モノ/ヒトをつなぐこれからの「場」のデザイン


第1回 ユビキタス時代の「場」づくり入門


株式会社内田洋行
次世代ソリューション開発センター
UCDチーム
2008年3月5日


 単一製品のデザインから、「場」全体のデザインへ

 あらゆる場所であらゆるものがネットワークにつながっていく。リアル(な情報)とバーチャル(な情報)が一緒になることによって、どんな新しい価値が生まれるのでしょうか。例えば、人々のコミュニケーションを支えるべき「場」においては、どのような新たな可能性が広がるのでしょうか。

 いまやバズワード(明確な定義のない用語)に位置付けられている「ユビキタス」ですが、あらためていま、そのユビキタスについての本質的な議論がなされています。技術一辺倒、シーズ先行型でニーズが追いついてこなかったというこれまでの流れに対する反省点から、もっと利活用面、つまりユビキタスの使い方を世界に向けて広く発信させるべきだというわけです。

 ユビキタスという概念は、いわばリアルとネットとが一緒になっているものです。ネット上だけに閉じられた世界観ではなく、現実のモノや環境との「関係性」をネットワークが持つことによって力を発揮する「リアル世界側の出来事」です。

 リアルが一緒になっているということは、モノの使い勝手や使いやすさが要求されます。さらに、ヒトを取り巻く物理的な「環境」や「空間」にまで目を向けてみると、単一のモノに対する対応だけではなく、環境全体を俯瞰(ふかん)して、その中に存在するさまざまなモノ同士の関係性や、シーンに応じてそれらをうまく使いこなせるように、ヒトへの配慮や利用スタイルをもう少し考えなければならないことに気付きます。

 日常のリアルな世界に存在するさまざまな「断片(モジュール)」や「モノ」がネットワークでつながることによってエンパワーメントされていくユビキタス環境においては、それぞれのモノに対するデザインだけではなく、その空間におけるシーン全体としてどうか、それぞれの構成要素間の関係性はどうか、つまり「『場』全体に対するデザイン」が必要になるといえます。

 日本は旧来より「多義的な空間」づくりを得意としてきました。ちゃぶ台が真ん中に置かれた居間もそうです。そこは食卓にも勉強部屋にも家族会議の場にもなります。状況に応じて、利用者によって空間側の意味合いが変わるのです。

 一方で、西洋のものの見方は、「パースペクティブ(遠近法的)」なものの見方だといわれます。絵画や建造物を見るときも、立ち位置や見る角度を指定されることが多くあります。

 それに対して日本のものの見方は、日本庭園などがそうですが、360度どこから見ても絵になります。もともと何もないところに何かを見せようとする。見る人によってそれぞれが違うパターンとして見える。それを頭の中で組み立てるのは作者よりも見る側(利用者側)に委ねられていて、空間側にはそれを組み立てるための要素が実はたくさん仕込んであります。その要素とは植木だったり石だったり空だったり、空間に存在するさまざまな“情報”がマテリアルとして効いているのです。その「効かせ方」自体や「驚き」が、作者の芸風だったり技能だったりします。

 ユビキタスな環境では、情報や情報デバイスが空間のマテリアルと化してくるということです。いままで可視化されにくかったITの世界が、どんどん空間内に表出してきます。つまり、その表出のさせ方、配列のさせ方、こちらから見たときにどう見えるか、という空間づくりは庭と同じで、その采配(さいはい)によって空間は俄然(がぜん)生き生きとしてくるということになるわけです。そう考えれば、このユビキタス時代にこそ、その利活用方法や日本ならではの価値観を世界に向けて発信していくことが必要だといえるでしょう。

 空間や環境づくりを長年手掛けてきた弊社のR&D組織内に所属する私たちのチームも、そうしたビジョンのもとに、ヒトとモノをつなぐこれからの「場」のデザインについて研究開発を日々重ねています。

 ただ、私たちの活動はリアルなものとバーチャルなものの結び付きに対して、また、情報が空間のマテリアルと化していくことに対して、何か究極の解を見つけようということではありません。

