紙と人の手でやりくりしていたイベント運営業務をITでスマートにしたい。そんな思いで内製したアプリはコロナ禍をきっかけに注目を集め、現在も進化を続けている。
今日、セミナーや展示会、コンベンション、学会など、多種多彩なイベントが各地で開催されている。その華やかな舞台の裏側では、機器のオペレーション、演出・進行管理、参加者の管理など膨大な量の運営業務がリアルタイムで発生している。特に受付などの参加者管理はスムーズかつミスのない運営が求められるが、多くの現場では紙をベースとしたアナログ作業が通例となっており、スタッフの負担が大きいことが問題となっている。
こうした面倒なアナログ業務に対して、「ITを活用すればもっと楽にできます」と語るのは、ヒビノメディアテクニカルの田中洋氏(EC事業部システム開発課 課長)だ。
ヒビノメディアテクニカルは「映像、IT機器のレンタル」「イベントの企画、制作」「人材派遣、人材紹介」の3本柱でビジネスを展開しているMICEビジネスのトータルプランナー企業だ。MICEとは、会議・研修(Meeting)、表彰式・報奨旅行(Incentive)、学会・国際会議 (Convention)、展示会・イベント(Exhibition/Event)を総称する言葉である。同社は医学関連学会や国際会議、一般企業の展示会や株主総会など繁忙期には同時に20件にも上るイベントを手掛け、そこで使われる各種機材のレンタルやオペレーション支援、また企画から運営までを総合的にサポートしている。
田中氏はシステム開発者としてそれらの業務をサポートするアプリを開発し、さまざまな課題を解決してきた。先の田中氏の言葉は、そうした経験から発せられたものだ。
もっとも、アプリ開発は誰でも簡単にできるものではない。プログラム言語や各種ミドルウェアなどを使いこなすには、それなりの知識とスキルを習得する必要があるからだ。自社でアプリを内製できればよいのだが、そのようなスキルを持った人材の確保は難しく、かといって外部のITベンダーに開発を依頼するとなれば、多大な時間とコストが費やされ、ビジネスの採算が取れなくなる恐れもある。
アプリ内製を支援するローコード開発ツールは、そんな悩みを根本から解決し得るものだ。田中氏自身も、Clarisが提供するローコード開発ツールの「Claris FileMaker」(以下、FileMaker)を肌身離せない相棒として活用している。
田中氏が初めてFileMakerと出会ったのは、ヒビノメディアテクニカルに入社した2006年のこと。同社にはFileMakerが既に導入されており、従業員のシフト管理などさまざまなアプリが開発されていた。その流れを受けて、田中氏も次第にFileMakerを使ったアプリ開発にのめり込んでいった。
「私はもともとVisual C++やVisual Basicといったプログラム言語を使ってシステムを開発していたので、率直なところFileMakerと聞いても、ぴんときませんでした。ところがFileMakerをじっくり見てみると、日本語でもスクリプトを組めるじゃないですか。これは他のプログラム言語にはない画期的な特徴で、目からうろこが落ちる思いがしました。学習のハードルが低く、ビジネスで欠かせない帳票も簡単に作成できることから、気付いたらFileMakerを重宝するようになっていました」
現在では「何らかの業務課題に直面した際、頭の中にFileMakerのUI(ユーザーインタフェース)を思い浮かべながら、アプリのロジックを組み立てているほどです」と言う。
ヒビノメディアテクニカルでは田中氏が主導する形で、事業を支えるさまざまなシステムを整備していった。2013年に最初のバージョンをリリースした「来場者受付システム」もその一つだ。
システム登場以前は、メールやWebの問い合わせフォーム、電話などで申し込んでくる参加者の登録に始まり、参加証の印刷および封入、郵送、会場での受付(参加者名簿との突き合わせ)、事後の集計など、参加者管理に関する業務の多くを人力で処理していた。
例えば、同社が運営を数多く手掛ける医療系の学会や国際会議などの開催時期が集中するのは毎年4月ごろ。一般的には組織の人事異動とも重なる時期だ。参加者の所属先が申し込み時点と違っていて、郵送した参加証が届かないトラブルが多発していたという。
この課題を解決したのが、来場者受付システムだ。手作業からQRコードによる受付手続きに変えた結果、それらのトラブルが格段に減ったのだ。紙の参加証を事前に印刷し、封入、発送するという一連の手間がなくなった上、郵送料削減というメリットをもたらした。ちなみに参加証を現地で印刷するのは1枚当たり7~10秒程度で済む。「受付の待ち時間が減った」と参加者からも好評だという。
「システム化の相談を受けたのは、参加証を郵送するかどうかギリギリの判断を迫られたタイミングでしたが、『やるしかない』とアプリ開発に着手しました。FileMakerで開発することで、アプリは1週間程度で完成させることができました。仮に外部のベンダーに開発を委託していたなら要件定義から始めなくてはならず、開催に間に合わなかったでしょう。業務プロセスを熟知している現場の人間がアプリを内製するメリットがここにあります」
