連載PCの理想と現実 第5回 USBの建前と本音、IEEE 1394の理想と現実?
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IEEE 1394が標準にならなかった歴史的経緯
実は、前述のようにATA/ATAPIがUltra DMAモードを追加しつつ、データ転送レートの向上を図っている途上で、内蔵ハードディスクのネイティブ・インターフェイスにIEEE 1394を採用しよう、という動きがあった。1999年春のIDF(Intel Developer Forum:Intelが主催する開発者会議)で完全な方向転換を行うまで、IntelはUltra DMA/66の次の主力ストレージ・インターフェイスはIEEE 1394であり、IEEE 1394はATAとSCSIの両方を置き換える、と説明していた。何と当初は、Ultra DMA/66にも反対で、Ultra DMA/33の次をIEEE 1394としていたほどなのだ。
このロードマップがうまく行かなかったのは、ハードディスク・ベンダが、なかなか首を縦に振らなかったからだと思われる。ある意味、半導体業界以上に熾烈な競争を行っているハードディスク業界は、コスト上昇要因となる新しいインターフェイスを採用するだけの余裕がない。また、家電製品とPCを融合するというアイデアも、なかなかうまく行かなかった。おそらく家電メーカーには、うかつにインターフェイスを公開すると、家電の世界までWintel(MicrosoftとIntel)に支配されるのではないか、という恐怖感があったに違いないし、何より家電とPCでは、標準化とか接続性といったものに対する考え方が決定的に違うのである。IEEE 1394で家電とPCを融合するというアイデアは、ほとんどPC側の片思いだったと考えて間違いないと思う。
1999年春のIDFでIntelが、「外付けストレージに用いられているSCSIの後継にUSB 2.0を、内蔵ストレージに用いられているUltra DMA/66の後継にATAの発展技術を用いる」と発表した時点で、IEEE 1394に関する壮大な夢は、確実に終焉を迎えた。その後、この時点で明らかにされていなかったUSB 2.0の最大データ転送速度は、IEEE 1394aを上回る480Mbits/sになることが決まり、ATAの発展技術としてUltra ATA/100、そしてシリアルATAが用いられることが明らかになった。USB 2.0、シリアルATAともに、製品化はまだだが、過去のインターフェイスと上位互換性を備えるこれらのインターフェイスが成功する可能性は、極めて高いと考えられている。
IEEE 1394をバックアップするメーカー
PCと家電を融合するという壮大な夢がなくなったとしても、IEEE 1394そのものがなくなるわけではないし、実際にはPC業界の中にもIEEE 1394のサポーターがいないわけではない。Microsoft、ソニー、それからPC業界に含めるべきかどうかは別としてApple(同社はiMacの最新モデルで、全モデルにIEEE 1394を標準実装した)の3社は、IEEE 1394に今も熱心だと思われる。特にMicrosoftとソニーは、2000年1月7日付で、IEEE 1394の進展に協力していくことを表明したプレスリリースまで出している(Microsoftの「ソニーと共同でIEEE 1394を推進することに関するニュースリリース」)。
実際、MicrosoftのIEEE 1394サポートは、かなり手厚いものだ。下の画面は、IEEE 1394のホスト・アダプタをインストールしたPCで、Windows Updateに接続すると得られるアップデートだが、アンプラグ時の安定性の向上(「取り外し」というWindows 2000やWindows Meには最初からついてくるアプレットが追加される)に加え、性能が3倍に向上するという。
Windows Updateの画面 |
IEEE 1394のホスト・アダプタをインストールした状態で、Windows Updateに接続すると、この画面となる。性能が3倍も向上するというのは、アップデートとしては珍しい。 |
また、Microsoftによるブート・デバイスとしてのサポートがある点も、IEEE 1394の特徴だ。Windows 2000やWindows Meでは、USBのストレージ・クラス・デバイスのサポートが行われているが、USBにはブート・デバイスとしてのサポートがない。もちろんBIOSのサポートさえあれば、USBに接続されたリムーバブル・メディアからOSを起動することは可能だ。実際、多くのノートPCがUSB接続のCD-ROMドライブからリカバリ・ブートをサポートしている。だが、これをもってブート・デバイスとしてのサポートが事足りるわけではない。USBのストレージ・デバイスに対し、OSによるブート・デバイスとしてのサポートがないということは、「USBバスクラスの先のデバイスにページング・ファイルを置くことを認めない」ということであり、「IEEE 1394バス・クラスの先のデバイスにはページング・ファイルを置くことができる」ということなのである。
とはいえ、実際にIEEE 1394デバイスからシステムを起動するには、BIOSによるIEEE 1394のサポートが不可欠だ。そして筆者の知る限り、PCIバス対応のIEEE 1394ホスト・アダプタで拡張ディスクBIOSを持ったものはないし、オンボードにIEEE 1394ポートを持ったマザーボードのシステムBIOSで、IEEE 1394からのシステム起動をサポートしたものもないと思う。そういう意味では、IEEE 1394のシステム起動も(少なくとも)現時点では絵に描いた餅にすぎない。が、逆にいえば、ハードウェア側のサポートが十分でないにもかかわらず、OSのサポートがあるのだから、いかにMicrosoftのサポートが手厚いか分かろうというものだ。
