元麻布春男の視点新Pentium IIIのナゾに迫る |
2001年7月31日、Intelは0.13μmプロセスによるモバイルIntel Pentium IIIプロセッサM(以下モバイルPentium III-Mと略)を発表した(インテルの「モバイルPentium III-Mに関するニュースリリース」)。モバイルPentium III-Mは、これまで「Tualatin(テュアラティン)」という開発コード名で知られてきたプロセッサだ。正式なプレスリリースを伴って、Tualatinが発表されたのは今回が初めてのことである。 と、くどくどと断ったのは、すでに非公式な形(?)でTualatinコアを採用したプロセッサが事実上リリースされているからだ。6月末にサーバ向けのIntel Pentium IIIプロセッサS(以下Pentium III-Sと略)、7月半ばにデスクトップ向けのPentium IIIが、それぞれ事実上のデビューを飾っている。華々しい発表会どころか、プレスリリースすら出されていないが、Webサイトではすでにデータシートも公開されており、いずれのプロセッサも「正式に」リリースされていることは間違いない。 |
動作電圧が下がったTualatin
製造プロセスがこれまでの0.18μmプロセスから0.13μmプロセスへ微細化されたTualatinに共通するのは、動作電圧が下がったことだ。今回発表されたモバイル向けの場合、最高性能モードの動作電圧が1.40Vなのに対し、バッテリ・モードの動作電圧は1.15Vとなる。これまで最も動作クロックが高かったモバイルPentium III-1GHzでは、前者が1.70V、後者が1.35Vだったから、それぞれ0.3Vと0.2V低下したことになる(850MHz以下のモバイルPentium IIIでは、前者が1.60V、後者が1.35V)。
動作電圧が下がれば、消費電力も当然下がる。下表に、現時点で発表されている8種類のTualatinについて、動作電圧と消費電力をまとめておいた(ほかにPentium III-Sの1.26GHzが秋葉原などのPCパーツ販売店でフライング販売されているが、まだ正式には発表されていない)。これまで使われてきたモバイルPentium III-1GHzの消費電力(TDP:Thermal Design Power、熱設計上の消費電力)の24.8W(Typical:通常の使用状態における熱設計値)に比べ、Tualatinコアでは消費電力が下がっていることが分かる(実際にはTDPの計測方法が変更されているために単純な比較はできない)。もちろん、モバイルPentium III-Mの場合、これでも20Wを超えており、いわゆるB5サイズのミニノートPCや、さらに小型のサブノートPCでは発熱量が大きく、採用しにくい。しかし、間もなくこうしたセグメント向けに低電圧版、超低電圧版のモバイルPentium III-Mが追加される予定となっている。
動作クロック | 動作電圧(最高性能/バッテリ) | 消費電力(TDP) | 2次キャッシュ容量 |
Pentium III-M | |||
1.13GHz
|
1.4V/1.15V (733MHz) | 21.8W | 512Kbytes |
1.06GHz
|
1.4V/1.15V (733MHz) | 21.0W | 512Kbytes |
1.00GHz
|
1.4V/1.15V (733MHz) | 20.5W | 512Kbytes |
933MHz
|
1.4V/1.15V (733MHz) | 20.1W | 512Kbytes |
866MHz
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1.4V/1.15V (667MHz) | 19.5W | 512Kbytes |
Pentium III-S | |||
1.13GHz
|
1.45V | 27.9W | 512Kbytes |
Pentium III | |||
1.20GHz
|
1.475V | 29.9W | 256Kbytes |
1.13A GHz
|
1.475V | 29.1W | 256Kbytes |
