目標はどこでもいつでも“Cell”な世界〜東芝

2005/11/17

 「Cellの登場によって、従来ハードウェアが処理していたエンコード処理などをソフトウェアが替わりに行うことが可能となり、ハードウェアとコンテンツを一緒に配信することが可能になる」とCellを用いたサービス将来像を語るのは、東芝セミコンダクター 主席技監 ブロードバンドシステムLSI開発センター センター長 斉藤光男氏だ。

 リード・ビジネス・インフォメーションは11月16日、マイクロプロセッサのフォーラム「マイクロプロセッサ フォーラム ジャパン 2005」を開催し、斉藤氏が「Cellの開発の狙いと今後の展開」と題した講演を行った。同フォーラムが日本で開催されるのは初めてとなる。

東芝セミコンダクター 主席技監 ブロードバンドシステムLSI開発センター センター長 斉藤光男氏
 斉藤氏は東芝のCellへの取り組みの第一歩として、PS2に採用されているエモーショナルエンジン・コアをソニーと共同開発した点を挙げ、これがキッカケとなりソニーと次世代プロセッサの検討を開始したという。その後、サーバコンピューティング分野に精通しているIBMを迎え入れ、3社による共同開発が始まった。2001年に共同開発を発表した際にはほぼ要件が固まっており、さまざまな問題を乗り越え、2005年の発表に至ったという。

 共同開発の初期段階では、米テキサス・オースティンにあるIBMのキャンパスで3社のエンジニアが入り乱れて開発を行っており、最盛期には300人の技術者が参加していた。しかし、大所帯になったことなどから管理が難しくなり、その後複数拠点に分散したが、密なテレコンやネットワークによる情報共有により、距離が離れたハンデを乗り越えたという。3社合同チームは、AパートはIBM、Bパートは東芝といったパート分けを行わず、3社のエンジニアが入り混じって開発を行ったという。その理由を、斉藤氏は「パート分けをすると、開発終了時にそれぞれが自分のパーツ部分しか分からないという状況を生む。しかし、入り混じって開発を行えば各社が平等に技術を理解しているので、出荷後に独自の改造や改良をしやすくなる」と説明した。

 斉藤氏はCellが目指したものの中でも重要なポイントとして「内部バスの早さ」を挙げた。Cellの開発コンセプトとして「レガシー技術に縛られない新しい発想のモノ」と「当初より大量出荷が見込まれるので、デファクトスタンダードになるべく、高い性能を目指す」の2点を挙げ、その結果として「スーパーコンピュータを1Chipへ」をスローガンに開発を進めた。

 そもそも3社は、現在主流で利用されているプロセッサはマルチメディア系の性能が低いと判断。PCの周波数にはこだわらず、マルチメディア系に特化したプロセッサ開発を目指した。斉藤氏は「いくら高性能のCPUを利用していても、DVD再生が途中で止まってしまったりしていた。Cellはゲーム分野のみならずAV分野での利用も想定されていたため、メディア系性能の強化は必須だった」と語り、Cellの開発コンセプトの背景を説明した。

 このようなプロセッサを作るためには、高いクロック数や並列性、高いバンド幅が必須であると判断。また、一般家庭で利用するための高電力効率性や、ネットワーク利用が前提だったため、セキュリティの確保も重要だったという。このような背景から、結果としてCellのバスは1秒間当たり300Gbytesにまで高まった。アーキテクチャは汎用プロセッサであるPPE(Power Processor Element)が、8個のSPE(Synergistic Processor Element)を管理し、8個のSPEに負荷を分散して処理する形を採用したという。斉藤氏は「Cellの性能のカギはSPEをどう使うかだ。そのため、RISC命令セット体系を採用するなどさまざまな工夫を施している」と説明した。

CellのDie写真
 斉藤氏はこれらの性能を考慮した結果、Cellの得意な処理にソフトウェアセントリックAVアプリケーションなどの「HWの置き換えモデル」、スーパーコンピュータなどの「HPC並列モデル」、グリッドコンピューティングなどの「ネットワーク透過モデル」の3種類を挙げた。

 斉藤氏は次に、Cellを利用したモデル例をいくつか紹介。最初のCellを搭載したAVプラットフォームでは、4放送同時視聴と同時録画を実現するほか、MPEG2からH.264へのトランスコードなども行える。次のデモでは、約4Mbpsのストリーム画像48個を同時再生するデモや、カメラに写った人物の髪型や化粧をリアルタイムで換えて表示する「デジタルかがみ」のデモを見せた。

 Cellのメリットには、従来ハードウェアに依存していたエンコードなどをソフトウェアベースで行える点だと斉藤氏は説明する。ハードウェアからソフトウェアベースへ移行することによって、「標準より優れた圧縮技術の採用」や「高度なコンテンツ保護」「さまざまな課金システムへの対応」などが実現し、「ネットワーク経由でCell用のプログラムとコンテンツを合わせて配信し、ハードウェアを選ばないサービス配信も実現するだろう。例えば、1つのCellプログラムがゲーム機やHDDレコーダ、携帯電話上で動作する可能性もある」(斉藤氏)と予測した。

 最後に斉藤氏はCellの現状の懸念について、「Cellはまったく新しいプラットフォームであるため、『ソフトウェアが本当に組めるのだろうか?』という懸念もある。しかし、実際に作ってみると『思ったより難しくない。アドレススペースの使い方が難しいがそのコツさえ分かれば可能』という意見を得ている。今後は、開発ツールとノウハウ提供に重点を置いていきたい」と説明。今後の方向性を、「Cellは性能、インストールベース数、セキュリティ、スケーラビリティに優れている。今後、当面は動作周波数を上げたり、SPEの数を増やすことで性能向上を図るだろう。Cellを普及させて『Cell World』を作りたい」と語り、講演を締めくくった。

(@IT 大津心)

[関連リンク]
マイクロプロセッサ フォーラム ジャパン 2005

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