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OSS製品ベンダーの開発手法の神髄はここにあり──コミュニティ活動を通じて世界中から優秀な技術者の獲得に成功したElasticCTOに問う(7)Elastic編(2/2 ページ)

CTOとは何か、何をするべきなのか――日本のIT技術者の地位向上やキャリア環境を見据えて、本連載ではさまざまな企業のCTO(または、それに準ずる役職)にインタビュー、その姿を浮き彫りにしていく。第7回は人気のオープンソース検索エンジン「Elasticsearch」のクリエイターであり、Elasticの創設者でCTOを務めるシャイ・バノン氏に話を伺った。

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世界中の開発者が協力して開発

編集部 イノベーションを実現するために、社内では具体的にどのような技術研究を進めていますか?

バノン氏 ソフトウエアを開発するに当たってはさまざまな難しい挑戦や課題をクリアしなければなりません。

 例えば、検索エンジンの分野では、インデックス化が重要な機能要素になりますが、これを何百台ものマシンで分散処理したいと思えば、これまでとは異なるスキルセットが必要になってきます。また、Kibanaの場合は、高度なデータ可視化を実現するユーザーインターフェースが必要になってきます。AngularJSやUX(User Experience)、JavaScriptなどのスキルセットの他に、さまざまな機能やスキルセットが必要になります。

 セキュリティの分野では、暗号化や認証、アクセス管理などの機能をソフトウエアに組み込むためのスキルセットが必要になります。また、ElasticsearchをPerl、Python、Ruby、Java、Node.jsなどで使うためのクライアントライブラリとの関係も非常に重要です。

 これらについて日々技術研究に取り組んでいますが、ここで紹介した機能は、私たちが実現しようとしている技術スコープのほんの一部にすぎません。

編集部 イノベーションを実現するためには、技術研究以外にどのような取り組みが必要だとお考えですか?


「CTOになって良かったことは?」バノン氏「やはり、多くの優秀な人材と出会って、一緒に仕事をできることですね。それだけで私は幸せな気持ちになります」

バノン氏 世界に視野を広げて、絶えず最高の人材を見いだしながら、挑戦し続けなければならないと考えています。例えば、Pythonの開発分野の世界第一人者であるHonza Kral(ホンザ・クラル)はチェコのプラハを拠点にElasticの社員として活動しています。このように世界中に分散した最高レベルの開発者が社員として協力し合いながら技術開発に取り組んでいます。

編集部 Elasticの開発者は実際に何カ国で活動していますか?

バノン氏 現在の社員数は250名で、出身国は30カ国以上に上っています。

編集部 世界中で活動する開発者は、どのような方法でコミュニケーションを取っているのですか?

バノン氏 世界中で活動する開発者が仕事をできているのは、やはりテクノロジのおかげだと思っています。実際に開発者同士のコミュニケーションには、メールの他に、グループチャットツールの「HipChat」「Slack」、Webテレビ会議ツールの「ZOOM」などさまざまな技術を使っています。また、「Always On」という24時間いつでもオンになっているビデオ会議のシステムがあり、いつでもビデオ会議室で集まってミーティングを行えます。

 また、コード開発のプラットフォームとして「GitHub」を有効活用しています。国境を越えて開発作業を行う会社にとって、GitHubのようなプラットフォームは極めて有効で、コード開発の今後の可能性がこれによって広がっていくと確信しています。

 とはいえ、やはり実際に会って話をすることも極めて重要だと認識しています。そのため、開発者同士が必要に応じて特定の場所に集まってミートアップを行うこともCTOとして奨励しています。

開発者に権限を移譲する前提に、ビジョンがある

編集部 必要な技術やツールの選定については、現場の開発者にどの程度権限を与えていますか?

バノン氏 強調したいのは、バランスを取ることが重要だということです。会社が小さかったころは、私が全てを決定していましたが、会社の規模がある程度大きくなった現在は、私が全てを決定することは現実的ではありません。まずは、CTOとして、「なぜ開発に取り組まなければならないのか」というビジョンを示し、将来の方向性をきちんと説明した上で、開発者に対してできるだけ大きな権限を与えていきたいと考えています。

編集部 開発者に権限を移譲する前提に、ビジョンがあるというわけですね。


「CTOに就いて最も辛かったことは?」バノン氏「それは、社員を解雇しなければならなかったことです。最初は能力を見込んで採用したのですが、私たちのビジョンとのギャップをどうしても埋めることができず、結局、会社を辞めてもらったこともありました。会社を辞めてもらうというのは、その人の人生に大きな影響を与えますので、その判断は決して簡単ではありません」

バノン氏 CTOとしてビジョンさえ示せばそれでよいというわけではありません。当然、ビジョンが現実のものになるかどうかを見届けることも私の責任ですので、開発者とともに、ビジョンの実現を目指して取り組みを進めています。

編集部 開発者のマネジメントはどのように行っていますか?

バノン氏 当社では、優秀な開発者に働いてもらっていますので、管理するというよりも、むしろ開発者自身のセルフマネジメント、つまり自己管理を重視するようにしています。

編集部 自己管理ができる優秀な開発者を、どのようにして獲得してきたのですか?

