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ベンダー一揆を回避したいなら、この情報をうまく使ってくださいコンサルは見た! 偽装請負の魔窟(9)(4/4 ページ)

偽装請負に苦しむ先輩を助けるために、白瀬が乗り込んだのはユーザー企業の法務部だった。そのころ江里口はある老人を訪ねていた――。

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上層部だけ懲らしめたいんです

同じ日、美咲はサンリーブスの大株主である大矢和彦を訪ねていた。大矢は美咲の古くからの顧客である東京リアルエステートの会長で、彼女のコンサルタントとしての能力を大いに買ってくれている一人だった。

 「サンリーブスについては、創業当初からかなりの数の株をお持ちだとか」

 数多くのクライアントを持ち、その経営トップに対しても歯に衣(きぬ)着せぬ物言いが信条の美咲だが、この小柄で頭も真っ白になった老人の前では、いつも背筋が伸びる思いだ。

 「ああ。なかなか元気の良いベンチャーだからとイツワ銀行の頭取から紹介されて、上場前に多少ね。株価も今は随分と上がってるんじゃないかな」

 大矢はソファに座る美咲に背を向け、会長室の大きな窓から地上30階の眺望を楽しんでいた。

 「今日の終値で、4250円ほどかと」

 「そりゃあ、大したもんだ。私が買った時には、確か700円くらいのものだった」

 「大して、驚かれませんね。喜んでいるようにも見えない」

 「まあ、付き合いで買った株だ。高値が付いたからといって、そう簡単に売れるわけでもない」

 美咲は注意深く大矢の背中を見つめていた。これから自分がしようとしている話は、株主である大矢にとって、決して愉快なものではない。もしも大矢の機嫌の悪いときにこんな話をすれば、どう拗(こじ)れるか分からない。美咲は、大矢の背中がいつも通りわずかに丸くなっていることを確かめてから続けた。

 「見込みのある会社だと、お考えですか?」

 「さて、どうかな」

 大矢は背中を向けたきりだ。

 「会長、何かご存じなんですか?」

 「創業メンバーのうち、優秀な技術を持った2人のエンジニアは既に会社を去った。その際に、大量のエンジニアも流出したと聞いている。今のサンリーブスは、創業時のイメージと布川の無理な仕事のさせ方で持っている。その最たるものが、サンリーブスとイツワの間で横行している偽装請負。それくらいはね」

 「どこで、そんな……」

 「蛇の道はヘビ。私にも、いろいろ親切に教えてくれる友達が何人かいる。君もそのうちの一人だがね」

 大矢が、初めて笑顔を見せた。

 「イツワとの間だけじゃあない。サンリーブスは、請負契約であちこちに社員を常駐させ、そこで偽装請負をむしろ積極的にやらせてる。布川社長のセールストークは、『ウチの社員をどんどん使ってください。何でもやらせますから』だ」

 「やはり」

 「実際、サンリーブスの社員は新しい技術に詳しいし、優秀な人間も多い。布川と共に会社を立ち上げたエンジニアが優秀だったらしいな。その血脈がまだ生きている、と聞いている」

 「優秀な人材を好きに使い倒せるとなれば、ユーザー企業も喜ぶでしょうね」

 「ああ。だから、サンリーブスは業績を伸ばしてきた。だが……そろそろ先が見えてきたところだ。イツワのプロジェクトが、また遅れるそうだね。情報を取りに来たマスコミが偽装請負に気付けば……どうなるかな」

 大矢の目に鋭さが戻った。

 まったく、この老人にはかなわない――そこまでの内部事情がこの早さで耳に入る情報網とは、どのようなものなのか。美咲はため息をつくと、冷めかけたコーヒーを口にした。

 「で、君は何をしたい? 内部告発でもする気か?」

 「それをご相談に上がりました。偽装請負を明るみに出してサンリーブスとイツワを糾弾することは、今でもできると思います。サンリーブスはつぶれるかもしれません。しかしそれでは、何も知らずに働いている若い社員たちがかわいそうです」

 「悪事を働いている上層部だけにペナルティーを科したい……なかなか難しいオペレーションだな」

 しばらくの間、2人の間に沈黙が流れた。大矢は再び美咲に背を向け、窓の外の曇った空を眺め、やがて「なるほど」とつぶやいた。美咲は無言のまま立ち上がると、2、3歩大矢に近寄った。

 「会長には一時ご迷惑をおかけするかもしれませんが、必ず取り戻せるようにいたします」

 大矢は小さくうなずいた。

 「信じているよ、江里口君」

つづく


「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」第10回は、2020年11月12日掲載です

書籍

システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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