さくらインターネットとゲヒルン、似たもの同士の創業者2人が語る会社の在り方、人の働き方:セキュリティ・アディッショナルタイム(14)(1/2 ページ)
2016年4月、さくらインターネットはセキュリティ企業ゲヒルンの全株式を取得し、完全子会社化することを明らかにした。技術畑の社長として起業し、事業を広げてきた“似た者同士”のトップ2人に、その背景を聞いた。
若手エンジニアが立ち上げた日本のスタートアップ企業は多々あるが、その多くはWebサービスの開発・提供に注力しており、インフラ寄りの企業として成長を遂げている例はまれだ。その数少ない例が、ホスティングサービスを展開するさくらインターネットと、セキュリティ専業企業のゲヒルンだろう。
2016年4月、この2社はセキュリティ分野のサービスや人材強化を目的に協力し、さくらインターネットがゲヒルンの全株式を取得。完全子会社化することを明らかにした。その狙いを、創業者として、また代表者としてそれぞれ事業をけん引しているさくらインターネットの田中邦裕氏とゲヒルンの石森大貴氏に聞いた。
Twitterで始まったつながり、その数日後に起こった震災
田中氏と石森氏が直接“つながった”のは、2011年3月8日。東日本大震災のほんの数日前のことだった。2010年9月にサービスを開始した「さくらのVPS(仮想専用サーバ)」に関連してコミュニケーションを深めようと、Twitterで相互にフォローしたのが始まりだったという。その直後に震災が発生。家族の安否も確認できない中、石巻市出身の自分にできることは何かを模索し災害情報の発信に取り組んだ石森氏を、サーバや回線提供などの形で支援したのが田中氏だった。
田中氏 さくらインターネットが2010年から提供を開始したVPSに関して、石森さんが結構積極的に情報を発信してくださってたんです。それで、いろいろお話ししようかなと思ってTwitterでフォローした矢先に震災が起こりました。
石森氏 私はさくらのVPSを、サービス開始後割とすぐに使い始めていました。さくらのVPSでLinuxだけじゃなくWindowsを動かす方法に関するエントリをWebで公開したこともあります。
私自身、2002年からレンタルサーバサービスを提供していて、2010年7月に起業しましたが、「さくらのレンタルサーバやロリポップに負けないレンタルサーバを作る」というのは1つの目標でしたね。ただ、「田中さんに負けない」というのとはちょっと違います。田中さんは尊敬しつつ、さくらのサーバとはまた違うものを追求していきたいという気持ちがありました。
そうこうするうち、自分が利用していたさくらのVPSの8GプランでDebian 32bitを使うとI/Oが途中で止まるというバグが見つかり、それをダイレクトメッセージ(DM)で田中さんに報告しました。詳細をさくらのエンジニアに確認していただき、その後もいろいろやりとりをしているうちに、「うちで働きませんか」という話を頂いたんです。
田中氏 そのときのメッセージ、残ってるかな……(DMのログを探す)。あ、ありましたね。2011年の7月29日に「業務委託でお願いします」と送っています。「働いていただく代わりにラックを無償で提供します」、と。
石森氏 それを機に、さくらのクラウドで検査をしたり、性能テストをしたり、開発のミーティングに出たり、コードを書いたりといった仕事をさせていただきました。
さくらに現物出資していただいたメリットはとても大きくて、ラックを借りているからデータセンターにいつでも出入りできるんですよね。初めて入ったときは「すげー、こんなふうになってるんだ」って興奮しましたし、現地ではサーバを渡されて「マウントは自分でお願いします」と、いろいろ教えてもらいながらセッティングもしました。そんなふうにしてデータセンターの仕組みやラックマウントの面倒さ、電源容量のことなどを体で学べたのは貴重な経験でした。お金だけ出資してもらっていたら分からないような、大変なところも楽しいところも体感できましたね。
もちろん、仕事を頂けることにも安心感がありました。出資だと「その分をすり減らした後どうしよう」という不安がありますが、仕事なら働いた分でご飯を食べていけるので、助かりました。
田中氏 最初はそんなふうにお仕事の形で支援していたんですが、さくらインターネットでは2013年からスタートアップ支援制度を開始して、サーバの形で現物支援するだけでなく、出資も始めました。その一貫でABEJA(アベジャ)というスタートアップ企業に出資したんですが、そのときに「お金も重要だけれど、事業に理解のある株主も重要」と言われ、僕自身の考え方が変わりました。出資することで、相手の会社にポジティブな影響を与えることができるんだと。その延長線上に今回のゲヒルンとの話があります。
労働集約型ではないセキュリティ事業の模索を
では、田中氏はゲヒルンの事業のどんな部分を評価し、両社の協力によって何を実現しようと考えているのだろうか?
田中氏 やはり「チーム」だと思いますね。ゲヒルンには、セキュリティキャンプや未踏プロジェクトで活躍している人を含め、セキュリティに関心のある人たちが集まって、互いに切磋琢磨できる環境がある。それが重要です。チームにはエンジニアのスキルと環境、その両方が必要で、誰か一人だけがさくらインターネットに転職してくるだけでは成り立たないと思うんですよね。
加えて、そこから生み出されるセキュリティも重要な要素です。うちの社内を見ても、やはりまだまだセキュリティは足りていないなと感じますし、お客さまについても同じです。これまではサービスを提供する中で、「お客さまが利用する中で起こった被害はお客さま自身の責任」というスタンスでやってきましたが、それは本当に誠実な対応なのかどうか? われわれ自身が踏み込んで、一緒に守っていくところまでやっていかないといけないと考えています。
一方でゲヒルンのエンジニアにとっては、さくらインターネットという大きなインフラの中でインシデントに対応していくことで、腕が上がっていくことを期待できます。それから、さくらならゲヒルンのやっている内容を株主としてちゃんと理解し、どんどん上がっているセキュリティエンジニアの価値に対して給与面でもきっちりと待遇することで、チームを育てていくことができると思っています。
石森氏 自分は会社というハコにはこだわらないんですが、チームは壊したくありませんでした。これまでの体制では予算が限られていて積極的に投資を行えませんでしたし、チームのみんなにそれなりの給料を出すのも思うようにいかないことがあったのは事実です。
田中氏 ホスティングもセキュリティも、業界が成熟し始めている中、新興の会社が一気に抜きん出て、チームの給与をがっと上げるというのは難しいと思います。さくらが持っているスケールメリットを生かしながら、ゲヒルンもまた高い伸びを示すことができれば、チームの待遇を良くしたり、新たなメンバーを集めたりもできますよね。
石森氏 今のセキュリティ業界って、どちらかというと労働集約型ですよね。事業を拡大するには人を増やす必要があるけれど、人を増やすとその分お給料に使ってしまうので、全体の収益と給与のバランスは一定のところで止まってしまいます。それが、インフラやソフトウェアなどの知識集約型だと、何万件契約しても中の人は増えなくて済む。そうするとみんなの給与を上げやすくなると考えています。
田中氏 労働集約型か知識集約型かは、結構重要ですよね。人の数と売り上げの相関関係が強いと、給与が上がりませんから。そうなると、いかに人を安く雇うかとか、そういう方向に行くわけで……。IT業界はそういうところも少なくありませんが、そうではなくてシステム化しておけば、売り上げと人の相関関係はほとんどなくなりますよね。
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