数周先をいく韓国の教育情報化:中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(19)
韓国の学校現場を歩くと、先生や生徒は日常的にスマホやタブレットを使いこなしている。ただ、単に進んでいるというより、韓国のアプローチが日本モデルとは異なることに注意を要する。
ロンドン五輪。選手団は金15個を目標に据えていたが、結果は7個。ただし銀と銅が計31個。金を獲らずに銀と銅をかき集めるというのは、控えめに振る舞って実を取るという世界戦略なのかもしれない。
特に銀。14個は過去最高だ。柔道、重量挙げ、体操男子、フェンシング、卓球女子、水泳、なでしこ。ただ、その中身は、決勝での完敗がほとんど。ギリギリ惜しくて銀、というより、頑張ったよくやった銀、満足の銀。
それだけ金は遠いんだね。1位を獲りにいかないと獲れないものなのかもね。「2位じゃダメなんですか」レンホウの呪いは効いていたのかもしれないね。
これに対し、韓国の金は日本の倍近い13。勢いと意志を感じる。合計でも28個。メダルとGDPは相関関係にあるとされる。とすれば日本の弱さを指摘すべきか、韓国の強さをたたえるべきか。
五輪直後、竹島をめぐり日韓の関係がこじれたが、両国の政権がレームダックだったことに加え、五輪という舞台が互いのナショナリズムを高揚させたせいもあろう。ただこれも攻めたのは韓国。日本の控えめに振る舞う戦略は実を取れないのかもしれない。
ところでデジタル教科書。政府は2020年に1人1台環境を整備することを目標に掲げ、総務省と文科省とが連携して20の小中学校で実証研究を進めている。日本は本気である。ところが、韓国はもっとすごい。デジタル教科書の計画は日本より6年早く、デジタルネイティブを想定した教育環境が設計されている。
その背景には、「教育とITで生きる」という97年のIMF危機を経た韓国の明確な国民・産業界の意識がある。教育とITに資源を集中投下している実態もある。「幸せは成績順にやって来る」という言葉が定着しているほど教育熱が高い。子どもたちのデジタル読解力はOECD1位だ(日本は4位)。先生はIT利用で評価が左右され、教材作りにも熱心。日本の現場から聞こえる「大変だ〜」という弱々しい声とは異なる。
そして何より、政治リーダーシップの違い。教育をはじめ国全体のIT化を強力に進める決断と、断固推進する実行力。大統領制がプラスに生きた例だろう。教科書を国が定めていた韓国が「教科書法」を改訂し、校長が認めればデジタルも教科書として扱われるようになったという。日本は法律上「紙」しか認められていない。まして校長が認めれば、など夢のようだ。
韓国の学校現場を歩くと、先生や生徒は日常的にスマホやタブレットを使いこなしており、研修も訓練もなく授業で活用する実態を目の当たりにする。PCベースからモバイル、タブレットベースに移行している。ただ、単に進んでいるというより、韓国のアプローチが日本モデルとは異なることに注意を要する。
教育情報化を推進する韓国の政府機関KERIS (韓国教育学術情報院)は「当面、端末は自前で用意する。すでに学生の4割がスマホを持ち、タブレットもいずれ広がる。端末はバラバラでよい。2014年に全小学校でデジタル教科書をスタートさせる」という。
コンテンツ先行型。デバイスの種類を問わず、デジタル教科書=アプリやコンテンツが使えるようにクラウドを整える。1人1台=デジタル教科書という日本が抱くハードウェア先行イメージとは異なる。
このため、「標準化」が重要となる。2015年には全てのアプリやコンテンツがあらゆる端末で利用できるようにしたいという。なるほど、コンテンツとクラウドの利用が先に走り、デバイスフリーにするという考え方や、そのためのポイントが標準化だとする視点は、依然PC主体で導入の是非を議論している日本の数周先を進んでいるといわざるを得まい。
さらに驚くのは、SNSが学校現場に導入されている点だ。私が訪れたケソン小学校では、韓国製SNS「CLASSTING」の学級サイトに生徒が写真をアップするとともに、EvernoteやGoogleドキュメントを使って、授業の感想やサマリーを共有。先生は家庭との連絡事項をCLASSTINGに投げるとともに、FacebookもTwitterも使っていた。家でもPCやスマホで予習・復習ができるのに加え、親も授業の内容をリアルタイムにチェックできる。
これにより、授業が効率的になったこと以上に、学校が開かれたという効果の方が重要だという。だが、親にも開くと聞くと、モンスターペアレントは? という質問がちらつくが、「学校を開いたことで、親たちは信頼してくれるようになり、静かになった」という反応。
日本政府も民間も、「デジタル教科書、情報端末、教育クラウド」の3点セットを普及させるべく推進しているのだが、韓国の事例は、「ソーシャルサービスを軸に組み立てている」「家庭や保護者にもオープンでつながっていること」の2点で、これまた1つ先のモデルといってよかろう。そこには、未来がある。
韓国の先生方にアドバイスを求めると、「“やるかやらないか”の段階ではない。“どうやるか”だ」という答えが返ってくる。日本の関係者だけが常に「やるべきか否か」の質問を浴びせるからだ。失われた20年。IMF危機とは別種の緩くて重い危機にある日本は、内側から変わるしかない。教育情報化はその典型的な試金石だ。
中村伊知哉
(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
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