グローバル戦争を勝ち抜く企業で技術者が目指すべき道とはCTOに問う(1)LINE編

CTOとは何か、何をするべきなのか――日本のIT技術者の地位向上やキャリア環境を見据えて、本連載ではさまざまな企業のCTO(または、それに準ずる役職)にインタビュー、その姿を浮き彫りにしていく。第1回はLINEの上級執行役員 CTO/サービス開発担当のお二人にお話を伺った。

» 2014年06月05日 18時00分 公開
[益田昇聞き手:@IT編集部]
「CTOに問う」のインデックス

連載目次

 わずか3年弱で登録ユーザー数4億人を突破し、さらに成長を続けるLINE。その成長を支えているのがLINEのプラットフォームやサービスを開発するエンジニアである。今回は、約400名の社内エンジニアを率いる上級執行役員として、LINE本体の開発を統括するCTOの朴イビン氏と、LINEサービスの開発を統括する池邉智洋氏にインタビューした。

撮影:山本中

池邉 智洋(いけべ ともひろ)(写真左)
LINE株式会社 上級執行役員 サービス開発担当
2001年10月株式会社オン・ザ・エッジ(後にライブドア)入社。2012年経営統合により、NHN Japan株式会社へ。2013年LINE株式会社(商号変更)。2014年4月より現職


朴 イビン(パク イビン)(写真右)
LINE株式会社 上級執行役員 CTO
システム開発、ソフトウェア開発などを経て、2002年NeoWiz(ネオウィズ)、2005年1noon(チョッヌン:検索サービス)、2007年NHN Corporation、2007年ネイバージャパン株式会社、2012年NHN Japan株式会社(経営統合)、2013年LINE株式会社(商号変更)。2014年4月より現職


開発者が成長できる環境の整備を目指すのがCTO

編集部 現在の役職に就かれるまでは、どのような業務を担ってこられたのでしょうか。

朴氏 もともとは韓国のゲームポータル会社NeoWizでソーシャルネットワークのサービスを開発していました。その後、インターネット検索ポータルのNAVERで検索エンジンや検索サービスの開発に携わり、Webキュレーションサービス「NAVERまとめ」の開発も担当しました。そうした経験を生かしてLINEの開発を担当するようになりました。

池邉氏 これまで開発のさまざまな業務に携わり、開発全般を見てきました。ライブドアの前身であるオン・ザ・エッヂでは、受託開発も経験しましたし、ライブドアになってからは、「livedoor Blog」の立ち上げをはじめ、PCやガラケー向けも含めてさまざまなサービスの開発を担当してきました。現在は、LINEサービスの強化に取り組んでいます。

編集部 CTOの役割は何だとお考えですか。

朴氏 開発者が成長できる環境を整備することが最も大切な取り組みだと考えています。もちろん、LINEをめぐる環境は目まぐるしく変化しており、その変化に迅速に対応できなければなりません。ですので、戦略的な優先順位付けと品質維持のバランスを取りながら、開発者の育成に取り組みたいと思っています。戦略や優先順位を知らなければ有効な開発はできませんし、品質をきちんと維持できなければ、戦略を達成することはできません。

編集部 日常の業務では、どのような点に気を付けていらっしゃいますか。

池邉氏 全てのソースコードをレビューするのはなかなか難しいのですが、できるだけ見るようにしています。とりわけ、ホットな案件や問題を抱えている案件については、ソースコードを確認したいですし、企画者とのミーティングにも参加して、優先順位付けやリリースのスケジュール調整などを行っています。

強みはプラットフォームを支える分散技術

編集部 競合に比べて技術的な強みは何だとお考えですか。

朴氏 1日に100億以上のメッセージを処理できるシステムはアジア全体で見てもまず存在しないのではないでしょうか。このような規模のプラットフォームを分散システムによって安定的に運用し、しかも、メッセージの急増大に対応して柔軟にスケールアウトできるようにしていることが技術的な強みだと考えています。こうしたプラットフォームを実現するために、開発現場では常にコードレベルでのチューニングやトラブルシューティングといったアップデートを重ねています。

池邉氏 サービスをリアルタイムで提供しながら、停止させることなくスケールアウトを実現するためには非常に高度な技術力が必要になります。机上の空論ではないレベルのことができているのではないかと思います。

朴氏 デバイスに関しても、現在、10種類以上のOSをハンドリングしていますが、外部環境に合わせて多様なデバイスをサポートできるのも大きな強みといえます。LINEアプリのデバイスサポートはWebサービスのデバイスサポートとは異なり、モバイルの環境を深く理解していなければ、実現することはできません。われわれは適切なダウンサイジングも技術力の一つであると考えており、その先端を歩いていると確信しています。

