半年単位で働き方が変わってしまう高度AI時代 中小企業がDXで成功するためには、どうすべきか:IT人材ゼロから始める中小企業のDXマニュアル(終)
DXをどのように進めたらよいか分からず、焦りを覚えている中小企業のDX担当者や経営者のモヤモヤを吹き飛ばし、DX推進の一歩目を踏み出すことを後押しする本連載。最終回は、これまでの連載を振り返りながら、高度AI時代に中小企業がDXで成功するための条件を探る。
生成系AIをはじめ、高度AI(人工知能)の発表が後を絶ちません。そして、それらは近い将来に間違いなくビジネスとわれわれの働き方を大きく変えるものとなります。そのような、加速する高度AI時代に、中小企業はどのようにデジタル技術を取り入れ、DX(デジタルトランスフォーメーション)で成功を果たすことができるでしょうか。
今回は、これまでの連載を振り返りながら、高度AI時代に中小企業がDXで成功するための条件について探ります。
半年で風景が変わる高度AI時代に突入
なかなか進まない中小企業のDX、その突破口とすべく2022年12月から、本連載ではさまざまな知見や事例を紹介してきました。さて、この約半年の間に、ある技術が急速に拡大し話題になっていますが、何のことか分かりますか。
それは、OpenAIが開発した対話型AIサービス「ChatGPT」です。ChatGPTが発表されて以降、その性能の高さから大きな注目を集め、発表から2カ月後の2023年1月末には、全世界で1億3000万人のアクティブユーザー数に達したと報告されています。
1億人という大台のユーザー数に達するまでに、「TikTok」でも9カ月、「Instagram」では2年半かかっていることを考えると、ChatGPTの拡大スピードは驚異的としかいいようがありません。
ChatGPTによって、一部のITエンジニアの働き方はすでに大きく変わったといわれています。例えば、ChatGPTに対して「Bob, Tom, Ivy, Dan, Lonをアルファベット順に並べるプログラムをJavaScriptで書いてください」と入力すると、そのプログラムをあっという間に回答してくれます。
このようにコードの生成はもちろんですが、そのコードが正しいかどうかをチェックするテストや、直すべきポイントを見つけて再依頼するレビューなどの工程も、一部もしくは全部を生成系AIの力を借りてできるようになるのではないかといわれています。
ITエンジニアだけでなく、デスクワーカーを中心にノンプログラマーの仕事も2023年度中に大きく変わると予想しています。Microsoftは「Microsoft 365」および「Power Platform」に、Googleは「Google Workspace」に、それぞれ生成AIと対話する機能を搭載すると発表しています。
このように、半年や1年で、ビジネスや働き方が大きく様変わりしていく高度AI時代。そんな急流ともいえるうねりに巻き込まれた今、既存の事業を守りつつ、DXなど実現できるだろうか、そのように頭を抱える経営者やDX推進担当者もいるかも知れません。
組織のアジリティを高める
社会のスピードが速いのであれば、組織のスピードもそれと同等、もしくはそれ以上の速さを手に入れる必要があります。つまり、組織の「アジリティ(=俊敏さ)」を高めるのです。これまでの連載では、アジリティに関してさまざまな施策や事例を紹介してきました。
第2回では、アジリティこそが中小企業であることの最大の強みであるとお伝えしました。経営者のリーダーシップ一つで、素早く意思決定を行い、組織はそれに対して機敏に行動を起こすことができます。第1回では、コンウェイの法則や変更容易性というソフトウェア開発の考え方が、アジリティの高い組織運営のヒントになるということをお伝えしています。
第3回では、リーダーが探索し、未知なるものを受け入れ、変化させる力、すなわち「冒険する力」を持つことの重要性について触れました。なぜなら、リーダーが新しいことを前向きに学び、意思決定ができないのであれば、組織全体がそれをなし得ることはないからです。そして、冒険する力を身に付ける方法は「越境学習」が有効です。また、組織を小さくモジュール化し、現場に十分な裁量を与えることで、全体のアジリティを高めることができます。
中小企業であったとしても、建設業界のように、密結合になりやすい構造を持つ業界であると、アジリティの高さを生かせないということがありえます。そのような状況でも、よく観察すれば打てる施策はあり、影響を与えることはできるという事例について、第4回でお伝えしました。その施策として、業界内の数社で合同勉強会を行うという事例を紹介しました。そのような、他者と関わり合いながら教える場、学ぶ場を創出し続けることは、デジタルスキルとDXマインドを持つ人材を倍々に増やしていくことにつながるということを、第5回で紹介しました。
これらの事例から学べる以下の施策が、いずれも組織のアジリティを高めることにつながっていることに気付くでしょう。
- 経営者のリーダーシップ
- 冒険する力と越境学習
- 組織のモジュール化
- 観察による施策の発見
- 他者と教え合い、学び合う場
このように、すでに事例があって結果があるのであれば、それを踏襲することは簡単です。しかし、急流のような状況で、他社の事例をゆっくり待っている暇はありません。つまり、自社が率先して、世の中に負けないスピード感で新たな取り組みを実行に移し続け、かつ成功を収める必要が出てきます。
どうすれば、そのような偉業にも思えるようなことを成し遂げられるのでしょうか。
OODAループとは
そこで、今注目を集めているのが、米国の戦術家ジョン・ボイド氏が発明した意思決定方法「OODAループ」です。
OODAは、以下4つのステップの頭文字をつなげた言葉です。
- Observe:観察
- Orient:情勢判断
- Decide:意思決定
- Act:行動
この4つの要素によるループを高速に回し、迅速で柔軟な活動を実現します。
OODAループは、もともとは軍事組織向けに発案されたもの、つまり戦場で使用するものです。戦場は、まさに混沌(こんとん)としていて、先行きが不透明で、次々と戦局に変化が起こり得ます。そのような中、素早く状況を見極め、意思決定をし、行動に移す、そして相手よりも一手、二手先に局面を変えることで、主導権を握り、戦局を有利に進めるというものです。
