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生成AIと海外人材が日本の組織に突き付ける「共通課題」――メルカリが直面した「組織の暗黙知」の壁元メルカリCTOが語る、AI時代のグローバル開発(1)(2/2 ページ)

元メルカリCTOが日本企業のグローバル開発とAI時代の組織づくりについて、当事者としての経験を語る連載。第1回は、2018年にメルカリが実施したインド工科大学卒業生の大型一括採用と、その後の組織立ち上げについて。

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オンボーディングと評価制度に潜んでいた「言わなくても分かる」の壁

 オンボーディングにも、根を同じくする問題が現れました。日本企業はいまだにOJTに強く依存していますが、これは結局のところ、明文化して伝えることをしない、ということです。対照的に、シリコンバレーで一般的なのは、ドキュメントを見れば自己学習で立ち上がれる「セルフラーニング」の仕組みです。日本人同士であれば暗黙知でもなんとなく回ってしまいますが、だからこそ仕組みの不在に気付きません。言葉も文化も違う国から、社会人経験のない新卒が30人一度に来て、初めてそれが露呈したのです。

 これらはインドから来た人材の能力や適性の問題ではありません。彼らは極めて優秀でした。問題の多くは受け入れる側、つまり日本本社の側にありました。課題に共通するのは「言わなくても分かる」ことを前提とするハイコンテクストな組織文化、つまり明文化の不足でした。

 象徴的だったのが評価制度です。当時のメルカリにもグレード制度自体はありましたが、各グレードの職務と期待値は明文化されておらず、給与に等級を後付けするような属人的な運用も残っていました。日本のスタートアップではよくある状態です。しかしメンバーから評価の根拠を問われても、マネジャーは「頑張ったら上げる」といった曖昧な回答しかできません。納得感は得られず、ここでも摩擦が起こります。

 採用は「優秀な人材を口説き落とせるか」という勝負であり、メルカリはそれをやり切りました。しかしその先には「自分たちの価値観や仕事の進め方を説明できるか」という全く別の勝負が待っていました。この準備が追い付いていなかったのです。

あなたの組織は「Googleのやり方」では変わらない

 米国テック企業での経験を踏まえ、私はまず全てを言語化、ドキュメント化していくことから手を付けました。技術方針はグローバル標準へと収束させました。技術的な「正しさ」や「美しさ」にこだわるよりも世界標準のエコシステムに乗った方が、開発スピードでも採用でも有利だからです。オンボーディングは、OJT頼みからセルフラーニングできる仕組みへの転換を加速し、評価制度はグレードごとの期待値を明文化し、グレードに給与レンジをひも付ける方式に移行していきました。

 こうした言語化は「外国人がいるから仕方なく払うコスト」ではありません。私はこれを、開発者体験への投資だと考えていました。世界中の優秀な人材に「自分のスキルが生かせそう」と期待して入社してもらい、成果を出してもらうためには、開発者体験が文字通り「誰にとっても」よいものである必要があります。多様なバックグラウンドを持つ人に加わってもらうことは、全てを説明するということです。「言わなくても分かる」「察してもらう」のではなく、全ての前提を言葉で説明していくこと。ここに近道はありません。

 当時こだわったことがあります。「グローバルテックカンパニー」を目指すあまり、「Googleがこうしているから」と他社の仕組みをそのまま持ち込もうとする提案がしばしば上がっていましたが、私はこれに反対しました。会社にはそれぞれの歴史と成り立ちがあり、表面だけ真似ても機能しません。「この制度さえ導入すれば解決する」という魔法はなく、自社の課題に向き合って泥臭くチューニングし続けることでしか、組織は変わらないのです。

 メルカリでは同時期に、マネジメント層そのもののグローバル化も進んでいました。私が入社した2019年ごろにはマネジャー登用の日本語要件を外し、英語ベースでマネジメント人材を迎え始めていました。誰も歩いていない道を進んだこの挑戦を誇りに思うからこそ、これからグローバル化に踏み出す企業には、同じ回り道をしてほしくありません。「優秀な人材を採用すれば組織は強くなる」のではなく、組織が変わる覚悟をして初めて、優秀な人材は力を発揮できるのです。

生成AIと海外人材が日本の組織に突き付ける「共通課題」

 メルカリの混乱は、内向きな会社の失敗談ではありません。最も果敢に踏み出した会社ですら、これだけの試行錯誤を要したのです。「うちは日本の会社だから、海外とは事情が違う」という感覚のままの組織なら、現実とのズレはもっと大きいはずです。

 むやみに「開発組織をグローバル化せよ」と言いたいのではありません。グローバル化は目的ではない。目指すべきは日本市場が縮小していく中で生き残り、世界で稼げる組織になることです。そのためには、世界の優秀な人材と価値を共創することが必須であり、自分たちの意思決定の仕方、組織の仕組み、暗黙のルールを変えていかなければなりません。グローバル化とは、その自己変革を起こすためのトリガーなのだと思います。

 組織変革への挑戦は、海外人材を受け入れる予定のない企業にとっても人ごとではありません。生成AIが、グローバル人材の受け入れと同じことを組織に要求するからです。AIは社内の暗黙の前提を知りません。「何をなぜ作るのか」、仕様と意図を言葉にして渡せなければ、力を発揮してくれません。「言わなくても分かる」を前提にした組織は、海外人材を生かせない。同じ理由で、生成AIを導入しても競争力には変えられません。一見異なる2つの課題の根にあるのは、組織の「言語化する力」なのです。

 次回はこの構造を掘り下げ、日本の組織に埋め込まれた「言わなくても分かる」という暗黙知の文化が、なぜグローバル開発とAI活用の両方でつまずきの原因になるのかをお話しできればと思います。

筆者紹介


若狹 建(Ken Wakasa)

Tech Japan株式会社 シニアテクニカルアドバイザー、合同会社桜文舎 代表社員CEO


東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修了後、富士通研究所にて研究開発に従事。Sun Microsystemsおよびソニーで組み込みソフトウェア開発を担当。GoogleではGoogle Mapsの開発を経て、2010年以降はAndroid OS開発チームでフレームワーク開発に携わる。Appleでのシステムソフトウェア開発、LINEでのメッセンジャークライアント開発統括を経て、2019年株式会社メルカリに参画。執行役員CTO MarketplaceおよびGroup CTOを歴任し、2022年からMercari India取締役Managing Directorを兼務、2024年に退任。現在は複数社の技術アドバイザー・技術顧問を務める。


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