Tualatinコア採用Pentium IIIの動作電圧と消費電力 |
モバイルPentium III-Mで採用された新しい低消費電力機能
低消費電力機能ということでは、モバイルPentium III-Mには新たに2つの機能が加わっている。1つは拡張版SpeedStepテクノロジ、もう1つがDeeper Sleepモードの新設だ。これまでのPentium IIIに使われてきたSpeedStepテクノロジでは、プロセッサの動作モードは、AC電源動作時に最高性能モード、バッテリ駆動時にバッテリ・モードに固定されていた。もちろん、SpeedStepテクノロジを無効にして、常時最高性能モードで使うことは可能であったが、その場合バッテリ駆動時間は短くなってしまう。拡張版SpeedStepテクノロジでは、バッテリ駆動時でも必要に応じて(ソフトウェアの要求に応じて)最高性能モードに自動的に切り替わるように改められた。
Deeper Sleepモードは、待機時にプロセッサの駆動電圧を最低動作電圧以下の0.85Vまで下げることで消費電力を低減させる機能だ。これにより、これまで待機時に用いられてきたDeep Sleepよりさらに60%の消費電力低減が図られているという。間違いのないように補足しておくが、すでに消費電力が小さくなっている待機時の消費電力が60%下がるのであり、プロセッサの全動作モードにわたって消費電力が60%下がるわけではない。とはいえ、インテルによれば、「通常のワードプロセッサなどの利用時でもDeeper Sleepモードは有効に働いている」ということなので、全体としての低消費電力化に貢献するのは間違いないだろう。
デスクトップPC向けTualatinの2次キャッシュの謎
さて、上表でもう1つ触れておかねばならないのは、デスクトップPC向けのPentium IIIを除いて、内蔵する2次キャッシュの容量が従来の2倍の512Kbytesに増加していることだ。Tualatinは、世代の終り(この場合P6アーキテクチャの最後)であると同時に、新しい製造プロセスの始まりでもある。その意味において、最後のMMX PentiumとなったTillamook(開発コード名:ティラムック)に位置づけが似ている。Tillamookは、それまでのMMX Pentiumに比べ内蔵キャッシュ(1次キャッシュ)の容量が2倍になっていたが、Tualatinでも同様な措置が採用されたことになる。アーキテクチャ上の性能限界に達しつつあるプロセッサの内蔵キャッシュ容量を拡大することで、性能上のカンフル剤を与える、というところだろう。
にもかかわらず、デスクトップPC向けのPentium IIIプロセッサのみ2次キャッシュが256Kbytesに据え置かれたのは、現在インテルが強力にプッシュしているPentium 4とのバッティングを避けるためだろう。過去の例からいって、おそらくデスクトップPC向けとノートPC向けのPentium IIIのダイは共通で、デスクトップPC向けでは256Kbytes分の2次キャッシュをわざわざ無効にしているものと思われる。動作電圧から予想すると、同じ1.13GHzのプロセッサならば、モバイルPentium III-M、Pentium III-S、Pentium IIIの順で選別されているのだろう*1。それを裏付けるかのようにモバイルPentium III-M 1.13GHzの公表されている価格(1000個ロット時)は7万9350円と、クライアントPC向けとしては群を抜いて高い。価格の点でも、ミニノートPCやサブノートPCには採用しにくいことが分かる。
*1 この場合、動作電圧が低いほどクロック周波数を高めにくく、歩留まりが悪い。つまり、動作電圧が最も低く設定されているモバイルPentium III-Mの動作条件が最も厳しく、使用できるダイの収量も少ない。そこでモバイルPentium III-Mから選別するわけだ。また収量が少ないということは供給量が減ることになるため、価格も高めに設定されることが多い。動作電圧とクロック周波数、歩留まりとの関係については、「頭脳放談:第2回 1GHz! 世界を支配するクロックなるモノ」を参照していただきたい。 |
Tualatin対応のチップセットは?
