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第51回 無線タグは一筋縄ではいかないのだ頭脳放談

おサイフケータイやSuicaに代表される非接触応用のカードやRFタグが流行の兆し。でも、電波を使うだけに、その設計は一筋縄ではいかない。

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連載目次

 8月から携帯電話によるFelicaのサービス「iモード Felicaサービス」(愛称「おサイフケータイ」)が正式に開始された(NTTドコモのニュースリリース「iモード Felicaサービスを開始」)。サービス名にiモードとついていることからも分かるように、対応しているのはNTTドコモの携帯電話だけである。残念ながら、筆者は別のキャリアを利用しているため、いまのところ「おサイフケータイ」とは無縁だ。とはいえ、トレンドには敏感(?)なので、当然というか、またもやというか無線ネタを書かせていただくことにする。

 だいたい、流行に弱いのは筆者や編集者ばかりではない。かくゆう半導体業界の方々も流行にとっても弱いのは、「第26回 ワイヤレスの時代がやってきたものの……」で陳述したとおりである。中には筋金入りのラヂオ中年(ラジオにあらず)のように流行とは無関係の人々もチラホラ混じってはいるが、多くは「売れる」と見てワッと飛びついて来たような輩(筆者もその仲間なのだが……)だ。今回も勝手なことを書かせていただこう。

日常生活は無線タグだらけ?

 まず、無線/非接触応用のカードやRFタグのアプリケーション(応用)にどのくらい業界人が「目覚めて」いるかというと、これがけっこうまだら模様なのである。最近、非常にアプリケーションが増えてきているのだが、人によって(半導体設計者にしても担当以外は!)はいまだに感心が低い。まだまだ先のことのように思っているようだ。どうもそれは個人の体験の度合いに依存するようだ。なので、無線/非接触応用のカードやRFタグがあふれつつある都会人は多少有利かもしれない。地方の工場勤務で田舎暮らしのまじめなエンジニアの多くは、Felica(Suica)さえ体験する機会がないのだから。

 幸い筆者は、田舎に住んでいて、田舎の会社に通っているものの、途中で都会を通過せざるを得ないのでSuicaには大変世話になっている。最近は駅でお弁当を買うのも本を買うのもSuicaである。ときどき出張で関西にも行くこともあるので、次はICOCA(関西版Suica)も試してみようと思っている。携帯電話にFelicaが入るのはかなり便利そうだが、筆者が契約しているキャリアは採用する計画がないようだ。

 実際、日常生活で観察しているとSuicaのようなエンド・ユーザーにもよく分かるアプリケーション以外にも無線応用が増えていることに気付く。回転寿司に行き、皿をひっくり返してみればRFタグが張り付いている。どうもそれで回転している寿司の時間を管理しているようだ。あるカフェテリアでは、皿の底に貼り付けたタグで料金を自動集計していた。新しくできたスーパーマーケットへ行くと料金表示はプライス・タグであった(ただし赤外線通信かもしれない)。高速道路もよく使うので、ETCは必須だ。

 このようによく観察してみれば、すでに日常生活が無線タグ関連製品に取り囲まれていることに気付く。しかし、そういったアプリケーションも技術的には幾つかに分類して考えてみる必要があるようだ。

無線タグを分類すると

 分類の視点の1つには、自らの中にエネルギーを持って自立して動作するか否か、という点がある。例えばミューチップに代表されるバーコード置き換え応用やSuicaのようなケースでは自身の中にバッテリを持たせず、通信と同時に電磁的に電力を与えて動作させている。通信のアンテナ=エネルギーの受け口でもあるわけだ。この応用は自立して動作することはないから使う場所が限定される。相手になるリーダー/ライターがいる場所でしか使えない。また、電力の伝送を伴うため、リーダーとの距離がそれほどとれない。非常に軽く、非常に数量の多い安価なアプリケーション指向である。

 用途としてはいまのところ「メモリ」機能を使ったものに限られる。バーコード的ID番号の記憶もSuicaのようなお金の管理も「メモリ」応用と変わらない。もちろん、電力は途切れるので不揮発メモリが必須である。ここで、使用時にSuicaのように書き換えが必要なものと、バーコードのような読み出しオンリーのアプリの両方があるが、読み出しオンリーのアプリケーションといっても、初期化時のIDの設定など書き込みの必要な局面は必ずあるはずだ。書き込みを特殊なモードで行うか否か程度の違いしかないであろう。