組織のアジリティという観点を踏まえて、各ステップについて見ていきましょう。
Observe:観察
まず、Observeのステップでは組織の外部、内部の環境からインプットを受け取り、情報や知識を集めます。
観察は、じっと見守るというニュアンスを持ち、広く、そして深く行われるものとされています。数値などに形式化できるものだけではなく、心理的、精神的なものも含まれますので、組織の観点では、従業員全てから現場の生きた情報が素早く集められるのが理想です。
そのためには、心理的安全性が高く、情報格差なく、フラットなコミュニケーションができる環境がある方が有利です。DXに成功している組織の多くは、「Slack」などのチャットツールを積極的に活用して、上下関係なくオープンなコミュニケーションを取るようにしています。
Orient:情勢判断
Orientのステップは「Big O」とも言います。OODAループでもっとも重要なステップといわれています。
観察して集めた情報や知識を基に、情勢すなわち、今どのような状況で今後どのような状況になりそうかという流れや方向を判断します。それに合わせて、自らを方向付ける、これが情勢判断のプロセスです。
このとき注意しなければいけないのが、メンタルモデルへの対処です。メンタルモデルとは、個人が現実世界を認識、解釈する認知モデルのこと、つまり物事の解釈の仕方です。
例えば、「自分はITが苦手だから理解できない」という思い込みがある状態では、高度AIなど新しい技術を自社の武器に変えていこうなどとはなかなか思えないものです。そのような固定観念や思い込みがある場合に有効な手段の一つが越境学習です。
意思決定で重要な役割を持つリーダー層こそ越境学習をしてほしい理由がこの点にあります。
Decide:意思決定
情勢判断を受けて、意思決定を行うのがDecideのステップです。
問題の大小にもよりますが、意思決定が全て上の階層しかできないことばかりだと、どうしてもアジリティは失われます。組織をモジュール化し、できるかぎり裁量は現場に下ろしておきたいものです。
しかし、そのときにスピードはスポイルすることがないにもかかわらず組織として統一感のある意思決定がなされる必要があります。そのためには、相互信頼、直観的能力、ミッション、ビジョンといった組織文化が基礎となるといわれています。
失敗すれば評価を下げるような制度、風習があるなら、現場としては誰も意思決定をしたくなくなります。
Act:行動
意思決定を基に行動に移していくステップが、Actです。
行動を起こすことは、すなわち、組織の外部、内部の環境へのアウトプットといえます。環境には変化がもたらされますので、その様子を観察し、インプットとしてフィードバックして、次のループに生かしていきます。
経営者やDX推進者はもちろん、全てのビジネスパーソンが、このようなOODAループによる思考と行動のイメージを持って働くことをお勧めしたく思います。
例えば、社内外からの観察が十分にできていて、意思決定者を中心にメンタルモデルへの対処ができているのであれば、生成系AIを一切活用しない未来に方向付けるということは、まずあり得ないはずです。
高度AI時代に出遅れずにDXを推進する
もし、あなたが経営をする立場であり、これまでDXにうまく踏み出せていないと感じるのであれば、まず、あなたのホームである自社を飛び出して、越境学習をしていただきたいと考えます。私が運営しているコミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」であれば、生成系AIなど最新技術の情報を得る観察の場としても有効です。そして、OODAループをうまく回せるような、アジリティの高い組織づくりを開始しましょう。組織づくりも、小さなステップを少しずつ、しかし高速にループを回していくことで、リスクを抑えつつ着実に成功に近づくことができるはずです。
一方で、もしあなたの組織のリーダーが、OODAループを適切に回すつもりが一切見られないと判断されるのであれば、そのリーダーをフォローし続けることのメリットとデメリットをよく比較した方がよいかもしれません。というのも、前述の通り「働く」の在り方を大きく変える変化がやってきているにもかかわらず、その変化に出遅れてしまうのは、組織にとっても、あなた自身のキャリアにとっても、大きなデメリットとなり得るからです。しかし、その比較の末に出す意思決定も、焦ることなく冷静に、小さなステップで問題ありません。無理せず、しなやかに、しかし着実に前に進んでいきましょう。
さて、本連載では6回にわたり、中小企業がDX推進の一歩目を踏み出すことを後押ししてきました。キーワードは「アジリティ」です。生成系AIの普及により、そのギアが一段上がったのは間違いありません。ぜひ、このスピードを乗りこなし、価値のある仕事をしていきましょう。
著者プロフィール
高橋宣成
プランノーツ代表取締役/ノンプログラマー協会代表理事
「ITで日本の『働く』の価値を高め上げる」をテーマに、研修、執筆、コミュニティー運営を行い、ITやVBA、GAS、Pythonの活用を支援する。コミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」主宰。「IT×働き方」をテーマに運営するブログ「いつも隣にITのお仕事」は月間138万PV達成。Voicy「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」パーソナリティー。
書籍紹介
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動くコードが書けたその先、つまり「ExcelVBAを実務で使う」という目的に特化した実践書。ExcelVBAを楽に効果的に使いこなし続けるための知恵と知識、そしてそのためのビジョンと踏み出す勇気を提供する1冊。
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高橋宣成著 技術評論社 3200円(税別)
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