もう1つ、上表に示したプロセッサに共通しているのは、FSBが133MHzになっている、ということだ。デスクトップPC、あるいはサーバ向けのプロセッサでは、133MHzのFSBは珍しくないが、モバイルPC向けではモバイルPentium III-Mが初めてとなる。このFSB 133MHz対応と、上述したDeeper Sleepモードへ対応するため、モバイルPC用に新しいチップセット「Intel 830M」が投入されている。このIntel 830Mは、メモリ・コントローラとI/Oコントローラ間をHub Linkで接続し、最大で1Gbytesのメイン・メモリが実装可能だ。今回リリースされたのは、AGP 4x/2x対応で内蔵グラフィックス機能を持たないIntel 830MPだが、年末に向けて内蔵グラフィックスと外部グラフィックスのいずれかを選択可能なIntel 830M、内蔵グラフィックスのみをサポートしたIntel 830MGも投入されることになっている(Intel 830MとIntel 830MGの内蔵グラフィックス性能は異なるもの)。
I/Oコントローラに使われるICH3M(82801CAM)は、型番からするとICH3のモバイル向け、ということになる。ただ、デスクトップPC向けのICH3自体はいまのところリリースされていない(スキップするというウワサもある)。もともとICH3では、目玉機能としてUSB 2.0をサポートするといわれていたのだが、今回発表されたIntel 830MPのICH3Mは、USB 1.1対応である(USB 2.0対応のICH3Mも将来リリースされる見込みだという)。それでもICH3Mは、3つのUSBコントローラを内蔵し、合計6ポートのUSBをサポート可能なのだが、モバイルPCでこれだけのポート数が必要なのか、疑問が残るところだ。Deeper SleepモードをサポートするのにICH3Mが不可欠、というのが最大の採用理由かもしれない。 このIntel 830Mで残念なのは、ECCメモリのサポートがないことだ。ノートPCにECCメモリ対応の必要はないが、もしIntel 830MがECCメモリをサポートしていれば、Pentium III-Sと組み合わせて、高密度サーバ向けのチップセットとして使えたのではないか、と思われるからだ(高密度サーバのパーツには、低消費電力/低発熱が求められる)。現時点でサーバ用途向けにPentium III-Sと組み合わせられるチップセットはServerWorks製しかないが、これは必ずしも高密度サーバ向けとは言い難い。エントリからワークグループ・サーバ向けのチップセットとして、Pentium III-Sに組み合わせる適当なチップセットが、ほとんどないというのが実情なだけに残念だ。 |
Tualatinの将来性
というわけで、モバイルPC、ローエンド・サーバ、デスクトップPCという3つのセグメント向けに出揃ったTualatinだが、セグメントによりその将来性にはバラつきがありそうだ。それが最も端的に現れているのがデスクトップPC向けで、次世代の主力であるPentium 4と競合しないよう配慮されている。デスクトップPC向けのIntel 830のリリースが見送られたこと、既存の大半のマザーボードとの間に互換性がないこと(「B-Step」と呼ばれる新しいバージョンのIntel 815チップセットを用いたマザーボードが必要)などを考えると、デスクトップPC向けPentium IIIとしてのTualatinの役割は限定的なものにとどまるだろう。おそらく、0.13μmプロセスによる開発コード名「Northwood(ノースウッド)で呼ばれるPentium 4が登場してくるまでの間、省スペース・タイプのPC(日本でポピュラーな液晶デスクトップPCなど)を中心に使われ、Northwoodの登場にともない役割を終える、ということになるだろう。
ただ、これでデスクトップPCからTualatinが完全に消えるのではなく、おそらくしばらくの間、Celeronとして生き長らえるものと思われる。もちろん、Celeronの動作クロックも2001年内に1GHzを突破することが確実な情勢を考えると、Tualatinでどこまでクロックを上げ続けられるか、疑問が残る。どんなにがんばっても1.5GHz程度が上限となりそうなので、そうなるとP6アーキテクチャを採用したCeleronの寿命もあとせいぜい1年と考えられる。2002年第3四半期に予定されているFab 11Xの0.13μmプロセス/300mmウエハへの転換あたりで、CeleronのNetBurst(Pentium 4アーキテクチャ)化を行うのが最もタイミングがよい。というのも、0.13μmプロセス化と300mmウエハの採用で、Pentium 4のコストは1/4に下がるといわれており、Celeronの価格帯でも十分に採算が合うようになるからだ(300mmウエハの効果については、「頭脳放談:第13回 300mmウエハは2倍お得」を参照)。
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モバイルPentium III-Mに関するニュースリリース |
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