元麻布春男の視点
なぜマイクロソフトはDVD-ROMを推進しない


元麻布春男
2001/07/27

 PCを構成するコンポーネントの世代が変わるときには、2つのパターンがある。新世代のコンポーネントが前世代のそれと完全に上位互換である場合と、そうでない場合だ。完全に上位互換でない技術革新の例としては、プロセッサが挙げられる。一般に新しい世代のプロセッサは、新しい外部バスを採用し、新しいチップセット、新しいソケットを利用する場合が多い。Pentium IIIからPentium 4への世代交代を見ると分かりやすいだろう。Pentium IIIとPentium 4では、外部バス、チップセット、ソケットのすべてが異なっている。それでも、ソフトウェア的には必ずといってよいほど互換性が維持されており、前世代と断絶することなどまずない。

 一般に完全上位互換のコンポーネントへの切り替えは、そうでないものより、移行がスムーズに運ぶ。新しい世代のプロセッサへの切り替えは、マザーボードやメモリなどインフラの変更を伴うため、ある程度の移行期間を必要とする。MMX PentiumからPentium IIへの移行には、2年ほどかかっている。完全上位互換であれば、こうしたインフラへの影響はないため、短時間に切り替わるわけだ。

CD-ROMの世代交代が進まない

 ところが、完全上位互換の新世代品が登場しているにもかかわらず、なかなか新世代への切り替えが進んでいないデバイスがある。それはCD-ROMドライブだ。市場には、CD-ROMドライブを置き換えるものとして、DVD-ROMドライブ、CD-R/RWドライブ、そして両者の機能を融合させたコンボドライブ、さらにはDVD-R/RWドライブやDVD-RAMドライブまである(書き換え型DVD規格については、「ニュース解説:混沌のDVD規格、ライトワンス型のDVD+Rが登場」参照)。ごく初期のDVD-ROMドライブを除き、いずれのドライブも、CD-ROMドライブの機能を包含しながら、新機能をサポートしている。そのためCD-ROMドライブを取り外してそのまま差し替えても、まったく問題なく機能する。

 にもかかわらず、市販されるPCには、いまなおCD-ROMドライブを標準搭載したものが少なくない。特にDVD-ROMドライブは、機能的な類似性が高いうえ、最近は価格でも極めて近いにもかかわらず、CD-ROMドライブを完全に置き換えることができないでいる。なぜDVD-ROMドライブは、CD-ROMドライブを駆逐できないのだろうか。おそらくその理由は極めてシンプルで、「DVD-ROMを読む機能」が必要とされていないからである。

DVD-ROMにキラータイトルが不在

アルプス社の「プロアトラス2002 全国DVD」
早くからDVD-ROM版をリリースしている地図ソフウェアの「プロアトラス全国DVD」。ただし、地域別は未だにCD-ROM版だけである。

 では、なぜDVD-ROMを読む機能が求められないのか。それは、DVD-ROMドライブがPCに与える付加価値がDVDビデオの再生(別途プレーヤ・ソフトウェアが必要になるが)しかない、という図式から抜け出せないでいるからだ。民生用のDVDビデオ・プレーヤが2万円程度で買える中、わざわざPCにDVD-ROMドライブを付けて、DVDビデオを見ようとは思わないだろう。現時点で、DVDビデオを除いた純然たるPC向けのDVD-ROMタイトル(DVD-ROMを使ったソフトウェア)は、地図や百科事典などごくわずかであり、ほとんど普及していない。むしろ、最近は一時より減少しているような気さえするほどだ。つまり、現時点のPCにおいて、DVD-ROMを読む機能は、ほとんど必要とされていないわけだ。

