元麻布春男の焦点
徐々に明らかになってきた次世代モバイルPCプラットフォーム
1. モバイルはBanias、デスクトップはHyper-Threading 元麻布春男 |
2002年9月9日から12日の4日間、秋のIDFが米国カリフォルニア州サンノゼで開催された。春に開催されたIDF Spring 2002がエンタープライズ色、あるいはサーバ色の濃いものだったとしたら、今回は再びフォーカスがクライアント側にシフトしたような印象が強い。ただし、単にクライアントPCにフォーカスするのではなく、ギガビット・イーサネットや無線LANなど、通信環境を含めてのクライアント・プラットフォーム、特にモバイル・プラットフォームが焦点だったように思う。
IDF Fall 2002の主役はモバイルPC向け次世代プロセッサ?
そのような印象を受けた理由の1つは、Intelの次世代モバイルPC向けプロセッサである「Banias(開発コード名:バニアス)」のアーキテクチャと、そのプラットフォームについて、いくつか新しい情報が公開されたことによる。さらには、あくまでも参考出品であり実際の製品とは異なる可能性があるものの、東芝やNEC、SamsungといったPCベンダによるBanias搭載ノートPCの実機が展示されたことも、その理由の1つだ(写真1)。これまでBaniasについては、複数のマイクロ命令(μOPs)を組み合わせて実行するMicro-Op fusion(マイクロ・オペレーション・フュージョン)技術を採用すること、それにより性能だけでなく、バッテリ駆動時間の延長を含む携帯性の向上を図る、といった程度の情報しか公開されていなかった。
写真1 展示されていたBanias搭載ノートPC |
これまでは剥き出しの基板でBaniasが稼働しているデモだけだったが、今回のIDFではPCベンダによりノートPCのケースに収められたBaniasが展示された。写真は、左がSamsung製、右がNEC製のBanias搭載ノートPCである。このほか、東芝は現行のDynaBook SS S5シリーズと同じ薄型の1スピンドル・ノートPC(サブノートPC)にBaniasを搭載したデモ・マシンを陳列していた。 |
今回のIDFでは、まずBaniasのダイに集積されるトランジスタ数が7700万個であることが明らかにされた。さらに、相変わらず名無しのままであるBaniasのマイクロアーキテクチャには、マイクロ・オペレーション・フュージョン以外に、より高度な分岐予測(Advanced Branch Prediction)、マイクロ命令ではなく専用ハードウェアでスタック・ポインタを操作するスタック管理機構(Dedicated Stack Manager)、投機実行の最適化(Optimized Speculation)、といった機能が搭載されることも公表している。こうした技術の採用により、動作クロック周波数が同じであれば、Baniasは現行のモバイルPentium 4-Mより高速になる見込みだ。つまり、1クロック当たりの命令実行数はBaniasの方が多いということである。
Baniasの絶対的な性能は当面モバイルPentium 4-Mを超えない!?