 そこまで追いかけるのではなくて、「場」に集う/その空間全体に存在するさまざまな要素の関係性(リレーション)を見つめたうえで、通常は見過ごされがちな快適さや便利さにこだわったり、その結果としてコミュニケーションの「場」がより活性されるとか、そうした価値を享受できたりするよう、利用者の中にある“暗黙の期待”をくみ取りながらデザインしていくことが重要だと考えています。

 情報活用空間における課題と、解決への糸口

 オフィスにおけるICT技術の活用は、避けては通れない経営課題です。ネットワーク技術/ICT技術が発達したいま、より速く、より高品質に社員の事業活動をサポートするオフィスの実現が可能になりました。

 しかし、情報機器類やソフトウェアの進化のスピードは速く、また、戦略や組織の変更に応じてオフィス空間自体も臨機応変に変化させていく必要があるにもかかわらず、実際には一度作ったオフィス空間は毎日の活動の中で陳腐化してしまったままということが少なくありません。変化に対応できず、ユーザーは我慢して使い続けなければならないというのが現状です。それはなぜでしょうか。

 その多くは、変化速度の違う「建築・建具・家具類」と「ネットワーク・情報機器・ソフトウェア類」を空間の中で一緒に“固定的”に作り込んでしまうためです。こうした空間は、継ぎはぎ型で変化への対応を繰り返すあまり、結果的には新旧さまざまな概念やその実体である機器類が空間に複雑に入り組んでいて、特定の誰かを呼ばないと満足に使えないという現象に陥りがちです。

 弊社では、企業や組織の目まぐるしい変化、それに伴う空間の変化要求に対応できるよう、可変構造型の情報空間を作る仕組みとして「スマートインフィル」というプロダクトを開発しています。これは建築には依存しない(建築と切り離し)、空間の中に新たな空間をつくる「BOX in the BOX」というコンセプトで、慶應義塾大学との共同開発の中から生まれてきたプロダクトです。

スマートインフィルの一例

 このスマートインフィルで構築された空間では、その中に通信ケーブルや電源ケーブル・情報機器・センサーデバイス・照明・音響機器などを自在に装着し、要求に応じて増減することが可能になります。空間の大きさや形を変えることも可能で、部屋型の形状だけでなく、パーツを組み替えることでウォール(壁)、テーブル、カウンター、情報スタンド(KIOSK)など、いろいろと変化させることも可能です。それら空間内に装着されたさまざまな機器類を簡単に使いこなせるよう、統合的なインターフェイスと制御ミドルウェアを「スマートウェア」として提供しています。

 ユビキタス社会において通信ネットワークや情報機器は、かつてのように裏方ではなく、空間に影響を及ぼすほどに表出し、素材化しています。同時にさまざまなサービスは私たちの活動スタイルを着実に変え、「場」の概念自体も揺らぎ始めています。物理的な空間のあり方も大きく影響を及ぼされているといえます。

 にもかかわらず、相変わらずプロダクト(製品)としてデザインされているものの多くは、古い概念のままの機器としてのものや、古い概念の空間での利用を前提としたものでした。そのギャップをどう埋めていけばストレスがなくなるだろうかという発想から、このスマートインフィルやスマートウェアの開発は始まっています。

 いわば、「一歩引いたデザイン」と呼ぶことができます。マーケティング調査の結果やメーカーとしての思惑だけで全部を“こうだろう”と作り込み過ぎず、ユーザーがそれぞれの完成品に作り上げる余地をあえて残しておく。つまり、「協創のためのデザイン」と呼べるかもしれません。

 「場」に応じて、ある時は会議空間に、ある時は新製品展示空間に、ある時はおもてなしの空間に変化する。コンテンツやサービス、表出させるアイテムを使い手がシーンに応じて自由に組み替えることによって、空間を多義的に使いこなしていく。それはわれわれが期待しているところでもあります。

2/3

Index
ユビキタス時代の「場」づくり入門
  Page1
イノベーションのための「場」の設定
ユビキタス時代の新たな「場づくり」
Page2
単一製品のデザインから、「場」全体のデザインへ
情報活用空間における課題と、解決への糸口
  Page3
集合知と実空間を結び付けて可視化する仕掛け
利用者の活動(行動)を中心に置くという思想

モノ/ヒトをつなぐこれからの「場」のデザイン


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