コラム:ツールとしてのIP(1)

IPv6普及のシナリオ
IPv6導入は「地域限定」から始まる


三木泉
IPv6マガジン編集長
2002/12/11

IPv6はいつになったらはやるのか

 IPv6マガジンというIPv6(およびユビキタスネットワーキング)の専門誌の編集長をやっていると、とにかく一番多く受ける質問は、「IPv6はいつになったらはやるのか」である。この場合、「はやるのか」という言葉で何を意味しているのかは聞く人の立場によって大きく異なるだろうが、IPv6自体が興奮の対象となる日が来ることは永遠にない。新しいネットワーク技術やWebサービスだって同じだ。どれもインフラ技術、あるいは英語でいうenabling technologyであり、何かを可能に(enable)するから意味がある。

 まず確実にいえるのは、現在のIPアドレス(IPv4アドレス)が、完全に使い切ることはなくとも、実際の割り振りに支障を来すようになり、あるいはその可能性が高くなることで「あきらめて」IPv6を使い始める日は必ず来るということだ。インターネット市場がこれからますます発展する段階にある中国は、近い将来に必要とされるIPv4アドレスの数に対し、実際に割り振り可能なIPv4アドレスが不足し得るというプレッシャーを最も感じる国の代表といっていい。

 一応断っておくが、すでにIPv4によるインターネット接続サービスが浸透している国において、IPv6を使うことはIPv4を捨てることを意味しない。インターネット接続プロバイダのサービスが、IPv4とIPv6双方をサポートすることを通じて移行期への対応を図ることは十分予想されるし、すでに提供されている通信サービスの中でも、2つのプロトコルを両方使えるようになっているものが、IPv6オンリーのサービスよりも多い。現在のアプリケーションにはIPv4を使い、その同じネットワーク上で新しいアプリケーションにはIPv6を使うといった展開は当然あり得る。

 上記のような「あきらめてIPv6へ移行」のシナリオではなく、「より便利になるためのIPv6の利用」がどのように起きるかによって、IPv6の普及形態は違ったものになっていく。IPv6にはいくつかの利点があるが、普及のきっかけとなるポイントは、やはりグローバルIPアドレスを潤沢に使えるという点、そして端末や機器をネットワーク接続すると自動的にアドレスを構成してくれて、その時点で通信が可能になるので、ルータのNAT設定などをいじるといった作業が要らない、つまりプラグ&プレイの度合いが高いという点だ。何か新しいことをやりたいときに、この2つの点のいずれかをクリアできるからIPv6でやるというケースが多いだろう。

PCの利用は必ずしもIPv6につながらない

 では、例えば家庭を想定したときに、グローバルアドレスがもっと欲しくなる状況とはどんなものだろうか。現在の家庭における常時接続では、1接続に1つのグローバルIPアドレスのみが(ほとんどの場合動的に)割り当てられる、というのが基本だ。しかし、IPv6によって1家庭で複数のグローバルIPアドレスが実現できるようになっても、PC上のアプリケーションはIPv6に対応しているからといってIPv4に対応していないということは考えられない。そのためIPv4で複数のアドレスを利用するオプションサービスを買う方がユーザーにとって大幅に高くつくようにならないと、ユーザーはわざわざIPv6に変える意味を感じないだろう。あるいは、よほどNAT-PTになじまないアプリケーションの利用が一般化し、家族のだれもが使うようになれば、IPv6サービスの方が面倒でないという話になるのかもしれない。

 家電にしても、白物家電の設定やビデオレコーダの録画予約などでは、インターネット上のサーバにユーザーが送った設定情報をHTTP等で簡単に送る非同期的な方法を使うことで、機器自体に直接アクセスしなくて済むことが考えられる。それだけならIPv4上のNAT配下に家電を接続しても問題は発生しない。ビデオレコーダに録画したデータに外からアクセスして、ダウンロードするような使い方をされるようになって初めて、NATの面倒さが認識されていくのではないだろうか。ホームセキュリティ管理など、インターネットを利用した魅力的なサービスが増加していけば、さらにIPv6の楽しさが知られていくようになるだろう。

特定コミュニティのためのIPv6

 一方、企業や自治体がIPv6を採用するケースは意外に早い時期に増えてくる可能性がある。企業の場合、将来への備えとして社内ネットワークをIPv4、IPv6の双方に対応させることもあるだろうが、それでは実際にIPv6を使ったことにはならない。社内の複数拠点、さらには子会社等とエクストラネットを構築する際にIPv4よりも楽だという理由でIPv6が採用されるというシナリオは想像しやすいのだが、いかがだろうか。

 地域の医師会でIPv6を使い、医療機関同士で電子カルテ交換を行うといった利用方法について取材したことがある。医療の世界では、電子カルテ情報を医療機関がやりとりできる仕組みを作っていくことが、中核病院と診療所の役割分担を明確化していくための課題となっている。しかし電子カルテ情報をどこかのサーバにいったん登録し、すべての医療機関がそこから情報を取得するような利用方法は考えられない。電子カルテは、それを作成した医療機関がオーナーシップを持ち、閲覧させたい相手を明確に限定して提供すべきものだからだ。つまりそれぞれの医療機関に置かれたサーバへ必要に応じてアクセスしにいくといった利用形態の方が考えやすい。

 こうしたメッシュ的な情報利用が発生する場合には、IPv4よりはるかにIPv6のほうが楽だといえる。現実に日本医師会も、電子カルテ交換をIPv6で行う仕組みの開発を進めている。

「グローバルでないIPv6」の意味

 都道府県単位での情報インフラ構築例が増えてきたが、自治体レベルでは、サービスにインターネットを活用できる余地がまだ大きく残されており、これをIPv6対応にしていくことは大きなメリットがある。例えば老人などの健康モニタリングや、地震計をはじめとした防災関連の情報収集、警察の関連設備などである。

 松下電工では、いくつかの警察署に「サイバー交番」を納入した実績がすでにあるそうだ。これは道路脇や広場などに立てるポール状の電灯で、ブザーとインターホンによる警察への通報機能と、通報時に周囲を録画する機能を兼ね備えたものだ。現状ではIPv4をISDN上で使っているが、大量に展開する場合にはIPv6の利用が明らかに有利だ。

 エクストラネットや自治体でのIPv6利用は、世界を相手にしたものではない。地域や通信相手が限定されている。このため、IPv6インターネットから切り離されていてもよい。こういうことをいうと、IPv6は必ずグローバルでユビキタスな利用を前提としなければならないと考える人はまゆをひそめるかもしれない。しかし、IPv6がある日突然世界に広がるということはあり得ない。島が1つ2つと増えていく以外には考えられない。上記のような「限定利用」も島の1種であることは認められてもよいのではないだろうか。


Global IPv6 Summit in Japan 2002のページ

 最後に宣伝で恐縮だが、12月18、19日にパシフィコ横浜でGlobal IPv6 Summit in Japan 2002が開催される。有料だが、中身の濃いIPv6関連チュートリアルやパネルディスカッションが実施されるので、IPv6に興味のある方はぜひ参加していただければと思う。



著者の三木泉(みき いずみ)氏は、(株)インプレスが発行する唯一のIPv6専門誌「IPv6マガジン」編集長。その傍ら、IPv6普及のためのさまざまな活動も行っている。

「Master of IP Network総合インデックス」


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