IT担当者不在の物流企業が、4年かけてたどり着いた「自走するDX」:「Excelでよくね?」をどう乗り越えたか(2/2 ページ)
IT担当者不在の物流企業が実践した「現場発」のデジタル化。その本質的なプロセスとは? その先を目指す「物流業界のDX」とは?
「作業を洗い出していくと、紙による作業の多さや重複処理、属人化といった問題が明らかになりました。また、現場の担当者に『なぜこの業務をやっているのか』と問うと、『前からやっているから』『何に使う書類なのか分からないけれど、取りあえずやっている』という答えが返ってくる状況でした。みな、いまの業務に何の疑問も持っていなかったんです」(風岡さん)
また、せっかく導入した新たなツールも、最初はもの珍しさで触ってくれたものの、「この取り組みがどんな改善につながるのか」「何が、どう便利になるのか?」が現場に伝わらず、すぐに停滞してしまった。むしろ、移行期に伴うデータ入力や転記作業が増え、「これなら、むしろExcelの方がよかったんじゃないか?」と感じた時期もあった。
「部門をまたいだコミュニケーション不足や、業務のつながりへの意識の低さが想像以上に根深いと感じました。また、『以前のままでいいんじゃないか?』『考えるのが面倒』という空気が強かったことも大きな壁でした」(押見さん)
この状況を打破するために、押見さんと風岡さんは、現場に入り込みながら業務プロセスを一つ一つ確認し、「取りあえず作る」のではなく、「誰が使っても使えるもの」「全体の効率が上がるもの」にするために、画面設計や入力項目を徹底的に見直しながらアプリの作成を進めた。
また月に1回、デジタル化や業務改善をテーマにした社内会議を設け、改善候補の選定や進捗(しんちょく)を全員で共有する場を作った。各部門の担当者や所属長に参加してもらい、「困り事を共有しながら、前に進める」のが目的だ。だが、最初は情報共有だけの場になってしまい、成果が得られなかった。
「これではいけないと思い、各課で必ず『今月はこれに取り組む』という目標を設定して、一つ一つ実行していく形に立て直しました。また、成功事例ができたら社内で共有し、口コミのように少しずつ広げながら、各部門の協力者を増やしていきました」(押見さん)
こうしたプロセスを通じて、社内のさまざまな問題点、課題が可視化されるとともに、従業員に「自分たちにも改善できるかもしれない」という意識が芽生え始めた。また、ITが苦手な従業員からも「これ、何とかなりますか?」という声が聞こえるようになってきた。
業務の可視化がもたらした、「自分たちで変えられる実感」と「お互いを思いやる意識」
デジタル化の効果は現場にも少しずつ、だが、確実に現れはじめた。特に、法的書類の作成業務で改善が見られた。
物流業界では、さまざまな法令にのっとって書類を作成、提出する必要がある。以前は紙で管理しており、作成の手間に加え、書類を探す手間もあった。そこで、法令に沿った書類を指定フォーマットで自動作成できるアプリを作成した。
自動化することで、これまで曖昧だった書類作成のプロセスが整理され、転記作業や確認作業の負担が軽くなった。また、誰が作成しても同じ形式になるため、抜け漏れの防止にもつながった。書類の共有もしやすくなった。データ修正や監査対応の準備の負担も減った。
請求書関連についても、従来は総務と現場の間で紙を受け渡していたが、アプリで請求書を管理するようにしたところ、総務と現場両方の負担が軽減できた。また、納品書発行や月末の金額チェックがスムーズになり、確認漏れの防止にもつながった。
こうした運用を続ける中で、部門間のコミュニケーションにも変化が表れている。アプリを通じて業務の流れが可視化されたことで、「こうしてあげると、あの部署も楽だよね」のように、部署を超えた視点や、お互いの業務を気遣う意識が少しずつ生まれ、以前よりも部署間の連携がしやすくなった。
「実は、総務と配送にはデータのつながりがあるんです。例えば、協力会社に配送を依頼すると、請求が総務に来ます。このような業務プロセスのつながりを可視化していく中で、『こうすれば便利になる』という実感が持てるようになったんだと思います。次第に会議も活発になっていきました」(風岡さん)
自分たちのちょっとした工夫によって業務が変えられることを実感する従業員が増え、自発的な姿勢が社内に広がってきたのだ。
「もちろん、いまだにFAXを送ったり、Excelのデータを紙に印刷してボールペンでチェックしたりする業務もあります。でも、以前だったら誰も疑問に思わなかった行動を、いったん見直してみようと考える人が増えてきた。これこそが、デジタル化の意義だと感じています。今までやってきたことを変えるのは怖いです。ですが、最近は現場でも『思い切ってやめてみたら、もっと簡単になるんじゃないか』といった意見が出てくるようになりました。これが、業務の中で一番大きい変化だと思っています」(押見さん)
「この数年で、総務の業務のやり方が大きく変わりました。デジタル化を進めたプラスの影響だと実感しています。効率化の結果、従業員数が減っているにもかかわらず、残業時間も減っています。仕事に余裕が出てきたからか、従業員の表情が明るくなってきているとも感じます」(風岡さん)
大切なのは現場における「小さな成功体験」
この状態になるために4年の月日がかかった。
1〜2年目は、押見さんが一人で実践しながら「こんなことができるんだ」と理解する期間。3年目後半から4年目にかけて、取り組みは一気に進んだ。デジタル化を進める上で、大切なポイントは何だったのだろうか?
「3年目後半から4年目にかけて一気にデジタル化が進んだのは、各部署で業務を熟知している従業員を巻き込めたからです。彼らに成功体験を積んでもらい、それが、各部署のメンバーに広がった。現場の皆さんに実際に使ってもらって、小さな成功体験を体感してもらう。これが一番早いです。あとは、会社として『この人たちがデジタル化を推進するんだ!』という担当者をちゃんと任命し、チームを作る。ここを明確にすることが大切だと思います」(押見さん)
押見さんたちは、自社のデジタル化をベースにした新規事業の構想も抱いている。
「今後は、これまで培ってきた経験とノウハウを生かし、物流業界のデジタル化を進める伴走支援型の新たな事業を立ち上げることを目指しています。単なるツールの提供ではなく、現場に寄り添い、一緒に課題と向き合いながら、同じ悩みを抱える物流企業や担当者を支援していきたいんです」(押見さん)
「現場発」の取り組みが、自社を変え、業界を変え、地域を変えていく。これこそが、デジタル化を超えた「DXの本質」なのだろう。
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筆者プロフィール
しごとのみらい理事長 竹内義晴
「楽しくはたらく人・チームを増やす」が活動のテーマ。「ストレスをかけるマネジメント」により心が折れかかった経験から、「コミュニケーションの質と量」の重要性を痛感。自身の経験に基づいた組織作りやコミュニケーションの企業研修、講演に従事している。
2017年よりサイボウズにて複業開始。ブランディングやマーケティングに携わる。複業、2拠点ワーク、テレワークなど、これからの仕事の在り方や働き方を実践している。また、地域をまたいだ多様な働き方の経験から、ワーケーションをはじめ、地域活性化の事業開発にも携わる。
元は技術肌のプログラマー。ギスギスした人間関係の職場でストレスを抱え、心身共に疲弊。そのような中、管理職を任され「楽しく仕事ができるチームを創りたい!」と、コミュニケーション心理学やコーチングを学ぶ。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。
著書に、『Z世代・さとり世代の上司になったら読む本 引っ張ってもついてこない時代の「個性」に寄り添うマネジメント(翔泳社)』などがある。
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