編集部 現在、注目している技術トレンドはどのようなものですか。

朴氏 LINEによるオンラインとオフラインの連携技術に注目しています。韓国のLGエレクトロニクスとの提携により実現した家電連携の例では、LINEから帰宅する旨のメッセージを送信すると、冷蔵庫の内容を知らせてくれたり、掃除機が自動的に動き始めたりします。

 当社は今年2月、公式アカウントの各種機能を企業向けにAPIで提供し、各企業がカスタマイズして活用できる「LINEビジネスコネクト」を発表しました。これにより、LINEと各社システムとの連携が実現できるようになります。今年の夏頃から、実際の活用事例が出てくると思います。

開発者がサービスを企画できる環境を

編集部 どのような体制で開発に取り組んでいるのですか。

池邉氏 組織体制としては、開発者は基本的に開発チームに所属し、各サービスのユニットに人材をアサインする形を採っています。また、ユニットごとに開発の内容が異なりますので、ユニット間で人材の入れ替えを意識的に行うようにしています。その方が、開発者の成長の機会が広がると考えるからです。

編集部 希望による異動もあるのですか。

池邉氏 もちろんです。いずれにしても、ユニットでどのような仕事をしてもらっているかは十分に把握していますので、開発者の成長を考慮した上で配置換えを行うようにしています。

編集部 例えば、サーバーサイドをやっていたら、フロントエンドもやってみませんかという感じでしょうか。

池邉氏 そうですね。われわれのアプリケーションは全部ネットワークと関連しています。クライアントアプリを作るにも、サーバーサイドの知識がまったくなくても、フロントエンドの知識だけで作れるものではないので。

編集部 開発部門から企画部門などへ、まったく別の部門への配置換えもあるのですか。

朴氏 当社の場合、そもそも開発者が、プログラミングだけを行うということはなく、開発者自身が企画のことを考えながら、企画担当者と協力して、戦略を話し合いながら、プロジェクトに取り組んでいます。企画室に異動しなければ企画できないというのではなく、開発部門にいても、自分のやりたいサービスを企画できる環境になっています。従って、開発部門から企画部門へ異動する必要はありません。

編集部 プロジェクト間の情報交換にLINEを使っているのですか。

池邉氏 もちろんLINEを使っていますし、情報共有の手段としてWikiも活用しています。プロジェクトの新機能や実装内容に関する技術ドキュメントをWikiで見ることができますので、それを参照した上で、口頭での情報交換も行っています。また、必要に応じて社内カンファレンスも開催しています。

技術的負債を生まない環境を整備

編集部 技術的負債の解消にはどのように取り組んでいらっしゃいますか。

池邉氏 LINEの提供を開始してまだ3年も経過していませんので、まだ負債と呼べるものはありません。そもそも技術的負債というものは、今日から返そうと思っても急に返せるものではありませんし、新たな取り組みをやめてまで返済することはビジネス的にも現実的ではありません。それよりも、日ごろから、自動テストの環境などを作って負債が生まれないようにする方が大事だと思います。

朴氏 実際に、ソースコードを分析してチェックする体制を整えてます。もちろん、プロジェクトに求められる品質レベルによって若干異なりますが、LINE本体のように高い品質が求められるプロジェクトについては、複数の開発者によるコードレビューを経なければ、リリースできないようになっています。

編集部 製品選定のプロセスとして、社内でのCTOの権限はどのようになっているのでしょうか。例えば、CTOのところでは稟議は通ったけれど、もっと経営層の承認が必要とか……。

朴氏 それはわれわれが決定しますよね。その辺りは現場に任されています。

編集部 素晴らしいですね。技術者にはそういった権限がないという話が多いですから、希望が持てます。システムの基盤として、オープンソースと外部製品のどちらを採用するかの判断はどのように行っていますか。

朴氏 われわれの技術力はわれわれ自身がよく知っています。われわれがハンドリングできるものについては、オープンソースを採用し、それにスケールアウトなどの重要な機能を付加しています。一方、われわれがハンドリングできないものについては、外部製品を選択する可能性がありますが、そうしたケースはほとんどありません。

池邉氏 実際に、外部製品を採用するケースはほとんどありません。確かに、決済処理など、世の中でよく使われる機能については外部製品を採用する余地はありますが、われわれにとってコアな業務で大量のメッセージング処理を担うシステムなどは、外部製品で実現することはできません。むしろ、社内でハンドリングできることの方が、重要だと考えています。

