[ガートナー特別寄稿]
第2、第3のSCO訴訟は起こり得る

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチディレクター
栗原 潔

2003/7/19

 SCOのIBMに対する、そしてLinuxユーザーに対する知的財産権に基づく強面の対応は、オープン・ソース・コミュニティだけではなく、広く一般ユーザーに衝撃を与えた。ここでは、ソフトウェアに関する知的財産権について基本から考えてみよう。ソフトウェアに関する知的財産権には大きく以下の3種類がある。

(1)著作権

 簡単に言えば、オリジナルな表現を保護するのが著作権法である。プログラムで言えば、表現とはソースコードそのものにあたる。他人のコードを勝手にコピーして使えば原則、著作権の侵害となる。他人のコードを真似したわけではないのに、たまたまコードが似てしまっただけでは著作権の侵害にはならない(実際、一般的なアルゴリズムの実装であればコードが似たようなものになるのは当然だろう)。著作権は登録などの手続きなしで、創作した時点で自動的に発生する。

 著作権侵害を回避する方法としてクリーンルーム開発と呼ばれる手法がある。これは、ほかのソフトウェアを解析してインターフェイス情報を抽出し仕様を作成する部隊と、その仕様をベースに開発を行う部隊を明確に分離した体制を取るということである。これにより、コードを直接コピーしたという疑いを否認する(仮に似たようなコードがあっても偶然と主張する)ことができるわけである。

(2)特許権

 特許は表現ではなくアイデアを保護する権利である。プログラムで言えばソース・コードそのものではなく、その基となるアルゴリズムを保護するわけである。故に、同じアルゴリズムを使っていれば、まったく別のコードであっても他人の特許権を侵害してしまうことがあり得る。また、特許権は絶対的権利なので、他人の模倣(もほう)ではなく自分が独立して開発したものだと言っても侵害は侵害である(つまり、クリーンルーム開発をしても他人の特許権を侵害することがあり得る)。

 さらに特許権の効力は善意の第三者にも及ぶ。つまり、ある製品が特許権を侵害していると認定されれば、その製品を作っているメーカーに製造を止めさせるだけではなく、その製品を使っているエンドユーザーにも使用を止めさせることができるのである。その意味で特許権はきわめて強力な権利である。故に、特許権はそれなりの審査を経たうえで初めて得られるものである(ここで、特許庁の審査能力は完璧ではないので、当たり前の技術に特許権が付与されることがあり、後々問題となることも多い)。

 ソフトウェアに関する特許で有名なのは、米ユニシスが有する圧縮アルゴリズム(LZW)に関するものだろう。これが、広く普及したイメージフォーマットであるGIFにも採用されており、かつ、ユニシスがフリーウェアにおける特許使用のポリシーを急に変更したため混乱が生じた。現在、オープン・ソース・コミュニティでは、この特許を回避できるイメージフォーマットであるPNGの使用が推進されているのはご存知のとおりである。

(3)不正競争防止法

 特許権や著作権のように権利を付与するという形ではなく、企業間や企業と個人間の不公正な競争を禁止するための法律である。例えば、企業のトレード・シークレットを盗んだり、消費者を誤解させるような広告をしたりすることが不正競争に相当する。

 さらに言えば、一般的な企業や個人の間における契約違反に関する問題もあるが、これは、知的財産権というカテゴリとは別に扱うべきだろう。また、商標(ブランド)という知的財産権に関する問題もあるが、それはまた別の機会に述べることとしよう。

 SCO事件においては、上記の3種類の権利が入り混じっている。IBMに対して30億ドルの賠償を求めた訴訟は不正競争防止法と企業間の契約違反に基づいているし、IBMに対してAIXのライセンスを打ち切るという警告は著作権を中心としたものである。また、SCO事件の最中、マイクロソフトがSCOよりUNIXのライセンスを購買したというニュースも流れたが、これは著作権と特許の両方に関するものである。初期の報道では、このあたりがごっちゃになっていたきらいがあるが、今後知的財産権に関する事件が発生した場合には、3種類の権利のどれが問題になっているのか、しっかり見極めることが重要だろう。

 ここで、特に議論となるのが、もともとは機械装置の発明を保護するための法律である特許法をソフトウェアに提供してしまってよいのかという点だろう。前述のように、特許権は極めて強力な権利であり、基本的なアルゴリズムに特許が与えられると、特定の企業への独占を助長する可能性もあるからだ。また、特許権の保護期間が日米ともに20年というのは長すぎという意見もある。ITの世界で20年と言えば、永遠のようなものである。20年経ったのでさあ自由に使ってくださいといわれてもあまりうれしくないだろう。

 しかし、知的財産法が権利者側に有利になっていく(いわゆるプロパテント主義)は全世界的なすう勢である。例えば、間もなく、映像の著作権の保護期間も50年から70年に延長されることになる。ソフトウェアやそれに基づくビジネス・モデル特許の保護もますます強まっていくだろう。さらに、特許を企業の戦略的武器として有効活用していく動きも広まっている。その意味で、今後、ソフトウェアの知的財産権に基づいた訴訟事件は増えていくだろう。第2、第3のSCO事件が起きる可能性は高い。

 では、一般ユーザーとして、どのような対応を取るべきなのだろうか? ユーザーが直接できることはあまり多くはない。やはり、ソフトウェアの供給元であるベンダにサポートや保証を要求する以外にないと思われる。例えば、最近、マイクロソフトが同社の製品のユーザーが知的財産権問題で損害を被った場合に無制限の補償が提供されるように、契約条件を変更している。知的財産権問題への対応も、ベンダや製品の選択基準の1つとすべき時代が来てしまったと言えるのではないだろうか?

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチディレクター 栗原氏からの寄稿である。

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