基礎を知らない日本のソフト産業に未来はあるか?
2001/11/28
経済産業省が火付け役となり、ソフトウェアプロセス改善に対する興味や関心が高まる中、日本のソフトウェア業界の現状そのものに警告を発する人がいる。米VertelでCountry Managerを努める越智洋之氏だ。
同氏は、米国UCLA卒業以降、1960年代からソフトウェア事業に携わり、1970年に米国の軍需産業、Martin MariettaなどでシステムのPM(プロジェクト・マネージャ)を歴任してきたエンジニアのベテランともいえる人物。UNIXの紹介をはじめ、IT分野において日本で積極的な啓蒙活動も行ってきた。同氏は、CMM(Capability Maturity Model)およびCMMI(Capability Maturity Model Integration)などの手法を適用しようとする日本企業および日本のエンジニアに向け、11月22日講演を行った。その模様をレポートする。
この日のセミナーのタイトルは、「米国先進事例に見るプロセス改善事情と我が国の取り組み」。経済産業省情報処理振興課の担当者が日本でのCMM採用に向けての取り組みを紹介した後、越智氏は「ソフトウェア産業の日米比較」と題し、自身の米・日、両国での体験を踏まえて日本のソフトウェア業界が抱える課題を鋭く突いた。
土台の欠如が日本のソフトウェア業界最大の課題
越智氏は開口一番、根本的なテーマを突き付ける。「そもそも、システムとは何か?」――越智氏は、いまの日本のソフトウェア業界の現状を、「一番重要なことを認識していない」と憂いている。
システムを考えるうえで一番重要なことは、要求定義。要求を定義する段階で、問題の内容・範囲を明確にする必要があるが、米国では1970年代にすでに“トップ・ダウン・アプローチ”として誕生していた手法を、いまだに日本は用いていないと指摘する。「いまの日本はボトム・アップ。分かっている人があいまいな定義でスタートし、明確さは“努力目標”にとどまり十分に追求されていない」(越智氏)。
システムは2つの面から測定される必要があるという。“何をするシステムなのか(what)”と、“whatをどの手段で達成するのか(how)”。要求定義はwhatの部分にあたる。whatとhowを方法論に落し込んだのが、いま話題のCMMに代表されるSPI(ソフトウェアプロセス改善)およびSPA(ソフトウェアプロセス・アセスメント)だが、越智氏の見解を進めると、日本のソフトウェア開発にはwhat、つまり土台が欠落していることになる。
越智氏は、whatが欠如してしまった原因として、文化、教育の2つを挙げる。文化は、“お客様は神様”という日本の商習慣。お客様であるユーザーの望みとあれば、間違っていても口出ししないなどの例を挙げる。教育に関しては、システムとは何かにはじまり、ソフトウェア開発の基礎が教えられていないと指摘する。例えば、日本では開発者は“SE”や“プログラマ”などと呼ばれるが、米国では“ソフトウェア・アナリスト(analyst)”と呼ばれるという。分析(analysis)という仕事が業務に含まれているからだ。要件定義というシステムの“What”の部分をとらえるために、ユーザーの要求を聞き、分析をする。要求を聞く手段にインタビューがあるが、米国の開発者は、インタビューの方法やテクニックも教え込まれるのだという。
越智氏の認識が正しいとすれば、CMMを適用しようとしても、Whatの部分が問われないままということになる。「CMMで何を改善するのか?」と、越智氏は問う。「何が重要か、だれのために何をしようとしているのかを熟考して欲しい」(越智氏)。
このままでは差は広まるばかり
もう1つ、越智氏が論じた興味深い点は、日本のソフトウェア業界の遅れだ。先日発表されたCMMレベル4(“管理された”レベル、全5レベル中、2番目に高いレベル)取得企業にインドの企業が30社、レベル5(“最適化する”レベル、最高レベル)取得企業に中国の企業が2社、インドの企業が39社含まれていることを指摘し、「日本より賃金の低いこれらの国々でレベル4、5取得企業が登場する中、日本のソフトウェア産業はどう生き残るのか」と問いかける。日本企業は、レベル2(“反復できる”レベル、下から2番目)に4社、レベル3(“定義された”レベル、下から3番目)に1社にとどまっている。
「資源がない日本がどうやって世界規模の競争に打ち勝つのか? 数年前にJavaが発表されたとき、あるいはLinuxが発表されたとき、同じスタートラインに立ったはず。米RedHatらは、Linuxのディストリビューションというビジネスを成立させつつある」と日本企業がビジネスチャンスをうまくつかめなかったことを指摘した。越智氏はその原因として、先の“what”という不変の部分を押さえていないため“how”の応用(=ビジネス)の部分に発展できないこと、英語力の低さ、高学歴な人材がソフトウェア業界に流れない社会構造などを挙げた。「間もなくCMMIが米国で発表されるが、3カ月かかる日本語化を待つのか? インターネット時代にその時差はハンデだ。そのハンデを“英語は苦手だから”と喜んで受け入れるのか?」(越智氏)。
越智氏が日本企業にCMMを紹介したのは、米国でP−CMMI(People Capability Maturity Model)が発表された1995年ころ。当時を振りかえり、「誰も見向きもしなかった」と言う。ところが、いまはCMMの講演やコンサルティングなどの依頼が相次ぐ。「“政府が言うから(導入する)”ではダメ。投資対効果(投下資本利益率:ROI)は6倍というケースも珍しくなく、やれば効果が出ることは明らかなのだから、導入に向けて情報の収集や勉強などの準備をすべきだ。“何でもいいから・よく知らないけど導入”といういまの姿勢では、ISO 9000の二の舞になる」と、越智氏は多くの企業に見られる“右へならえ”的な姿勢を批判した。そして、「企業は自社のビジネスを見直し、目標を明確にする。個人は自ら先進技術の習得をするべきだ」とアドバイスした。
そんな日本に賭けて、ベンチャー企業に投資を行っているサンブリッジ会長兼CEO アレン・マイナー(Allen Miner)氏も、その意見の一部に同意する。「“what”をとらえない――、これは確かに日本の国民性かもしれない。特に(Whatが)複雑になると苦手なようだ」とマイナー氏。長年日本のIT業界に携わってきたマイナー氏は、日本の企業が若手の能力を摘む傾向があることを指摘する。「日本企業は社員の能力を引き出せない。“期待されていない”と思うと社員は能力を発揮しない、悪循環になっているのではないか」(マイナー氏)。だが、「ゲームソフトなど成功例はある」と同氏はエールを送る。
越智氏やマイナー氏の提議は、根本的・根源的で、ソフトウェア業界にとどまらない、国レベルの問題といえる。もちろん、日本には日本の流儀がある。しかし、だからといってこのテーマを回避するのではなく、この機会に問い直してみる価値はあるのではないだろうか。
(編集局 末岡洋子)
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