周波数 | 66MHz | 66MHz | 100MHz | 100MHz/133MHz |
FPU(浮動小数点演算ユニット) | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
内蔵1次キャッシュ | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes |
2次キャッシュ | 256Kbytes | 128Kbytes | 外部512Kbytes | 256Kbytes |
SIMD命令 | MMX | MMX | SSE | SSE |
対応ソケット | BGA/ミニ・カートリッジ/モバイル・モジュール | BGA/モバイル・モジュール | Slot 1 | PGA370 |
プロセッサ名 | Celeron | Pentium III | Celeron | |
発表日 | 2000年3月 | 2001年7月 | 2001年10月 | |
開発コード名 | Coppermine-128K | Tualatin | Tualatin | |
データ・バス幅 | 256bit | 256bit | 256bit | |
物理メモリ空間 | 64Gbytes | 64Gbytes | 64Gbytes | |
製造プロセス | 0.18μm | 0.13μm | 0.13μm | |
トランジスタ数 | 2810万個 | 2810万個 | 2810万個 | |
内部クロック周波数 | 566M〜1.10GHz | 1.13G〜(1.4G)Hz | 1.10G〜1.40GHz | |
外部バス・クロック周波数 | 100MHz | 133MHz | 100MHz | |
FPU(浮動小数点演算ユニット) | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | |
内蔵1次キャッシュ | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes | 16Kbytes+16Kbytes | |
2次キャッシュ | 128Kbytes | 256Kbytes | 256Kbytes | |
SIMD命令 | SSE | SSE | SSE | |
対応ソケット | PGA370 | PGA370 | PGA370 | |
Pentium II/III/Celeronプロセッサ・ファミリの主な仕様 |
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第28回 Baniasの「高性能で低消費電力」という矛盾 |
INDEX | ||
第11回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(5)〜P6時代の最後を締めくくった「Pentium III」 | ||
1.一時代を築いたPentium III | ||
2.8年も使われたP6マイクロアーキテクチャ | ||
「System Insiderの連載」 |
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