他にも学会でのアナログな運営に課題を感じた田中氏が作成したアプリに「定員制セミナー申し込みシステム」がある。医学関連学会でよく催されるランチョンセミナーの整理券の発券手続きを支えるアプリだ。来場者は聴講したいセッションをタッチパネルで選択し、参加証に印刷してあるQRコードを読み込ませると、整理券が発行される。
「会場の大型ディスプレイに各セッションの空き状況をリアルタイムに表示できるようにしたのが特徴です。来場者はどのセッションに空きがあるのかが一目で分かります。既存の来場者受付システムとも連携させたことで二重登録を防ぎ、誰がどのセッションを選択したのか、ログの収集から集計まで自動化しました」
これらのアプリは、後に意外な効果をもたらす。コロナ禍における非接触対応が可能な受付システムとして注目されたのだ。
2020年から全世界を襲ったコロナ禍によって、参加者が一堂に会するイベントは不可能となり、ヒビノメディアテクニカルのビジネスも一時的に危機的な状況に陥った。
しかし状況が落ち着くにつれて、リアルイベントが復活し始める。その過程で、これまでに作成したアプリが同社の業績回復に大きく貢献することになった。
「非接触や非対面で受付ができるシステムを持つ弊社が注目され、問い合わせが増えていったのです」
来場者受付システムや定員制セミナー申し込みシステムは、最初からコロナ禍のような緊急事態の到来を予測していたわけではない。日々の業務課題を自分たちの手で解決するという前向きな取り組みが、結果としてビジネスのアジリティ(俊敏性)やレジリエンス(強靭《きょうじん》性)を高めることに役立ち、ピンチをチャンスに変えていく“運”を引き寄せたのだ。
そういった観点から、同社が最近になって開発した「フリーランス注文書発行システム」にも注目したい。
2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称「フリーランス保護新法」)により、フリーランスに業務を発注する事業者は、契約条件を事前に書面で提示することが義務付けられた。同社も多くのフリーランスに業務を発注しており、法令に対応するためにこのシステムを開発した。
「当初は担当者がMicrosoft Excelを用いて注文書を発行しようとしていたのですが、後々の集計や管理まで考えると煩雑な作業になると予想されたことから、FileMakerで開発することにしました」
事務作業の負担を軽減するだけにはとどまらず、多様な取引の形態があるフリーランスとのスムーズな連携を実現するといった、プラスアルファの効果が生み出されることが期待されている。
これまでにヒビノメディアテクニカルが開発したアプリは、一度限りの対応を目的としたものまで含めれば100本を超える。FileMakerはまさに同社における事業推進のエンジンとなっているのだ。
開発体制の強化も進んでいる。これまでアプリの新規開発は田中氏が主に担当し、システム開発課内の若手メンバーは既存システムの運用保守や改良を担当する、という役割分担でFileMakerを運用してきた。Webサイトや参考書での学習に加え、現場でのOJT(On the Job Training)を通じて各自のスキルは着実に向上してきた。
「一度自分でアプリを作ってみればすぐに勘所をつかめるのが、FileMakerの良いところです」と田中氏。FileMakerの活用を通して、チームとしての成長に手応えを感じているという。今後のアプリ開発に向けて、同氏は次のような展望を示す。
「現在、来場者受付システムは、参加者の登録データを事前にCSVでシステムに取り込んでいますが、リアルタイム連携ができるよう、ワークフローを自動化する『Claris Connect』のWebhookという機能を用いた連携の仕組みを開発中です。
また、映像・IT機器のレンタル事業に関して、現在は専用システムを利用して機材を管理しているのですが、棚卸しや入出庫時のカウントなど手作業に依存している部分もまだ多く残っています。
RFID(Radio Frequency Identification)を用いた在庫管理システムを開発することで、さらなる業務の効率化と担当者の負荷軽減を図りたいと考えています。FileMakerの前バージョン(Claris FileMaker 2023)から日本語対応になったGetLiveText関数を利用することで、別システムから発行した帳票類をスマートフォンのカメラで撮影し、テキストデータとして取り込むことを検討しています」
いまだアナログな部分が残るイベント業界で、ITを活用して業務を効率化し、新たなビジネスチャンスも作り出す。FileMakerをフルに活用した同社の絶え間ないチャレンジは、これからも続く。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2025年3月5日