バノン氏 当社はOSSを手掛ける会社として非常にユニークな立ち位置にいると思っています。実際に、私が最初に採用した開発者は、コミュニティの活動などを通して、いつもIRC(Internet Relay Chat)を使って何時間もチャットをしていた人たちでした。彼らの活動拠点は、バルセロナ、ドイツ、ボストンなど、世界中に広がっています。

 彼らは、会社設立以前から、技術的な問題も含めてさまざまなことを話し合って一緒に仕事をしてきた仲間でしたので、彼らの能力は最初から分かっていましたし、私たちが開発したテクノロジのことであれば、たとえ無償であっても、どんなに時間がかかっても手助けをしてくれることも分かっていました。そういう意味で、優秀な人材の獲得は非常に容易に実現できたと思います。

編集部 開発者の採用に当たっては、何か線引きとなる基準があるのでしょうか? 技術力以外に採用の基準はありますか?

バノン氏 もちろん技術的な能力があることが採用の前提ですが、それはコミュニティで共に活動する中で分かっていましたので、当然のこととして採用を進めました。

 私の目で直接見極めたいと思っているのは、私たちの取り組みやビジョンに本当に共感できる人物であるかどうかということ、そして、相手の立場に立って開発に取り組んでくれるかどうかということです。「相手の立場に立つ」というのは、単に製品を提供した後にユーザーの反応を把握するだけではなく、製品開発の段階から、ユーザーの立場に立って、その気持ちを推し計ることができるのかということです。

CTOが究極のディシジョンメーカー

編集部 採用の最終判断は、CTOご自身で行っているのですか?

バノン氏 今のところ、私が究極のディシジョンメーカーであり、これまで採用した人は全て私が面談して採用するかどうかを決めています。従って、もし採用が間違っていたとしたら、全て私の見る目がなかったということになります。私と必ず面談するということは、何を期待して採用を決定したのかをきちんと伝えることでもあり、とても重要なプロセスだと考えています。

編集部 世界各国に社員がいるとのことですが、採用面接の際には、実際に現地に会いに行っているのですか?

バノン氏 主にWebテレビ会議ツールで行っています。それは私の得意な方法であり、何年もその方法で面接を行っています。

編集部 「究極のディシジョンメーカー」ということですが、製品の機能についても自分でチェックしているのでしょうか?

バノン氏 はい。開発作業中に起きたちょっとした問題であっても、考えられないような重大なバグが発生したとしても、最終ディシジョンメーカーとして私が全ての責任を負います。

 ただ、英語に「卵を割らなければオムレツは作れない」という諺があるように、失敗は許されてもよいと考えています。当社は急成長を遂げており、それだけ高いイノベーションのパスをいくつも投じなければなりませんので、あらかじめ多くの間違いが発生することも想定しておかなければなりません。間違いを恐れていたのでは、イノベーションの創出を期待することはできません。

編集部 いわばR&D的に開発を進めることでイノベーションの創出を狙っているわけですね。

バノン氏 はい。ただし、私はイノベーションと品質は同列の関係にあり、品質が担保されていなければイノベーションを起こすことはできないと考えています。このことは、車に搭載されるブレーキ安全装置であるABS(Antilock Brake System)を例に見れば明らかです。ABSの品質が担保されていなければ、ABSの先進性を享受することはできません。そういう意味でイノベーションと品質はイコールだと言えるのではないでしょうか。

ソフトウエア開発者は21世紀のアーチストだ

編集部 今後、CTOとしてどのようなことに取り組もうとお考えですか?

バノン氏 絶えず自分に挑戦を課していくことですね。世の中にはまだまだ私の知らないことがたくさんありますので、それを一つ一つ勉強しながら、自分のものにしていく必要があります。今後、会社が250名から500名、1000名の大会社へと成長していく過程で、新たな挑戦を見いだして、その実現に取り組んでいきたいと考えています。また、当社の場合、開発者が世界各国で分散して仕事をしていますので、全開発者が団結して挑戦できるようなカルチャーを構築していきたいと思っています。

編集部 会社が大きくなっていく過程で、技術的な負債も増加してくると思うのですが、どのような対策をお考えですか?

バノン氏 当社にとって、イノベーションというのは、新たな機能を追加することだけを意味するものではありません。近道をしたために問題が発生しまったり、未熟なコードを書いてしまったりといった、技術的な負債をきちんとチェックして修正することも重要な取り組みであると位置付けており、そこからまた新しいイノベーションが生まれてくるのだと考えています。

編集部 最後に、あまり良い待遇を与えられているとは言えない日本のエンジニアに対して、ひと言アドバイスをお願いします。

バノン氏 日本のエンジニアも、世界のエンジニアも、現在置かれた厳しい状況をもうしばらく耐え抜くことができれば、必ず新しい前途が切り開かれると確信しています。ビジネスにおけるテクノロジの重要性は日々増していますから、もう少しの間、皆で辛抱強く頑張っていきましょう。ソフトウエア開発者は21世紀のアーチストなのですから。

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