生成AI時代に求められるエンジニアスキル 「プロンプトがうまく書ける」だけでは足りない:Developer eXperience Day 2024セッションレポート
「過度な期待」をされていた生成AIも、徐々に現実的な利用方法を検討する段階に移行してきている。そこで気になるのは、生成AIで「食っていく」には何のスキルが必要なのかということだ。2024年7月に開催された「Developer eXperience Day 2024」のセッションからそのヒントを探る。
大きな期待が寄せられた生成AI(人工知能)。さまざまな分野での活用事例が集まるにつれて、そのブームは落ち着きを見せはじめ、現実的な利用方法がようやく確立されようとしている。流行に流されず、実践的な生成AIの技術を身に付けたいと考えているエンジニアにとっては「これからが勝負」と言える。
そこで本稿では、2024年7月に開催された「Developer eXperience Day 2024」のセッションを基に、生成AIに携わたいと考えているエンジニアに役立つ情報(スキルやキャリアなど)を抜粋して紹介する。
変化する生成AIのトレンド
生成AI技術を核として企業のAI活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を支援しているギブリーの新田章太氏(取締役 Givery AI Lab/HRTech部門 管掌)と森重真純氏(Givery AIラボ 技術パートナー)が登壇し、生成AIのトレンド変化から、これからのエンジニアに求められるスキルセットなどを解説した。
まず両者は、2024年5月にシアトルで開催された「Microsoft Build」のセッション内容を取り上げた。新田氏の印象に残ったのは、Microsoftが「生成AI」という単語は極力使わず、「Copilot」(副操縦士)という呼び名にこだわっていたことだ。
「Microsoftのコメントを抜粋すると『生成AIは、将来的に個人やチームを一緒にクリエイティブにしていくチームメンバーという位置付けになる』とのことでした。つまり、これからの生成AIは、何か特定の用途に限定するのではなく、業務の中に溶け込んでいくということです」(新田氏)
新田氏は、こうした生成AIのトレンドの変化を3つのポイントにまとめた。
AIケイパビリティの向上
生成AIといえば、プロンプト(命令)を渡して回答にたどり着く「シングルターン」(一度の質問で欲しい回答を得る)といったアプローチが一般的だ。しかし、新田氏によると、生成AIと何度もやりとりしながら回答にたどり着く「マルチターン」が主流になりつつある。
「生成AIはユーザーとのやりとりの中から精度の高い回答を導き出すエージェントとしての機能を備えてきています。今後はデータやアプリケーションをつなぎ込んでいく存在になっていくでしょう。見方を変えれば、情報を検索したり、提案したりする段階を超え、自ら業務を実行する段階に至りつつある、と言えます」(新田氏)
「SLM」(小規模言語モデル)に注目が集まる
生成AIの回答の精度を高めているのは大規模言語モデル(LLM)だ。しかし、LLMは学習コストが高く、実行スピードが遅い。またハルシネーション(幻覚:事実とは異なる内容や文脈とは無関係な内容を生成すること)やプライバシー保護などのリスクがある。それらを解決する手段の一つとしてSLMが注目されているという。
「SLMの利点は、学習コストが低く、実行スピードが速いこと。また、LLMと比べるとハルシネーションやプライバシーのリスクも抑えられる点です。SLMは、機密情報などを扱う金融、自動車、教育、電子商取引、ヘルスケアなどの業界で注目されています。SLMは軽量のため、エッジやローカルなどプライベートな環境で、スタンドアロンで実行できることもポイントです」(新田氏)
「MaaS」(Model as a Service)の登場
生成AIを活用する際に重要なのは業界に特化した学習をモデルに適用することだ。だが最近では、そうした用途ごとに適したモデルを選択できるサービス、つまり「サービスとしてのモデル」が登場しているという。
「モデルカタログを提供したり、業務に特化したチューニングをしたりするサービスもあれば、統合管理のためのモニタリング、評価ツールを提供するサービスもあります。AIモデルは一から作る時代から、選び、運用、評価する時代になってきています」と新田氏は語る。
「プロンプトエンジニアリング」の発展と「AIエンジニアリング」
生成AIの変化に伴ってエンジニアに求められるスキルも変化している。生成AIに必要なスキルとしてまず思い当たるのは「プロンプトエンジニアリング」のスキルだ。
「プロンプトエンジニアリングは自然言語を用いる対話型AIから、精度の高いアウトプットを得るための技術です。自然言語でプロンプトを記述する場合、指示(Instruction)、背景(Context)、入力(Input)、出力指示(Output)という4つの要素を加えることで高い精度の回答が得られるとされており、そこから研究が進んでプロンプトエンジニアリングという形になりました」(新田氏)
