次元削減、局所性鋭敏型ハッシュ――コンピュータサイエンスは美しい:Go AbekawaのGo Global!〜Tyler McMullen(前)(2/3 ページ)
グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回はFastlyのCTO、Tyler McMullen(タイラー・マクマレン)さんにお話を伺う。高校生のころはアーティストになりたかったタイラーさん。そんな同氏を引き留め、エンジニアの道に導いたのはある先生の一言だった。
ゲームもアートもプログラミングも全てつながっている
阿部川 勉強の方はどうでしょう。中学や高校のときに得意だった教科はなんでしたか。
タイラーさん 一番はやはり数学ですね。ただ私が通った高校は米国の中でもユニークな教育を行う学校でした。数学や歴史、地理などアカデミックな教科ももちろんありましたが、アーティストになりたい人のためのアート講座などがあり、私は情報技術を選択しました。
実は当時私はアーティストになりたかったのです。稚拙ではあったとは思いますが、そのときは絵を描くことに情熱を注いでいましたから、当初はアートクラスを選ぶつもりでした。しかし、選択を登録する締め切りの間際になって、情報技術の先生が私のところに来てこう言ったのです。「タイラー。君は既に幾つものプログラミング言語を操れるし、アプリケーションだって作れる。それなのになぜ、他のクラスを選ぶのか、私のクラスに来なさい」と。最終的には先生の意見に従うことにしました。
阿部川 すごく期待されているじゃないですか。それに、アーティトになりたかったことは現在のタイラーさんにも良い影響を与えていますよね。絵を描くことや、アーティストのように考えることは、仕事をする上で重要な一部だと思うのです。
タイラーさん 確かにそうかもしれません。最終的にはいつも何かクリエイティブなことを求めて仕事をしていますし、絵も描きますし、バンドでベースも演奏します。サンフランシスコではウッドショップを持っていて、時間があるときは、テーブルや椅子などの家具を作っています。私にとっては全てが同じことなのです。クリエイティブに考えて何かを作り出す、それは音楽でも、家具でも、コードでも、私にとっては全てがつながっています。
ちなみに12年前に木工を始めたのですが、実は、自分だけのベースギターが欲しくて「じゃ自分で作ってしまおう」と思ったからなんです(笑)。Fastlyを起業してしまったので、忙しくてまだベースは完成していませんが。
阿部川 イノベーションというのは、そのような異質なことの出会いから生まれてくるものです。きっとそれらのことは全て現在の仕事に生かされているのでしょうね。
タイラーさん そうだと思います。例えば何か技術的な問題が起きたときも、そのことを考えると同時に、裏では何かクリエイティブなやり方がないかを常に考えている。そう考えると抜け出せたりします。そのような考え方はとても役立っています。
私が好きな言葉で「ハンマーしか持っていないと全ての問題が“くぎ”に見える」があります。1つのことを極めることはもちろん重要ですが、タイラーさんのようにさまざまな方面に興味や関心を向けることで、問題解決の選択肢を増やせると思いました。あと、プログラミングできる人には共感してもらえると思うのですが、「いざとなれば自分で作ればいいか」と思えるかどうかで、何かあってもそんなに慌てなくなりますよね。
好きが高じてプログラミングが仕事に
阿部川 学校の話に戻りますね。当時学んでいたプログラミング言語を覚えていますか。
タイラーさん 入門的なものとして「BASIC」「QBASIC」などですね。ただ、ゲームを作るにはQBASICだとスピードが遅いので、「X86アセンブリ」や「C」「C++」なども学びました。頻繁ではありませんが、今でもコーディングをしています。パフォーマンスの高さや、安全性を考えて「Rust」をよく使っています。
阿部川 ゲームのお話が出ましたが、もしかして「最初のコンピュータ」はゲームの筐体(きょうたい)ですか。
タイラーさん おっしゃる通りで、最初のコンピュータは「Commodore 64」です。ただ、プログラミングの面白さを知ったのはどちらかといえば「NES」(Nintendo Entertainment System)の影響が大きいですね。というのも、たまたまNES用の「ゲームジニー」(ゲーム内のパラメーターを調整できるツール)を持っていたんです。マニュアルの最後に、プログラミングの方法が書いてあって、見よう見まねでやってみたんです。メモリに特定のデータを注入するといった、今思えばプログラミングともいえないとても簡単な作業だったのですが、それでもコンピュータの動かし方のようなものが分かった気がして私はすっかり魅了されてしまいました。
阿部川 ゲームでプログラミングに魅了され、本格的に学んだのは高校というわけですね。そのまま大学でもプログラミングを学ばれたのですか。
タイラーさん いいえ、大学には進学しなかったんです。ただ仕事としてプログラミングには携わっていました。高校在学中の16歳のときにプログラミングの仕事をしていたんです。午前中は高校に通って、午後に仕事をするという感じで。
思い返すと、当時、大学に進学することがそれほど価値のあることに思えなかったのです。でも最近は今からでも学校に行くべきだろうか、と考えることもあります。38歳になってこんなことで悩むのはおかしいかもしれませんが……。
阿部川 いいえ、それは自然なことだと思いますよ。
タイラーさん 今なら、「学校で勉強することの面白さ」が分かります。自分をもっと高めるにはどうすればいいかを考えると、学校で学ぶのは有力な選択肢だと思うのです。
阿部川 実は私は大学の教員でもあるのですが、大学では「大学や大学院での教育とは、いったい何なのか」ということが常に議論になります。知識のみであれば、例えば「ChatGPT」に聞けば何かしら答えてくれます。でも“知恵”や新しいイノベーションは提示してくれません。そんな中、教育とはいったい何なのか。タイラーさんは、ずっとそのことを自問自答してきたのだと思います。
タイラーさん そうですね、学ぶことは1人でもできます。例えば私は、読書をしたり、自分で手を動かして試したり実験してみたりすることでコンピュータサイエンスのほとんどのことを1人で学んできました。しかし大学が私たちに提供してくれることは「時間」だと思うのです。自分の時間の大半を学びのために使うことができる。それは現在の私にとってはとても魅力的に映ります。
阿部川 よく分かります。大学が調査や学術的な研究を行うことはもちろん重要です。それが本当に必要かどうかは別の議論としましょう。ただ他方で、知識は知恵に昇華しなければならないし、実社会で役立つものでなければいけないとも思うのです。それによって社会全体がより良い進化を遂げていく……そう思います。
確かに、今から大学で勉強するとしたら当時よりも真面目に、もっと深く学べる気がします。そう思うと確かにぜいたくな場所なのかもしれませんね。ああ、あのころは研究室に漫画を持ち込むような不真面目な学生ですみません、先生……。
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