元麻布春男の視点ヒミツ主義に包まれたIntelのプロセッサ製造拠点を暴く |
世に半導体ベンダは数あれど、1GHz以上の動作クロックのプロセッサを安価に量産できる会社は、いまのところ2社しか存在しない。いわずと知れたIntelとAMDだ。AMDの場合、プロセッサを製造する工場(Fab:ファブ)は、米国のテキサス州オースティン(Austin)と、ドイツのドレスデン(Dresden)の2カ所に集約されており、前者がFab 25、後者がFab 30と呼ばれている。現在、Fab 30は0.18μmプロセスの銅配線技術を用いて、主に1GHz以上のクロックのAthlon(Thunderbirdコア)と、新しいPalominoコアのモバイルAthlon 4(および同系列のコアによるモバイルDuron)、Athlon MPを量産していると考えられている。一方のFab 25では、主にDuronの量産が進められている。従って、AMD製プロセッサのオーナーであれば、自分のプロセッサがどこで作られているのか、大体の想像がつく。まぁ、どちらにせよ、2分の1の確率で当たるわけだ。
謎が多いIntelのFab
これに対してIntel製のプロセッサは、どこで作られたのか、ほとんど知ることができない。プロセッサのパッケージには、マレーシア(Malaysia)あるいはコスタリカ(Costa Rica)と書かれていることが多いが、これはあくまでも最終組み立て(パッケージング)工場の所在地であり、いわゆるウエハからプロセッサ・ダイを製造しているFabの所在地とは異なる。では、IntelにはいくつのFabがあり、そこで何を作っているのかとなると、意外に情報が少ないことに気付く。下の図に示したのは、Intelの製造拠点と題された地図だが、これを見ても、どこに製造関連施設があるのかは分かるものの、それ以上の情報はほとんどない。ちなみに地図中にあるプエルトリコ(Puerto Rico)のマザーボード製造工場は、2001年に入り閉鎖されている。
Intelのプレゼンテーション資料にあるFabの所在地 |
Intelの300mmウエハ採用のFab D1Cに関するプレゼンテーション資料「Intel 300mm Program Briefing」から。この図を見ても、どこでどのような製品を作っているのかは分からない。ただ、全世界に広く分散してFabが置かれていることはよく分かる。 |
そこで、この公表されている資料をもとに、IntelのFabについてまとめてみたのが以下の表だ。この表は、主に「Intel in Your Community」と題されたWebページと、最近出されたプレスリリース、あるいは製造関連のプレゼンテーションなどに記された情報をもとに、筆者がまとめたものだ。
ファブ名称 | 所在地 | 目的 | 0.13μmプロセスへの移行時期 | 300mmウエハへの移行時期 | 備考 |
RP1 | オレゴン州ヒルズボロ*1 | 研究用 | N/A | N/A | |
D1A | オレゴン州アロハ | N/A | N/A | N/A | Fab 15に転換 |
D1B | オレゴン州ヒルズボロ*1 | N/A | 2001年第1四半期 | N/A | Fab 20に転換 |
D1C | オレゴン州ヒルズボロ*1 | 開発用 | 2002年第1四半期 (300mmウエハ採用) | 2001年第1四半期(0.18μmプロセス採用) | D1D完成後、300mmウエハによる量産Fabへ転換 |
D1D | オレゴン州ヒルズボロ*1 | 開発用(着工) | N/A | 2003年運用開始? | 300mmウエハによる0.07μmプロセスの開発 |
D2 | カリフォルニア州サンタクララ | 開発用 | 2001年第3四半期 | 2002年? | |
Fab 4 | オレゴン州アロハ | N/A | N/A | N/A | 閉鎖 |
Fab 5 | オレゴン州アロハ | N/A | N/A | N/A | Fab 15.5に改称 |
Fab 7 | ニューメキシコ州リオランチョ | 量産用(フラッシュメモリ) | |||
Fab 8 | エルサレム(イスラエル) | 量産用(通信?) | MEMS*3の研究・開発 | ||
Fab 9 | ニューメキシコ州リオランチョ | 量産用(フラッシュメモリ) | |||
Fab 10 | レイクスリップ(アイルランド) | 量産用 | |||
Fab 11 | ニューメキシコ州リオランチョ | 量産用 | フラッシュメモリとP6系プロセッサの両方 | ||