OS | BIOS | |
IEEE 1394 | ○ | 現時点でなし |
USB 2.0 | 予定なし | 非公式(リカバリ用) |
システム起動のサポート |
IEEE 1394の将来
では、IEEE 1394はこれからどうなるのだろう。ハッキリしているのは、IEEE 1394がなくなることは絶対にないということだ。PCのインターフェイスとして主流になることは、将来においてもないだろうが、家電の世界で広く使われ続けるのはほぼ確実だ(コラム:iLINKが持つ互換性の問題)。フルスペックのIEEE 1394が使われるのかどうかはともかく、iLINK、mLAN(ヤマハが提唱しているサウンド・デバイスを相互接続するためのネットワーク規格)など用途を限定したうえで、IEEE 1394のサブセットが使われることだろう。そしてPCには、こうしたサブセットとブリッジするインターフェイスとして、必要に応じてIEEE 1394が実装されるに違いない。最悪の場合でも、ビデオ・キャプチャのインターフェイスとして、使われるだろう。
IEEE 1394がPCのインターフェイスとして主流になることがないもう1つの理由は、チップセットへの統合の問題だ。現在、IEEE 1394はPCIの拡張カードとして実装されている。最大データ転送速度が133Mbytes/sのPCIバスは、400Mbits/sのIEEE 1394aには十分だが、800Mbits/s、1600Mbits/sと高速化していくには不十分だ(これらの転送レートは現在P1394bとして検討されている)。また、このような高速化なしには、ハードディスクのような高速なデバイスの接続に用いることはできない(コラム:次世代P1394bは家電にも向かない)。
しかしPCには1600Mbits/sのインターフェイスを接続可能な外部バスは存在しない。USB 2.0にしても、シリアルATAにしても、PCIバスではなくサウスブリッジに統合されることが前提となっている。しかし、筆者の知る限り、将来チップセットにIEEE 1394を統合すると表明しているチップセット・ベンダは1社もない。現在IEEE 1394に最も熱心なのはVIA Technologiesではないかと思われるが、その同社にしてもチップセットにIEEE 1394を統合するとは言明していない(以前、IntelがIEEE 1394を支持していた頃は、VIAもその意向を表明していたが、Intelが取り下げると同時にチップセットに統合すると言わなくなってしまった)。
IEEE 1394の普及にはチップセットへの統合が必要
実は、USB 2.0にしても、シリアルATAにしても、Intel以外でチップセットに組み込むと言明しているチップセット・ベンダはない。AMDのドレスデン・デザインセンターは、同事業所の役割として、USB 2.0とシリアルATAのチップセットへの統合、ということを挙げているが、AMDのロードマップとして正式に発表されたものではない。とはいえ、IEEE 1394よりUSB 2.0とシリアルATAの方が主流になるだろう、ということに否定的な人はほとんどいないのが実情なのである(いつUSB 2.0やシリアルATAへ移行するかという点では、Intelに対し異論をはさむ人が少なくないだろうが)。高速化したIEEE 1394を接続するインターフェイスとして唯一考えられるとしたら、それはHyperTransportかもしれないが、今のところ具体的な動きは見られない(HyperTransportについては、「視点:AMDがHyperTransportを公開した理由」参照)。
チップセットにIEEE 1394を統合する動きがない、ということがおそらくP1394bの標準化をストールさせている(少なくとも筆者にはそう見える)最大の理由だろう。P1394bでは、データレート1600Mbits/s(s1600)やデータレート3200Mbits/s(s3200)といった高速化が大きなテーマの1つだが、それをぶら下げる場所がなければ、話し合ってもしょうがない。もう一方の家電には、今のところこうした高速なデータ転送速度を必要とするアプリケーションは存在しないのである。
IEEE 1394は、スペック的にはPCと家電製品のすべてのニーズを満たせるインターフェイスだ。しかし、理屈のうえですべてを接続可能であることと、実際にすべての機器が接続できることは同じではない。IEEE 1394は、家電製品間のインターフェイスとして、将来的に広く使われていくだろうし、USB 2.0が家電製品分野を侵食しない限り、家電とPCをつなぐインターフェイスとして一定の役割を果たすことだろう。しかし、かつて考えられたように、ジャンルを問わずすべてのデバイスを接続可能な、PCと家電を融合させるインターフェイスではもはやない、というのが現状だろう。
関連記事 | |
AMDがHyperTransportを公開した理由 |
関連リンク | |
ソニーと共同でIEEE 1394を推進することに関するニュースリリース | |
mLANのホームページ |
INDEX |
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[連載]PCの理想と現実 | ||
第5回 USBの建前と本音、IEEE 1394の理想と現実? | ||
IEEE 1394の理想と現実(1) | ||
IEEE 1394の理想と現実(2) | ||
コラム:iLINKが持つ互換性の問題 | ||
コラム:次世代P1394bは家電にも向かない | ||
「連載:PCの理想と現実」 |
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