生成AIが話題になった当初は、シングルターンで精度の高い出力を得られればそれで十分だった。つまり、従来のプロンプトエンジニアリングはシングルターンで特定のユーザーに特化した対話を重視していたと言える。だが、その方法ではユーザーにもスキルが求められる上、回答の精度にも不安が残る。そんな中で注目されているのが「In Context Learning」(コンテキスト内学習)という技術だ。新田氏によるとIn Context Learningとは、モデル自体は固定のまま、“やりとりの流れ”の中で回答を最適化する技術のことだ。
「In Context Learningは複数回のやりとり、つまりマルチターン会話で回答の精度を向上させます。この新しいアプローチは、ユーザーのインタフェースではなく、サーバのエンジニアリングが鍵になります。サーバにプロンプトを指示して外部データベースと連携したり、さまざまなサービスと統合したりすることで、より高度な対話システムを構築でき、ユーザーは、ボタン一つでAIを簡単に利用できるようになるでしょう」(新田氏)
では、プロンプトエンジニアリングと「AIエンジニアリング」はどういった違いがあるのか。
新田氏は「API連携と会話、ナレッジを最適化するのがプロンプトエンジニアリング。業務に特化したAIの構築や、汎用(はんよう)性を高める軽量化を担うのがAIエンジニアリング」と説明している。
AIエンジニアリングで求められるものは、実はソフトウェアエンジニアの領域とかぶっている部分が多い。
「生成AIのシステムを高い保守性を維持したまま、安定した速度で作るためには、ソフトウェアエンジニアの感性やバックグラウンドが必要です。また、AIシステム構築後のPDCAサイクルの実施、精度の改善、全体のロジックの構築など、ソフトウェアエンジニアのスキルが必要とされる領域が拡大しています」(森重氏)
AI活用人材に求められるスキルセット、知識、マインド
ここで視点を変え、「AIを活用するために必要なものは何か」について考えてみよう。両氏はAI活用人材を「AI利用者」「プロンプトエンジニア」「AIエンジニア」の3つに分け、それぞれに必要なものについて説明する。
AI利用者
レベル1は全てのAI利用者に求められるものだ。
「今後は、生成AIを搭載したソフトウェアやサービスがどんどん増えていくと考えられるので、プロンプトを考えながら生成AIを利用するのではなく、あたかも人と仕事をするようにAIを利用するようになっていくでしょう。そこで必要なのは基本的なデジタルリテラシーです」(新田氏)
ここでいうデジタルリテラシーとは「相手がAIだと認識して情報を渡す」「生成AIにはハルシネーションのリスクがある」といったことを把握、判断するための基礎的な知識のことだ。
それに加えて、生成AIを使って最短距離で必要な情報を取得するためには、構造化した思考や論理的な思考が重要になるという。森重氏は「思考には『考える力』と『試す力』の2種類があり、それを両輪で回すことが重要です」と話す。
プロンプトエンジニア
レベル2はプロンプトを最適化するエンジニアに求められるものだ。
プロンプトエンジニアの役割は拡大している。そのため、Webやネットワーク、APIなどに関する標準的なスキルが必要になる。他にも「APIからJSON形式で帰ってくるテキストをそのように変換するか」といったスキルも必要なため、データへの理解も重要だ。
新田氏は「プロンプト設計はもちろん、ソフトウェアエンジニアに近い業務設計力(業務に必要なものをコードに落とし込む力)やローコードツールなど各種支援ツールを使いこなすスキルが必要です」という。
森重氏は続けて「生成AIに限った話ではありませんが、人がシステムを理解することが重要です。AIはこういうことができて、こうしたいからこういうシステムを組む、といったコンピュータサイエンスの視点でしっかりと理解することが、“長く使えるシステム”を作る上で欠かせません」と語る。
プロンプトエンジニアに最も必要な観点として両氏は「ビジネス視点」を挙げる。AIを搭載したシステムを作っても、それが業務の課題にフォーカスしていなければ意味はない。ビジネスを変革させるために、AIに何をさせるべきかを考えることが重要だ、と締めくくった。
AIエンジニア
レベル3はこれからのAIエンジニアに求められるものだ
モデルを選ぶ時代においてAIエンジニアの役割は、モデルを構築するだけでなく、チューニングや選定、評価なども必要になる。それと同時にハードウェアに関する知識も必要だ。森重氏は「データサイエンティストが活躍できるレイヤーになる」と指摘する。
「データサイエンティストは学習回数やパラメーターなどを見て精度を改善するということが得意なため、活躍できる領域になると考えています。一方、ソフトウェアエンジニアはシステムの応答速度などの改善を得意としています。重要なのはそれぞれの強みを合わせることです」(森重氏)
新田氏は「これからのエンジニアに求められるのは、プロンプトエンジニアリング、ソフトウェアエンジニアリング、AIエンジニアリングをハイブリッドに掛け合わせていくことです」とまとめた。
森重氏は「生成AIは未開拓の部分が多く、今からでも間に合います。今、飛び込んでおけば、『あのときベッドしてよかったな』と思えるはずなので、みんなで生成AIを盛り上げていきましょう」と会場に集まった開発者やエンジニアにエールを送った。
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