Fab 11X | ニューメキシコ州リオランチョ | 量産用 | 2002年第3四半期 (300mmウエハ採用) | 2002年第3四半期 (0.13μmプロセス採用) | Pentium 4を含むプロセッサ |
Fab 12 | アリゾナ州チャンドラー | 量産用 | 2002年第4四半期 | パッケージ関連の開発 | |
Fab 14 | レイクスリップ(アイルランド) | 量産用 | |||
Fab 15 | オレゴン州アロハ | 量産用(フラッシュメモリ) | 旧D1A。現在P802(フラッシュメモリ用のプロセス)による量産 | ||
Fab 15.5 | オレゴン州アロハ | 量産用(フラッシュメモリ) | Fab 5がFab 15の一部となり改称 | ||
Fab 16 | テキサス州フォートワース | N/A | N/A | N/A | 優遇措置が州議会を通過しないため無期延期 |
Fab 17 | マサチューセッツ州ハドソン | 量産用 | 2002年第1四半期*2 | DECのFabを買収 | |
Fab 18 | キルヤト・ガト(イスラエル) | 量産用 | |||
Fab 20 | オレゴン州ヒルズボロ*1 | 量産用 | 2001年第1四半期 | 旧D1B | |
Fab 22 | アリゾナ州チャンドラー | 量産用 | 2001年第3四半期 | ||
Fab 23 | コロラド州コロラドスプリング | 量産用(フラッシュメモリ) | RockwellのFabを買収 | ||
Fab 24 | レイクスリップ(アイルランド) | 量産用 | 2003年以降に延期?*2 | 2003年以降? | |
IntelのFab一覧 | |||||
*1 ロンラー・エイカーズ(Ronler Acres)キャンパス | |||||
*2 当初は2001年第4四半期を予定 | |||||
*3 Micro Electro-Mechanical Systemsの略称。半導体技術を応用して微細加工を施すもの |
この表を見て、まず気付くのはオレゴン州に施設が集中していることだ。一般にIntelというと、シリコンバレーの中心地、サンタクララ(Santa Clara)というイメージが強いが、現在では施設の数や従業員の数から見て、オレゴン州が同社の最大の拠点となっている。表には、工場しか記されていないものの、ほかにも多くの施設があり、Intelの全製品グループがオレゴン州内に顔をそろえる。製造という点では、主にアロハ(Aloha)でフラッシュメモリ、ヒルズボロ(Hillsboro)でプロセッサ系の量産が行われているようだ。
またオレゴンは、研究用のFab(RP1:Research and Pathfinderの略)、量産技術を開発するFab(D1x:Developmentの略)、量産用のFab(Fab 15、Fab 15.5、Fab 20)が州内にまとまっている、という点でもユニークな場所といえるかもしれない(Intelの「300mmウエハの研究・実証施設『RP1』の開設に関するニュースリリース」)。D1x Fabで量産技術を確立して、その技術をほかの量産用Fabに移植し、さらに新しいプロセス開発用Fabを着工し、その完成後、古い開発Fabを量産Fabに転換する、という「サイクル」が、この表から見えてくる。
D1Cの周辺Fab |
Intelの300mmウエハ採用のFab D1Cに関するプレゼンテーション資料「Intel 300mm Program Briefing」から。この写真を見ても分かるように、D1Cの周辺にはFab 20、RP1が置かれており、開発用Fabを量産Fabに転換するというサイクルを作っている。 |
分散したFabの役割
一般には、生産拠点は1カ所に集約した方が効率はよいが、その分リスクが高まる。もし、すべての生産拠点がオレゴン州に集中していたとすると、同州に大規模な災害が生じた場合、大きなダメージを受ける。逆に、地元としても、あまりに1つの企業に経済を依存しすぎると、税収や雇用を1企業に人質に取られることになってしまう。すでにオレゴン州で最大規模の事業者(法人所得税の約15%を占めトップ)となっているIntelが、際限なく巨大化すると、オレゴン州を実質的に支配してしまう危険性も生まれる。
