科学技術ジャーナリストに求められるものとは
2006/4/21
養老孟司氏の話はさまざまな示唆に富む |
早稲田大学大学院政治学研究科が主催する第1回「MAJESTy Seminar」が4月21日、同学井深大記念ホールで行われた。MAJESTyとは「Master of Program for Journalist Education in Science and Technology」の略。科学技術ジャーナリストを養成する専門プログラムの開講と合わせて、養老孟司氏による基調講演「科学技術ジャーナリストに求められる資質」や、毎日新聞科学環境部記者など現役の科学技術ジャーナリストが参加したパネルディスカッションが行われた。
養老氏の講演は結果的に、科学技術という特定分野に限らず、ジャーナリストという専門職に求められる特質について自らの考えを披露(ひろう)したものとなった。養老氏の思索の方法は、科学者的な客観性と哲学者的な論理性を合わせ持ったもののようだ。常識とされている概念を違った角度から見つめ、概念の本質を再構築しようとする。
例えば、養老氏は情報の本質をあらためて考える。ジャーナリストにとって情報とは毎日扱う商売道具そのものだが、情報についてその根本的な性質を考えることはあまりないだろう。「情報とは何か」という問いを発し、議論を展開しようとすると多くの場合、周囲からは「それは屁理屈だ」「そういうものだ」という型にはまった答えが返ってくる。だが、極端に言えば、疑問を疑問のまま残すこと、頭の中を整理整頓しないまま放置できる忍耐力を持つことは、ジャーナリストとしての才能だといえる、と養老氏はいう。実際、常識だとされている物事をあらためて問い直すという行為を続けることは、楽な生き方ではないが、そのしんどさに耐えられなければジャーナリストとはいえないと養老氏はコメントする。
「一般的に情報とは」と養老氏。「停止したものである。完全に止まっているもの。固いものを指す」。それは例えば、文字や映像や写真など。記録されたり、録音されたり、書かれたりした時点で「情報」は固定化し、人間が手を加えない限り、変化することはない。だからこそ、過去を省みるための記録しての役割を果たすのだが、ジャーナリストがこのような(固定化した)情報に頼って仕事をすることに養老氏はやんわりと警鐘を鳴らす。「ジャーナリストというのは、往々にして近い過去について非常に詳しいだけの人になりがちである」。しかし、ジャーナリストに必要とされる情報とは、本来、もっと柔らかい情報であるべきだろう。柔らかい情報は、常に現場にある。活字化されておらず、映像化もされていない情報こそがジャーナリストに必要な情報の性質なのかもしれない。
(@IT 谷古宇浩司)
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