開発者の採用基準は基礎技術力の高さ

編集部 技術者の評価は、どのような基準で行っているのでしょうか。

朴氏 技術的な貢献度に応じた評価だけではなく、プラスアルファとして、プロジェクトの成功に戦略面や企画面でいかに貢献したかも加味しています。もちろん、成功につながらないものもありますが、そもそも許可されたプロジェクトですので、マイナス評価になることはありません。

編集部 開発者の採用基準として重視しているのはどのような点ですか。

池邉氏 技術力に関しては、トレンドを追う能力よりも、基本的な力が大事だと考えています。当社に入社していただいた場合、ほとんどの開発者は、規模的にも、新しいことにチャレンジしてもらうことになりますので、基本的なことをきちんと理解している人の方がうまく適応できると思います。

編集部 「基本が大事」ということですね。

チーム一丸となってグローバル競争に勝ち抜く

編集部 ご自身の目標と今後の取り組みについてお聞かせください。

池邉氏 現在、福岡のチームの立ち上げを進めており、まずはこれを成功させることが目標の一つです。また、日本だけではなく、さまざまな国や地域に適したサービスを提供することも大きな目標です。実際に、現地にも赴いてコミュニケーションを図っていきたいと考えています。

朴氏 グローバル戦争に勝ち抜くために、FacebookとGoogleを競合サービスに位置付け、チーム一丸となって開発に取り組んでいきたいと考えています。そのためには、やるべきことがたくさんあります。

 国や地域ごとに市場の状況を正確に把握して、市場が要求するサービスを特定し、デッドラインを設けて、適切なサービスを適宜提供する必要があります。また、拠点となる地域で、開発チームを組織し、データセンターを構築する必要も出てきます。日本の開発者の数は400人ですが、例えば、中国では数千人規模の体制でスピーディに市場に戦いを挑まなければなりません。

 こうしたタイミングを逃せば、競合がひしめくグローバル戦争にとても勝ち抜くことはできないでしょう。

みんながみんなCTOを目指す必要はない

編集部 最後に、開発者の地位向上のための取り組みについてお聞かせください。

池邉氏 開発者の地位ってそんなに低いですかね(笑)。少なくとも当社では、開発者の地位が低いとは感じていません。

編集部 日本の開発者の多くから、プログラミングだけやっていても、いずれは食べていけなくなるので、別のキャリアパスを模索する必要があるという声をよく聞くのですが。

朴氏 当社に来れば大丈夫です。それは私が保証します。日本の開発者がもしそのように考えているとしても、当社に入れば、そうした考えを変えられると確信しています。当社にとっては、アーキテクチャ設計をしっかりでき、コーディングをきちんとできる人材が最も大切です。

編集部 では、お二人の現在のCTO/上級執行役員サービス担当の立場というのは、技術者として企業をリードするという、ある意味で技術者が目指すべき位置にあるのではないかと思うのですが、CTOという役職を目指してほしい、とお考えですか? もしお考えでしたら、未来のCTOに向けてメッセージをいただきたいのですが。

朴氏 それは、ちょっと逆なんですが、本当に技術だけが好きでそれだけやりたいという技術者もたくさんいます。当社では、その人たちはそのようなキャリアパスを進んでほしいですね。企業のCTOは、ただ技術的な何かだけをやるというより、企業を動かすこともやるべきですけれども、それでやりがいがあってやりたい人ならば、もちろんCTOを目指した方がいいでしょう。

池邉氏 CTOとか、そういう立場になりたいのって、何でなんですかね。収入なんですかね。CTOを目指すべきという考えになるのは、そこのキャリアパスでしか給与が上がらないのが日本の現状だからなのでしょうか。マネージャーにならないと給与が上がらないとか、プログラマーは35歳で定年とかいいますよね。でも、開発をガリガリずっとやっていて何歳でも給与がちゃんと普通に上がっていく環境であれば、みんながみんなCTOを目指す必要はないと思っています。

 当社では、マネージャーにならないと報酬のランクが上がらないということはありません。むしろ技術面できちんと貢献する人を、きちんと評価していくことが企業としてできています。CTOを目指さなくてもいい技術者環境の方が健全だと思っていて、そういう環境に今日本がなっていないのであれば、そういう環境を、当社が作っていくべきかと思っています。

編集部 なるほど。先ほど、自身のやりがいを追求することが大切だし、そうできる環境を作ることも大切というお話がありました。技術者もCTOも、本来、報酬だけを目的に志向すべきものではない、ということかもしれませんね。本日はありがとうございました。

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