第295回 IntelとRapidusが学会発表した最先端製造プロセス 分水嶺は量産化:頭脳放談
電子デバイスの学会「IEDM 2024」でIntelとRapidusが製造プロセスに関して発表した。両社とも、いまはお金を集めることが重要な状況にある。果たして、順風満帆といくのか、それとも前途は多難なのか。両社の状況を予想する。
電子デバイスの学会「IEDM 2024」のWebページ
2024年12月7日から11日まで米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催された「IEDM 2024」。半導体製造プロセスやトランジスタに関する学会である。TSMCやIntel、IBMとRapidusなどが、最先端の製造プロセスやトランジスタに関して発表した。その発表に関するプレスリリースから気になったIntelとRapidusについて、筆者が状況を解説する。画面は、IEEEの「IEDM」に関するWebページ。
2024年で70回目を迎えたらしいIEDM(IEEE International Electron Devices Meeting)は、米国カリフォルニア州サンフランシスコ、つまりはシリコンバレー近郊で一番の都会で開かれてきた電子デバイスの学会である。電子デバイスといっても半導体製造プロセスや半導体上のトランジスタ(この文脈ではデバイスと呼ばれる)そのものが主要テーマである。華々しいプロモーションと一体であることが多い具体的な製品に関わる発表はまずない。どちらかといえば、半導体工場側にいる人々が集うプロ向けの地味な集会という感じだ。
しかし、近年の半導体製造ラインの設備投資費用の高騰は、ここで発表されるような新技術の一つ一つの裏側に巨額のマネーが動いていることを思い起こさせる。マネーあるところには人が集まる。そしてマネーを集めている側にしたら、こういう学会で論文が採択されないなどということはプレゼンスの低下に直結する。下衆な感覚だが、お金を集めるためにも最低限の「やっています感」というか存在感のアピールは必要じゃないかと想像する。
さてIEDMでは、筆者が注目している2社ともに論文が採択されて発表したようだ。IntelとRapidus(ラピダス)だ。筆者は半導体プロセスの専門家ではないし、論文を読んだわけでもない。IEDMに当たっての会社のプレスリリースを読んだにすぎない。素人目には両者とも最低限の「やっています感」は出せたものと思う。しかし、背景を考えて前途を想像するに、両社ともなかなか多難なものがありそうだ。筆者がなぜそう思うのかを述べていこう。
Intelは半導体受託製造事業の「Intel Foundry」を立て直せるのか?
Intelだが、IEDMの直前、CEOのPat Gelsinger(パット・ゲルシンガー)氏が退社している。つい数カ月前にIntelが大リストラを発表したときに、Pat Gelsinger氏に期待みたいなことを書いた筆者としては大外れなのだが、それ以上にご本人の忸怩(じくじ)たる気持ちが推察されてならない(頭脳放談「第292回 落日のIntel? いまIntelに何が起きているのか」参照のこと)。自ら去るか解任されるか迫られて、自ら退任する方を選んだらしい。
Intelが苦境にあるのは、表面的にはAI(人工知能)の大波に乗り遅れたところにある。だが、その裏側には半導体受託製造事業の「Intel Foundry(インテルファウンドリ)」の大赤字が隠れている。取締役会の人々は毎月積み上がっていくファウンドリの赤字を見て恐怖に駆られたに違いない。どうも2024年では兆円単位の赤字が積み上がっているようだ。
IEDMで「ちゃんとプロセス技術も先端を攻めています」みたいなことをちょいと発表したくらいでは何ともならない(Intelのプレスリリース「Intel Foundry、将来ノードに向けた革新的微細配線技術を発表」)。頭脳放談「第196回 なぜIntelがARMプロセッサの受託製造を始めるのか」でも書いたが、半導体工場というのは固定費偏重な体質である。製品の製造量にほぼほぼ比例する変動費よりも、工場がある、ということだけで毎月出ていくお金が大きい産業なのだ。
いまや製造ラインの新設に兆円単位のコストがかかる。そこから賦課されてくる固定費がどれだけ大きいか。Intelくらいの規模になると月数百億円では全く足らず、多分、数千億円単位になるだろう。そのかなりの部分が毎月赤字になって積み上がるところを想像してみれば、恐怖を感じることにうなずけるだろう。
一方、ファウンドリの売り上げは、端的に言ってしまえば「ウエハの出荷枚数」に「単価」を掛けた値で決まる。工場の設備と製造プロセスが決まれば、月の最大生産量、つまり上限の出荷枚数はほぼ決まるわけだ。単価には相場というものがある。当然、先端プロセスならば高いし、こなれた古いプロセスであればお求めやすい価格になる。同業他社の単価よりも高ければ売れないので、これまた上限(時価だが)は決まっている。