そこで、Intelとオレゴン州政府は、SIP(Strategic Investment Program:戦略的投資プログラム)と呼ばれる協定を締結し、Intelの同州内への投資(新しいFabの建設など)をコントロールすると同時に、Intelが支払う固定資産税などをあらかじめ一定額に設定したり、道路や学校の建設といった公共サービスの提供についての取り決めを行ったりしている。このSIPには、Intelの製造部門の雇用が5000人を超えると、1人当たり1000ドルを郡(ワシントン郡)に納める、といった取り決めもあり、Intelの巨大化に一定の枠をはめている。
こうした取り決めがうまくいかなかった例が、テキサス州フォートワース(Fort Worth)だ。ここに建設予定だったFab 16は、州議会が優遇措置を認めないため、無期延期の状態になっている(Intelだけでなく、Fab 16が予定されていた工業団地全体が失速しているようだ)。
製造拠点という点で、規模が大きそうなのがニューメキシコ州リオランチョ(Rio Rancho)だ。Fab 7、Fab 9、Fab 11、Fab 11Xが集中するこの拠点は、フラッシュメモリとプロセッサの両方を手がける。IntelはFabの規模について、シリコン・ウエハの生産能力といったことを絶対に公開しない。せいぜいクリーン・ルームの床面積が公開される程度であるため、あくまでも推測するしかないが、Fab 11Xが2002年に300mmウエハと0.13μmプロセスの両方に同時に対応するということだけでも、製造量に占めるこの拠点の高い比重がうかがえる。この時点で、300mmウエハ対応はD1Cに次ぎ2番目ということになるが、純粋な量産拠点としてはここが最初だ。200mmウエハを300mmウエハにすることで、生産量は2倍、0.18μmプロセスを0.13μmプロセスにすることでも生産量は2倍になる。つまりFab 11Xは、同程度のクリーン・ルームであっても、既存の工場に対し4倍の能力を持った工場になるわけだ。同様に、アイルランドのキルデア州レイクスリップ(Leixlip)も300mmウエハ採用予定の大規模な量産拠点と考えられるが、ここのFab 24はニューエコノミーの崩壊による需要減を受け、計画が後退している(Intelの「アイルランド工場の300mmウエハ対応に関するニュースリリース」)。
このほか、ユニークな特徴を持つのは、アリゾナ州のチャンドラー(Chandler)とイスラエルのエルサレム(Jerusalem)だ。チャンドラーがパッケージ関連の開発拠点、エルサレムはMEMSの開発を行っている。MEMSというのは、Micro Electro-Mechanical Systemsの略。いわゆるナノ・テクノロジに関連した技術で、半導体技術を応用して微細加工を施すものだ。応用例としては、シリコン上にアンテナやスイッチを作り込んだり、微細な溝を掘り、そこに冷却媒体を流すことでチップの冷却を行ったり、といったことが考えられている。オレゴンやカリフォルニアの研究所と連携して、Fab 8で試作が行われているようだ。
規則性がないFabのネーミング
さて、この表全体を見てもサッパリ分からないのは、Fabの命名則だ。数字とロケーションの間にハッキリとした法則性は見つからない。例えば、Fab 8とFab 18(ともにイスラエル)、Fab 12とFab 22(ともにチャンドラー)、Fab 14とFab 24(ともにアイルランド)といったように、末尾合わせでネーミングされている例もあるが、これが方針として貫かれているわけではない。奇数番号のFabは、フラッシュメモリの工場であることが多いようにも思われるが、Fab 11Xのように明らかにIAプロセッサを量産すると思われるFabもあり、法則とまではいかないようだ。
また、Fab 17(DECから買収)やFab 23(Rockwellから買収)のように、他社から買収した工場は、後から急きょ数字の中に割り込んだのではないか、とも思われる。プロセッサで7割近いシェアを持ち、フラッシュメモリでもトップ・クラスにランクされるだけに、IntelのFabは数が多い。それに、この一見不可解(?)な命名則が加わって、IntelのFabは神秘のベールに包まれている印象が強い。
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関連リンク | |
Intel 300mm Program Briefing | |
Intel in Your Community | |
300mmウエハの研究・実証施設「RP1」の開設に関するニュースリリース | |
アイルランド工場の300mmウエハ対応に関するニュースリリース |
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