「わたしは真悟」の「モンロー」を、2018年のテクノロジーで解説しよう:奇跡は 誰にでも 一度おきる だが おきたことには 誰も気がつかない(2/5 ページ)
手塚治虫が、スピルバーグが、そして全世界の子どもたちがあのころ夢見たテクノロジーは、2018年現在どこまで実現できているのだろうか?――映画や漫画、小説、テレビドラマに登場したコンピュータやロボットを、現代のテクノロジーで徹底解説する「テクノロジー名作劇場」、第3回は楳図かずお先生の「わたしは真悟」だ。
マシンへの「恐れ」から始まる物語
新しい技術はいつも、「人の職を奪う」といわれてきた。
今日のAIブームでキーワードとなっている「シンギュラリティー(Singularity)」は、もともとは重力などの「特異点」を示す言葉だが、AIの世界では「AIの能力が人の能力を超える瞬間」といった意味で捉えられている。現代の社会では「AI(より広く浅く捉えればコンピュータ)の能力が、人の能力を飛び越えて凌駕(りょうが)する時代がすぐそこまで来ているのではないか」という不安をかき立てるための呪文のようだ。
私は真悟の根底にも、産業用ロボットに対する何らかの「恐れ」が感じ取れる。産業用ロボットは「強力」で「正確」で「休まず」働き続ける。もし「意思」を持ったらどうなるのだろう……。
しかし、さまざまなテクノロジーは既に人間の能力を大幅に超えているし、人間の社会は自身の能力を超えた科学の能力を使うことで発展し、地球に君臨していることをわれわれは忘れてはならない。
人間は1トンもある物を持ち上げることはできないが、重機は軽々と持ち上げる。持ち上げる高さも人間なら2メートルが限界だが、機械を使えば300メートル以上もある建築物を建立できる。人間は全力で走っても時速20キロが限界だが、新幹線に乗れば平気で時速250キロで走る。ましてや人は空を飛ぶことはできないが、現代の地球では常に数十万という航空機が空を飛び、宇宙にさえ行けるようになった。
これらは「人の能力を超えた」ものであり、しかも「超えることで仕事を奪われる」と危惧するよりも「なくてはならない存在」となっているものだ。
コンピュータが生まれてからおよそ100年。計算能力は最初から人の能力を超えていたし、超えていたからこそ価値のある存在なのだ。
AIの知能技術が人の知能を超えることを、「人間の仕事を取られるのではないか」と心配する論調をよく聞く。「知能」を「機械にはできない、最後の砦」のように考える人が多いのかもしれないが、それを超えてこそ、新しい文明社会があるのではないだろうか。
POINT!
AI以外の多くの技術は、既にシンギュラリティーを超えている
職人がロボットに職を奪われる
「わたしは真悟」も、同様の論調から物語が始まる。
時はバブル直前の年代。日本は好景気に包まれていた。たくさんの仕事が来れば労働者は残業で対応した。そして機械化の波が来る。ハイテクの導入、生産性の向上、売り上げや利益の向上――といった期待が経営者の頭をよぎる。
1巻「P1―Apt4 ロボットは少年と出会った」で、「モンロー」と名付けられた産業用ロボットが、主人公の「さとる」(真悟の「悟」)の父が働く町工場で稼働を始める。
父はそのころ、「X座標を動かすと……」と座標の話をするようになる。さとるが父にじゃれつくと、「じゃますんなっ!! ひとが勉強してんのに!」とどなりつける。工場のエンジニアである父は、金属加工や組み立てを手工業で行う専門家であったのだろう。ハードのエンジニアと座標やベクトルなどの幾何学の知識はまだ違う分野のものだった時代だ。
「いままで俺がトンカチやっていたのをよ、モンローのやつがよ、組み立てやがるから、おらっちは出来上がったモーターを集めて運ぶのが仕事になっちゃったもんね」という父のセリフから、彼が従来の「仕事」をロボットに取られ、運ぶという「作業」に回されたことが読み取れる。「P1―Apt9 ワードプロセッサ」でも、「うちの人、キカイにこき使われてるだけじゃないの」というさとるの母のセリフがある。「職人がロボットに職を奪われる」という論調が、当時あったに違いない。
POINT!
さとるの父のような熟練の必要な加工や組み立ての仕事を、産業ロボット「モンロー」が取って代わるようになり、最終的には「ロボットに職を奪われる」ことが危惧された
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