つまり、費用の大部分が固定費ならば、工場の採算がとれる稼働率というのがすぐに分かる道理なのである。例えば、上限の生産数量に対して50%で採算がとれる(多分そんなことはないが計算を簡単にするため)とすれば稼働率が100%に近ければ、かかる固定費の2倍くらいも(実際には変動費があるからもっと少なくはなるが)ガッポリもうかるということである。そして、50%をちょっとでも割り込めば赤字がどんどん積み上がるということなのだ。
通常のファブ(半導体工場)では出荷の数カ月前に新規のウエハを投入する必要がある。数カ月後の出荷枚数などはハッキリと把握できてしまうのだ。それが黒字になる枚数であれば笑みもこぼれるだろうが、逆に数カ月後の赤字もほぼほぼ確定なのである。
工場や製造プロセスによっては、生産性が高くても損益分岐の稼働率を低く抑えることは可能だ。しかし、どうもIntel Foundryは高コスト体質が染みついてしまっていると思われる。Intelの製品部門という大手需要家を抱えていても、損益分岐の稼働率を全然超えないということである。需要家を他にも拡大したいだろうが、同業他社の単価に比べてよほどメリットがなければ乗ってくる会社はないだろう。
一方、依然としてIntel Foundryは最先端プロセスへ迫るための追加投資が必要なようだ。IEDMで発表したような新技術にしても、設備(お金)の裏付けがなければ絵に描いた餅である。そしてそのような追加投資はさらに固定費を増大させることになる。取締役のみなさんが真っ青になっているのもうなずける(想像だが)。
RapidusはIBMの最先端プロセスを量産に使えるようにできるのか?
さてもう1つ、気になっているのが日本のRapidusの行く方だ。以前発表の日程(2025年4月にパイロットラインを稼働)的には北海道千歳市に建設中の工場建屋はほぼほぼできている頃である(Rapidusのプレスリリース「Rapidus、IIM-1の起工式を開催」)。巨大な先端工場の目に見える外形は現れてきている。今後は製造装置の搬入、据え付け、調整、そして試作へと続く一連の作業が進むはずだ。
そして、今回のIEDMで「Rapidusも」発表をしている(Rapidusのプレスリリース「IBM ResearchとRapidus、国際会議IEDM 2024で共著論文が採択」、IBMのBlog「Rapidus and IBM move closer to scaling out 2 nm chip production」))。いままでお金を集めたり、工場建屋の建設をしたりという話題ばかりだったRapidusにしたら、肝心の製造プロセスについても「やっています感」を出すためにも必要な発表だったと思う。
この発表について多くの日本のマスコミは、Rapidusを頭にして書いているが、IBMのプロセス開発にRapidus側からも技術者が参加することでなされたものだ。場所はIBMだし、技術の主体もIBMだと思う。Rapidus側にしたら、スムーズにIBMのプロセスを千歳の工場に移植するために参加しているのだと想像する。
IBMのファブは、はた目にはちょっと不思議な組織だ。過去には半導体を外販していたこともあるのだが、外販をやめて研究開発中心に切り替わって数十年たつはず。IBM社内の先端マシンのために、試作的なチップを製造するようなことはあるみたいだが、量産はしていないはずだ。それでも長年先端プロセスに食らいつけるレベルを維持しているのだからすごいといえばすごい。IBMの懐の深さか。
Rapidusの場合、IBMが維持してきたその先端プロセスを千歳の工場に導入し、量産できるようにするというのが大きなチャレンジだ。IBMのファブは試作目的のごく小規模なものだ。
いまや大赤字とはいえ、大規模な量産を長年続けてきたIntelのファブよりもさらに高コスト体質ではないかと勝手に想像している。これまた下衆の勘繰り。そのプロセスを最新鋭の大規模工場(当然、最新鋭のお高い装置が並んでいるはず)に持ってきて、まずは動作し、製品になるところまでを達成しないとならない。
そして、その次は世間相場並みの単価でウエハを販売して、十分利益が出るレベルにまで持っていかなければならないのだ。先ほど述べたように半導体工場の固定費負担は巨大だ。ちょっと試作品が作れましたなどというレベルでは稼働率0%である。しっかり利益を出していくためには多分90%とか、かなりの稼働率を長期間にわたって維持できないとならないはずだ。
そのためには大口の需要家を取り込む必要がある。そこを取り込めないと、Intelの取締役の人々がいま見ているような奈落の底をのぞき込むような事態をRapidusも見ることになるだろう。これまた下衆の勘繰りだが……。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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