 片や電池や外部電源を持って自立して動作するシステムもある。こちらはエンド・ユーザーにはあまりなじみが少ないかもしれない。いまのところセキュリティや流通などで使われている。これら自立のシステムは、何かをセンシングして知らせる、いわゆるセンサ・ネットワーク系が多い。セキュリティ系の場合は人や火災をセンシングし、流通系の場合は運搬商品の温度などをセンシングするわけだ。センシングを伴わない場合としては、セキュリティ系では鍵の遠隔操作、流通系では価格表示、といった情報伝達系の応用もある。

 後者(流通系)のケースでは、電池を使うのがほとんどであるので、必然的に低消費電力であることが要求される。前者(セキュリティ系)のケースでも限られた送信電力で動作しなければならないので、大きな電力は使えない。ただし、後者のケースでは消費電力がすなわちタグの寿命、あるいはメンテナンス無しで連続使用可能な時間ということになる。

無線タグと消費電力の複雑な関係

 さて、ここでようやく本題にたどりついた。無線タグ系アプリケーションの消費電力である。プロセッサの消費電力など、××Hzで××Wという具合に単純だが、それでよいのだろうか? 無線系については、そんな単純なものではない、ということをいいたいのだ。

 送信にせよ受信にせよ、無線通信にはある程度の電力が必要である。空中に電磁波を飛ばしていくのだから、送信に必要なのは直感的に分かっていただけると思うが、受信にも必要である。無線の場合、送信された電力のごくわずかな部分だけしか受信側に届かないから、それを増幅するために電力が必要なのである。結局、送信/受信とも種類は異なるが、アンプ(増幅器)などを動かすために電力を使う必要があるのだ。そのためアンプの効率は非常に重要である。同じ電力を使っても空中にはほんのちょっとしか伝わらない、ということにもなり得るからだ。

 受信の点からは、いつ来るか分からない通信を待つために耳を澄ませているという行為は消費電力的には高くつく行為であることが分かるだろう。受信のためのアンプを動作させ続ける必要があるからだ。しかし、通信の頻度はそれほど多くないシステムが多い。日に何度といったシステムもある。だからほとんどすべてのシステムでは、受信を間欠的に、数秒から数分に1回、ほんのわずかな時間しか行わないことが多い。必要な呼びかけがあるときを除き、何もなければ直ぐに受信を停止して待機状態に入るのが普通なのである。

 待ち受けには、実は通信速度も関係してくる。例えば、ほかの方式よりも受信時の電力は10倍だが、通信速度が速く1/100の時間で通信が完了するような方式であればどうだろう。確かに受信時電力のスペックは大きいが、直ぐに受信を停止して待機状態に入れるので平均電力はほかの方式の1/10かもしれないのだ。もちろん、電池寿命は平均電力で効く。しかし、通信速度が速くてもそれだけではない。通信を確立するためのプロトコル処理が複雑で、速度が速くてもやりとりに時間がかかるシステムはたくさんある。通信速度は遅くても垂れ流しのシステムの方が、個々の回の通信の信頼性は低いが時間は短い、という場合もあるのだ。時間が許せば信頼性は上位レイヤで補えるものである。

 しかしさらに、通信距離といったものも関係してくる。同じような通信方式で同じような電力なら、通信速度を速くすればするほど、通信距離が短くなってしまうのだ。距離が伸びるとエラーが増えるといい換えてもよい。そのため、通信距離を確保しようとすれば無闇と速度は上げられない。

 その上、さらに電波といっても、周波数帯ごとに性質が異なる。例えば、同じ無線LANでも2.4GHz帯のIEEE 802.11bと5GHz帯のIEEE 802.11aでは通信範囲が大分異なり、5GHz帯はより直線的に見通せないと通信できない。実際、無線タグ系では、2.4GHz帯はもちろん、900MHz/800MHz/400MHz/300MHz/13MHz/120KHzといった非常に幅広い周波数帯が使われている。それに応じてアンテナ方式もさまざまである。また法律上の規制も周波数帯ごとに異なる。日本の場合400MHz帯なら「技適(特定無線設備の技術基準適合証明:免許申請者の負担を軽減する目的で導入された無線局の免許手続きの簡素化と合理化を実現する制度」の検査を通さないとならない一方で、300MHz帯などよりもはるかに強い電波を出せるといった違いがある。そう、さらにその規制は国ごとに異なるのだ(最近、共通化しようという動きもあるが)。

 電池寿命の長いものを選択しようと思っても、アプリケーションの特性に応じて、このようなトレードオフを行って選択していく必要がある。単にICのカタログ値を比べただけでは駄目なのだ。無線系アプリケーションは、有線系のように一筋縄(一筋ワイヤというべきか)ではいかないことが少しは伝わっただろうか。だからお前のような素人は引っ込めといわれそうだが……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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