ただし、プロセッサとしての絶対的な性能という点では、少なくともしばらくの間、BaniasはモバイルPentium 4-Mの後塵を拝することになるものと思われる。図1に示すように、Baniasの登場後もIntelのロードマップからモバイルPentium 4-Mが消えることがないのは、絶対的な性能でBaniasがモバイルPentium 4-Mに及ばないことを示している。つまりBaniasの動作クロックは、すでに2.2GHzに到達しているモバイルPentium 4-Mを下回るため、マイクロアーキテクチャの改善による性能向上を踏まえても、最終的な性能ではなおもモバイルPentium 4-Mに及ばないというわけだ。
図1 Banias登場後のモバイルPC向けプロセッサの位置付け (拡大写真:44Kbytes) |
Baniasが登場したからといって、すぐにモバイルPentium 4-M(図中では「Intel Pentium 4 Processor-M」)がなくなるわけではない。むしろ、現行のPentium 4の後継であるPrescott(開発コード名:プレスコット)をベースとするモバイルPC向けプロセッサも登場し、Baniasと併存すると考える方が自然である。 |
前回のIDFでアナンド・チャンドラシーカ(Anand Chandrasekher)副社長は、モバイルPC向けプロセッサがすべてBaniasアーキテクチャに切り替わる時期が2005年前後ではないかという予測を、非公式に述べた。恐らくこの時期でBaniasの絶対的な性能が、Pentium 4系列のプロセッサに追い付くのではないだろうか。
プラットフォームのレベルで省電力化しつつ通信機能も強化
Baniasについて今回のIDFで強調されたのは、プロセッサ単体ではなくプラットフォームとしての機能や性能、という側面だ。Baniasは、プロセッサ内部の論理回路を細かく分割してできた各ブロックを単位として、きめ細かな電力管理を行うなどして、高性能と省電力を両立させる。だが、実際のノートPCでは、ハードディスクや液晶ディスプレイ、ネットワーク・インターフェイスなど、プロセッサ以外のコンポーネントによる消費電力がかなりの割合を占めている。そのため、実際にはプロセッサだけを省電力化しても、バッテリ駆動時間はあまり伸びない。
IntelはBaniasのプラットフォームに向けて、初のモバイルPC対応ギガビット・イーサネット・コントローラ(82540EP)を発表した。また、Baniasプラットフォームに向けて、開発コード名「Calexico(キャレキシコ)」と呼ばれるモバイル向けの無線LAN技術を準備していることを明らかにした。Calexicoは、IEEE 802.11aとIEEE 802.11bの両規格に対応したデュアルバンド無線LAN接続技術だ。Intelは、モバイルPC以外のフォーム・ファクタにも、無線LAN技術のデュアルバンド化を積極的に推進していくという。
ギガビット・イーサネットや無線LANを利用すること自体は、消費電力の増加を招く。しかしこれらの新技術の採用によって、Baniasプラットフォームは、無線LANアプリケーションを使うような、現実に近い利用モデルにおけるバッテリ駆動時間が従来のプラットフォームよりも延長される。ほかにもBaniasプラットフォームの省電力化については、チップセットやそのほかのコンポーネントについてもさまざまなアイデアが検討されているようだ。また、Banias用チップセットとしては、グラフィックス機能を内蔵しない開発コード名「Odem(オデム)」とグラフィックス統合型の開発コード名「Montara-GM(モンタラ・ジー・エム)」が準備されている。しかし、これらの機能など肝心な部分はまだ公開されておらず、Baniasそのものも含めて、情報が小出しにされている感が強い。
二極化するブレード・サーバ市場に追従するIntelのプロセッサ戦略
さて、このBaniasはノートPC専用のプロセッサというわけではない。いわゆるブレード・サーバなどの高密度サーバ向けのプロセッサとして、現在使われている低電圧版Pentium IIIや超低電圧版Pentium IIIの後継でもある。このセグメントのプロセッサに関して、今回のIDFではIntel社内での担当事業部が変わることが公表された。前回のIDFでは、Intelでサーバ/ワークステーション向けプロセッサおよびプラットフォームを担当するEPG(Enterprise Platform Group)のロードマップに、Baniasが位置付けられていることが明らかにされた。しかし今回のIDFでは、EPGのロードマップからBaniasは消えている。
その理由は、Baniasがターゲットにしているレンジのブレード・サーバの管轄が、EPGから通信アプリケーションを担当するICG(Intel Communications Group)へと移管したからである。ただし話がややこしくなるのは、ブレード・サーバのすべてがICGへ移管したわけではない、ということだ。ICGへ移管されたのは、例えば3Uクラスのシャシーに20台あまりのサーバ・ブレードを搭載するような、高密度実装を最優先する狭義のブレード・サーバである。プロセッサでいえば、Intelでいうと低電圧版Pentium IIIや超低電圧版Pentium III、さらには低電圧版Intel Xeon、他社ではTransmetaのCrusoeがこれに該当する。一方、もう少し単体での性能が高いブレード・サーバは、EPGが相変わらず担当する(図2)。例えば9月17日にIntelはIBMとブレード・サーバについて共同開発していくことを明らかにしたが、将来的にはItaniumプロセッサ・ファミリ(IPF)の採用も考えているこのエンタープライズ志向のプロジェクトを担当するのは、ICGではなくEPGである。