 DVD-ROMが普及しない最大の理由は、多くのアプリケーションのインストール・ファイル群がCD-ROMの容量に収まってしまい、大容量のDVD-ROMを利用する必然性がないからだと思われる。上述した辞書や地図といった大量のデータを収録しなければならないものや、一部のゲームを除けば、大半のアプリケーションは1枚のCD-ROMに収まりきる。むしろ、CD-ROMの容量でさえ持て余しているアプリケーションも珍しくないというのが実情だろう。1.44Mbytesのフロッピーディスクにも十分に入るアプリケーションでも、CD-ROMメディアで配布されているのは、CD-ROMのプレスコストが極めて安価であるからにほかならない(DVD-ROMのプレスコストは、CD-ROMに比べて格段に高い)。DVD-ROMドライブがCD-ROMメディアを読み出せる以上、最も安価なメディアであるCD-ROMを使うのは当然のことだ。

マイクロソフトのDVD-ROMに対する姿勢

 だが、筆者はこれだけでは割り切れない何かを感じている。それは、世界最大のソフトウェア・ベンダであるマイクロソフトの動向だ。同社はCD-ROMの黎明期において、他社に先駆けてCD-ROMというメディアを採用し、その普及を後押ししてきた。しかし、DVD-ROMにおいて、そうした熱心さはあまり見受けられない。例えば、Office XPはPersonal版でもCD-ROM 3枚組だが、もしDVD-ROM版があれば1枚に収まるハズだ。同様なことは、ゴルフ・ゲームであるLinks 2001やFlight Simulator 2000 Professionalにもいえる。CD-ROMの普及期と同じ情熱があれば、こうしたタイトルのDVD-ROM版がリリースされたのではないだろうか。

 マイクロソフトは、次世代のPC用メディアとしてDVD規格を推進してきたメンバーでもあり、普及に対してある意味で責任があるハズだ。DVDの規格制定時に、東芝や松下電器などが推進するSD規格と、ソニーとPhilipsなどが推進するMMCDの2つの規格に決裂しかけたが、マイクロソフトが1つの規格にまとまるように陰で動いたともいわれている。こうした経緯から考えれば、マイクロソフトがDVD-ROM版をリリースしない方が、むしろおかしいともいえる。

 結局、かつてのフロッピーからCD-ROMへの移行に比べて、CD-ROMからDVD-ROMへの移行は切実さが低い、というだけのことかもしれない。が、DVD-ROMにも少なくともソフトウェアをリリースする立場にとって絶対的なメリットがある。それは、メディアをコピーされる心配がない、ということだ。現時点で書き込み可能なDVD技術の標準が定まっていないため普及していない、ということもあるが、書き込み可能なDVDドライブを用いても、基本的にコピーを禁止したDVD-ROMメディアの複製を作ることは難しい。本来なら違法コピーに悩むマイクロソフトが、飛びついてもおかしくないハズだ。

 これだけのメリットにもかかわらず、DVD-ROMを採用しないというのは、それだけ「プロダクト アクティベーション(ライセンス認証)」のような技術に自信がある証拠なのだろうか(プロダクト アクティベーションについては、「Windows 2000 Insider:Windows XP、Office XPに導入される不正コピー防止技術、Product Activationとは?」参照)。確かに、プロダクト アクティベーションがうまくいけば、メディアの複製を防止できるだけでなく、不正な利用をも防止できる。だが、プロダクト アクティベーションが、ユーザーに直接的なメリットをもたらさない(むしろ、手間という形でデメリットをもたらす)のに対し、DVD-ROMにはメディアの交換回数を減らせる、というユーザーメリットがある。かつてのCD-ROMのときのような積極的な後押しを期待したいところなのだが。記事の終わり

Office XPの[プロダクト アクティベーション]ウィザードの画面
Office XPやWindows XPには、「プロダクト アクティベーション」と呼ぶユーザー認証機能が装備された。新規インストール時に画面のようなウィザードが起動し、ハードウェア情報などをもとに作られたカギをマイクロソフトのサーバに登録することで、不正コピーなどを防止するという仕組みだ。
 
  関連記事
混沌のDVD規格、ライトワンス型のDVD+Rが登場
Windows XP、Office XPに導入される不正コピー防止技術、Product Activationとは?
 
  関連リンク 
プロダクト アクティベーションに関する情報ページ
 
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