[ガートナー特別寄稿]
インフラ関係のよくわからない言葉を解説しよう
ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチディレクター
栗原 潔
2003/4/4
最近、インフラ関係において耳慣れない言葉が数多く出現している。人によってその定義が異なることも多い。言葉の定義がよくわからないので、それ以降の話もわからなくなってしまうという人も多いのではないだろうか。ここでは、それらの用語についてまとめて解説しよう。ここでの定義は、ガートナーにおける用法をベースとしたものであり、これ以外の使い方が誤りであると言うつもりはない。いずれにせよ、これらの用語を使って意思伝達をするときには、事前にどのような意味で使っているのか、相手とコンセンサスを確立しておき、無用な混乱を避けることが重要だろう。
プロビジョニング:プロビジョニングという用語は、現在、IT業界において最も混乱した使い方をされているものの1つだろう。お恥ずかしい話ではあるが、ガートナーでも人によって、微妙に異なった意味で使用されているのが現状である。
プロビジョニングとはもともと、通信事業者が顧客からの回線サービスの開始要求に迅速に応えるために、回線施設を事前に用意しておくことを言った。顧客からの申し込みがあってから工事を始めたのでは、回線の開設に半年以上もかかってしまう可能性がある、これは当たり前のことだ。カタカナ書きのままで使用されることも多いが、「事前準備」や「収容設計」などと訳されることもあるようだ。
これと同様、ストレージやサーバの世界でのプロビジョニングもユーザーからの要求があったときに資源を迅速に提供できるよう事前準備しておくことを意味する。単なるプーリングと違うのは、サービスの提供に必要な複数の資源をまとめて用意しておき、かつ、一貫した手続きで利用可能にしておくことだ。
例えば、100ギガバイトのストレージ容量を利用したいなどのユーザーからの要求にすぐに応えられるように、ハードウェアの購買、予備容量のプーリング、SANの設置、ソフトウェアの導入作業などを事前に行っておくだけでなく、事務的な承認、SANスイッチの設定、セキュリティの設定などの一連の関連作業をすぐに実行できるように業務手順を決めておくことが、ストレージのプロビジョニングに相当する。
ところが、現在では、このような事前準備によって可能になる迅速なサービスの提供までを含めてプロビジョニングと呼ぶケースが増えている。これこそが、プロビジョニングという言葉の定義がいつまでも曖昧(あいまい)なままである大きな理由だろう。プロビジョニングという言葉が出てきたときは、「事前準備」という意味で言っているのか、「事前準備によって可能になる迅速なサービスの提供」という意味で言っているのか確認した方がよいかもしれない。
ポリシー・ベース管理:辞書的に言えばポリシーとは「政策」や「方針」という意味である。つまり、ポリシー・ベース管理とは、事前に定められたある方針に基づいてシステム管理を行うことであると。しかし、特に「ポリシー・ベース管理」と言ったときには、より狭い意味で「ポリシー=業務上の優先順位」とみなした方が適切であることが多い。
ポイントは、システム的な優先順位ではなく、業務的な優先順位ということである。つまり、「プロセスAは、プロセスBより優先順位が高い」ではなく、「受注処理は販売管理よりも優先順位が高い」といった観点から管理を行うということだ。例えば、紙やスプレッドシート上で文書化されていた「プロセスAは、受注処理のフロントエンド処理のプロセスである」というような構成情報を、システムで一元管理しようというのがポリシーベース管理の本質である。
仮想化(バーチャリゼーション):IT関連業界の人で仮想化という言葉を知らない者はいないだろう。簡単に言えば、物理的な実体の複雑性を隠し、ユーザーに対して単純な論理的実体を見せることである。そもそも仮想化という考えは、全く新しいコンセプトというわけではない。例えば、仮想記憶(バーチャル・メモリー)は、すでに30年以上も使用されているテクノロジだ。また、TCP/IPなどのネットワーク・プロトコルも、ある意味では仮想化テクノロジである。物理的な回線の複雑性を隠して、セッションという論理的なチャネルを提供してくれるからである。同様に、一般的なファイル・システムも、ディスク装置の物理的特性を隠して、単純なバイト列であるファイルをユーザーやアプリケーション・プログラムにみせてくれる点で、仮想化テクノロジと言えないこともない。
現在、話題の中心となっている仮想化とはストレージとサーバ資源の仮想化である。ストレージの仮想化は、標準化の問題はあるにせよ、同じSAN内かつ同じベンダのストレージ製品間であれば十分実用可能な段階にある。
サーバ資源の仮想化には大きく2つの種類がある。1つは、1台の物理的サーバを複数の論理的なサーバに見せるテクノロジである。これは、一般に区画分割(パーティショニング)と呼ばれる機能で、すでにハイエンドのUNIXサーバ、IAサーバ、メインフレームでは、さまざまな種類の区画分割機能が実現されている。
もう1つは、複数の物理的なサーバをまとめて1台の論理的なサーバに見せる仮想化である。こちらの仮想化の実現は口で言うほど容易ではない。現段階では、数台のサーバによるクラスタ環境で限定的に実現しているに過ぎない。
グリッド:グリッドという用語も、世の中の注目度とベンダの宣伝活動の高まりにともない、定義がかなり曖昧(あいまい)になっている。(どこの業界でもそうだが)バブル期に、あるテクノロジの意味が拡大解釈されるのはよくある現象だ。グリッドの一般的な定義は「1つの問題を解決するために、複数の組織が所有する資源を、調停して使用するためのテクノロジ」である。より簡単に言えば、「複数企業をまたがってコンピュータを仮想化するためのテクノロジ」ということだ。
この定義を使うと、今、世の中でグリッドと呼ばれている事例の多くは、実は、グリッドではなくクラスタということになってしまう。1企業内で閉じており、管理ポイントも1カ所だからである。今後も、クラスタとグリッドの区別はますます不明確になっていくだろう。ただし、「このシステムは、グリッドではなくてクラスタだ」といった、呼び方に関する議論はあまり本質的ではないと思える。やはり、グリッドについて議論する前には、まず言葉の定義を明確にしてからというほかはないだろう。
以上、これらの重要なコンセプトは、すべて「自律型コンピューティング」という総合的なコンセプトに結び付いている点に留意しておこう。自律型コンピューティングとは、「(グリッドなどのテクノロジによって)仮想化されたコンピューティング資源上で、プロビジョニングと、ポリシー・ベースの自己修復、自己チューニング機能を実現すること」であると定義される。上述した用語の意味を理解していれば、自律型コンピューティングが意味することも、より容易に理解できるようになるだろう。
注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチディレクター 栗原氏からの寄稿である。
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