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ソクラテスになれ――無知なユーザーとの仕事の進め方(後編)「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(13)(1/2 ページ)

東京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、実際のIT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。いつもはベンダーに厳しい判決が出た裁判例を多めに紹介してきたが、前回と今回は「ユーザーに責任あり」と裁判所が判断した事例を紹介する。ユーザーの知識が不足していたり、担当者が十分な引き継ぎもなく交代したりするのは、ままあることだ。それでもプロジェクトを成功に導くために、ベンダーは何をすべきだろうか?

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「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

前回の振り返り

 IT開発においてはユーザーもプロジェクトメンバーである。内部でしっかりと統一した要件をしかるべき時期までにベンダーに正しく伝えること、開発に必要な業務知識をベンダーに持たせることなどは、プロジェクト成功のためにユーザーが行わなければならない必須事項であり責任である。

 裁判所は、こうした責任を「ユーザーの協力義務」と呼び、これが果たされずに失敗したプロジェクトは、その責任をユーザーに求める判決が多く出されている。

 ユーザーが業務を知らず、要件についての意志統一もないままプロジェクトが進められた結果、設計以降の工程でも要件の変更が繰り返された揚げ句に失敗してしまった、前回の判決は、まさにその典型といってもよいだろう。

 では、こうした失敗をしないためにベンダーはどのようなことをすべきなのか。まずは、簡単に前回紹介した判決を振り返ってみよう。

【事件の概要】(東京地裁 平成21年5月29日 判決より抜粋して要約)

 ある飲料製造販売業者(以下 ユーザー企業)は、あるベンダーに生産、在庫、出荷管理システムの開発を委託した。

 開発は当初、要件が細部まで固まっていなかったことなどから、順次制作、納品をするという方法で進められたが、ユーザー企業の担当者が業務に精通していない、意思疎通が取れていないなどの問題点もありプロジェクトは難航した。その結果、納入されたシステムも運用に耐えないものとなり、ユーザー企業はベンダーに対して既払金の返還、損害賠償など、合計で約3000万円の支払いを求めたが、ベンダーは、これに応じず訴訟となった。

※ この訴訟のベンダーは実際のところ元請けと下請けに分かれているが、本稿で説明する趣旨とは関連しないため、話を簡略化するために「ベンダー」と表記した。実際に支払いを求められたのは下請けのベンダーである。
※ ( )内は筆者の加筆

 裁判所は、ユーザーの業務知識があまりに不足しており内部の意見統一もできていなかったこと、ユーザー担当者がプロジェクト中に退職したにもかかわらず引き継ぎが行われなかった結果、後任者が要件の再検討を始めてしまったことが原因で、要件変更が設計工程以降も繰り返され、プロジェクトが頓挫した、と考え、ユーザー側の責任を重く問う判決を出した。


ユーザーの協力義務の裏にあるものとは?

 これは極端な例だが、他のプロジェクトでも、ユーザーが要件定義工程で責任を果たさなかったために失敗する例は多い。こうした場合、ベンダーはある意味被害者ともいえよう。しかし、だからといって責任が全くないというわけでもない。

 この連載でも何回か取り上げたように、ベンダーには「専門家としての責任」があり、ユーザーにプロジェクトの成功を妨げるリスクや問題がある場合は、いち早くそれに気付いて、指摘し、対応策を話し合う責任がある。

 今回の例で言えば、「工場側の課長が、自身の気付いたことを本社と相談せずベンダーに伝えたり、意見を述べたりしている」「本社側の要望と工場側の要望が異なる」「“マイナス在庫”という言葉の意味をユーザー側担当者が知らない」そして、「ユーザー側担当者が退職した」などは、要件の不統一や変更の繰り返しの予兆であり、ベンダーはこうしたことに気付いたら、できるだけ早く対策を講じなければならない。

 「ユーザーが悪いのだから、責任はユーザーが取るべきでは?」とお考えの読者もいるかもしれない。しかし、ITプロジェクトは、裁判に勝つことを目的としているわけでもなければ、ベンダーが「自身の責任を全うすれば、それで良し」というものでもない。

 目的はあくまでも「ユーザーの業務改善」であり、ベンダーに求められるのは、それを実現するために、持てる知識や知見を全て利用することである。少なくとも、自分が認識する責任範囲を超えてでも、そうしたことの行おうとしないベンダーは、“One of them”の作業者にすぎず、ユーザーから頼りにされるパートナーとはなり得ない。

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