図2 EPGが考えるブレード・サーバの例 (拡大写真:42Kbytes) |
EPGが受け持つブレード・サーバは、Intel XeonやItaniumといった「エンタープライズ・クラス」のプロセッサをサポートし、それに見合う大容量のメモリや、ギガビット・イーサネット、ファイバ・チャネル、InfiniBand、iSCSIといったエンタープライズ・クラスのI/Oをサポートするものになる。その分、処理能力は高いが、ブレードは大型化し、消費電力も大きい。同様なブレード・サーバのコンセプトは、すでにDell Computerが提唱しているが、9月17日、IntelはIBMとの共同開発を表明した。 |
最も高密度な、言い換えれば低消費電力が求められるレンジのブレード・サーバがEPGからICGに移管された理由は、このレンジのブレード・サーバを希望する顧客の多くが通信業界であるからだという。つまり、EPGとICGでブレード・サーバを分割して担当する形になったのは、EPGがコンピュータ業界の顧客を、またICGは通信業界の顧客を受け持っていることから、顧客に合わせて製品の担当を変更した、という説明だ。コンピュータ業界が、5年程度のサポート期間でよい代わりにアグレッシブなプライス・カットを求めるのに対し、通信業界は値下げよりも15年ほどのサポート期間を優先するという違いがあるとのことであった。
Pentium 4でも有効になるHyper-Threadingテクノロジ
プロセッサ自体の話題のうち、初日の基調講演で大きく取り上げられたのはHyper-Threadingテクノロジだ(Hyper-Threadingの詳細は「頭脳放談:第16回 x86を延命させる『Hyper-Threading Technology』、その魅惑の技術」を参照していただきたい)。すでにサーバ/ワークステーション向けのIntel Xeonでは有効になっているHyper-Threadingが、いよいよクライアントPC向けのPentium 4プロセッサでも採用される。初日の基調講演に立ったポール・オッテリーニ(Paul Otellini)社長は、Intelが2002年内に発表する動作クロック周波数3.06GHzのPentium 4にHyper-Threadingテクノロジを搭載することを明らかにした。Intelは、Intel XeonでHyper-Threadingテクノロジを採用した際、将来的にデスクトップPC向けのプロセッサにも採用する予定であること、および90nmプロセスによる次世代プロセッサ「Prescott(開発コード名:プレスコット)」はHyper-Threadingテクノロジを採用することを明らかにしていた(ただしPrescott「から」採用する、とはいっていない)。
Hyper-Threadingテクノロジそのものは、すでに実用化されており、技術としての目新しさはないが、メインストリームのデスクトップPC向けプロセッサに採用されることのインパクトは無視できない。これまでがHyper-Threading普及のための助走期間だとしたら、Hyper-Threadingテクノロジを搭載するPentium 4のリリースから、本格的な普及期に入るものと考えられる。サーバ/ワークステーション市場と比べて非常に大きなデスクトップPC市場において、Hyper-Threadingテクノロジ対応PCが増加していくことが見込まれるからだ。これにより、コンパイラなどHyper-Threading対応の必要な開発ツールも順次充実するハズだ。Hyper-Threadingテクノロジによる高速化に必要な、マルチ・スレッド構成のソフトウェアも増加するだろう。なおマザーボードの対応だが、Intel製で533MHzのFSBに対応したものは、基本的に3.06GHzのHTテクノロジPentium 4プロセッサを装着して使用できる、とのことだった。サードパーティ製については、今後それぞれのベンダから発表があるものと思われる。
次ページでは、サーバ/ワークステーションおよびシリアルATAなどのI/O技術に関する最新動向について解説する。
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第16回 x86を延命させる『Hyper-Threading Technology』、その魅惑の技術 |
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徐々に明らかになってきた次世代モバイルPCプラットフォーム | ||
1.モバイルはBanias、デスクトップはHyper-Threading | ||
2.実用化と仕様拡張が進むシリアルATA | ||
「System Insiderの連載」 |
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