TRONSHOW2007 レポート
「どこでもコンピュータ」はどこへ向かうのか
岡田 大助
@IT編集部
2007年1月12日
坂村健教授が目指すユビキタス社会とは何なのか。2006年末に開催されたTRONSHOWにおける展示、講演をレポートする(編集部)
2006年12月5日から7日にかけて、T-Engineフォーラムとトロン協会が主催する第23回トロンプロジェクトシンポジウム「TRONSHOW2007」が東京国際フォーラムで開催された。今回は、会場が「次世代リアルタイムシステム技術展」と「ユビキタス・コンピューティング国際シンポジウム」の2つのエリアに分けられて、トロンプロジェクトの最新動向が一堂に集められた。
ユビキタスという単語がバズワード化していく中で、坂村健 YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長が提唱した概念「どこでもコンピュータ(Computer Everywhere)」が何を目指しているのか探ってみよう。
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23年前に想定した「すべてのものにコンピュータ」
「トロン(TRON:The Real-time Operating system Nucleus)プロジェクトを開始したのは23年前の1984年。そのときから、すべてのものにコンピュータが組み込まれる未来を想定し、そのためにはどうすればいいのかを考えてきた」
TRONSHOW2007の基調講演で、坂村氏はこのように切り出した。今日、ユビキタス社会(ユビキタスコンピューティング)という単語によって新しいITインフラが語られることが多くなったが、坂村氏は日本で初期にこの概念を取り上げた1人に挙げられるだろう。この基調講演でも、「ucode」を中心とするユビキタス社会の実現に向けた取り組みに比重が置かれていた。
坂村健 YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長 |
TRONSHOW2007では、会場を「赤(次世代リアルタイムシステム技術展)」と「黄(ユビキタス・コンピューティング国際シンポジウム)」の2つに色分けした。坂村氏は「トロンプロジェクトは、トップダウンとボトムアップの両面進行のフェイズに入った。“黄”は技術をどうやって使ったらいいのか、やりたいことは何なのかというビジョン、つまりトップダウンであり、“赤”はどの技術を使ってやるのか、コンピュータの性能を向上させる技術プロジェクト、つまりボトムアップだ」と語る。
ボトムアップ |
トップダウン |
---|---|
シーズ |
ニーズ |
技術 |
制度 |
要素 |
インフラ |
リアルタイム・システム |
ユビキタス・コンピューティング |
T-Engineフォーラム |
ユビキタスIDセンター |
そして、トップダウンとボトムアップを続けてきた結果、「見えてきた問題がある」と坂村氏はいう。ボトムアップ、すなわち要素技術だけを見れば、ほかにも似たような取り組みがたくさん存在する。しかし、それらは「特定の目的のために作られた技術であり、結果としてコスト高になる」とし、「重要なのはユニバーサルであること」と述べる。
同氏によれば、ユニバーサルであるためには「標準化」と「多目的」が実現されなければならないという。標準化については、どの部分を標準化し、どの部分を競争するのかという見極めが必要になるとし、「インフラとなる部分はオープンアーキテクチャであり、フリーであるべき。実装インターフェイスについては有料で、競争してもらえばいい。TRONは、Linuxよりもはるか以前にオープンアーキテクチャを実現した先駆けだ」と語る。一方、多目的については「極端な少子高齢化社会を迎える日本では、多様性を阻害せず、なおかつ効率的な仕組みが求められる」とする。
このような背景を経て、トロンプロジェクトは方針を転換している。標準化活動は弱い標準化だけでなくT-Engineの開発などでは強い標準化を目指し、プロジェクトの参加者は産学から産官学民に変化しつつある。そして、多くの実証実験を繰り返すことを重視し始めている。
【筆者注】 ただし、「TRON OSの開発に国からの援助は一銭たりとももらっていない」と坂村氏は強調する。 それは、 「Σ(シグマ)プロジェクト」や「第五世代コンピュータ」のような国家ITプロジェクトと同一視されたくないといったニュアンスだった。どちらも多額の国家予算を投入したにも関わらず、失敗したと評価されている。 |
ユビキタスIDアーキテクチャが目指すユビキタスインフラとは
それでは、坂村氏が描くユビキタスとはどのようなインフラなのだろうか。それは、「現実の環境に大量のコンピュータを埋め込み、それにより状況を可能な限り自動的に認識し、その時、その場で、その人にとって最適の個別化された情報やサービスを、ユーザーに意識的な操作の負担をかけることなく提供できる基盤の確立された社会」である。同氏はこのようなインフラを「仮想世界と現実世界をつなぐインフラ」と説明する。
ユビキタスIDアーキテクチャが目指すのは、「世界の情報の構造化」だ。坂村氏は、「仮想世界には情報があふれている。しかし、目の前にあるモノが何であるか分からない場合、ヒントがなければ検索できない。もし、製造物には製造した段階でタギングし、生物は発見した時にタギングしていけば、それが何なのかを検索するきっかけになる」と語る。また、「インフラである以上、タギングのやり方はすべてにおいて同じ方法でなければならない」という。
それを実現したのが「ucode」だ。坂村氏によれば「ucodeは世界で一意の番号で、最も重要な点は意味コードではないこと」だという。ucodeはあくまでも128ビットの数列でしかない。この番号を、モノ、場所、概念に付与することで、世界を識別するための手掛かりにするのがユビキタス社会だ。
世界中のすべてにIDを付与するucodeだが、誤解されがちな点がある。それは、「ユビキタスIDアーキテクチャではヒトにはIDを付与しない」という点だ。「ヒトにIDを振ることは、プライバシーの問題やセキュリティ上の課題があり、非常に難しい」と坂村氏は語る。
さらに、「ucodeは状況の自動認識のための技術であり、目指しているのは、環境がヒトを認識するのではなく、ヒトが環境にリクエストするインフラだ」というのだ。
例えば、エレベータ内における音声ガイダンスを考えてみる。到着階をアナウンスすることは、視覚に障害を持つ利用者には非常に有効だが、健常者にとっては必ずしもそうではない。
坂村氏は語る。「あるユーザーは、心理状況によっては音声ガイダンスを“うるさい”と感じるかもしれない。ユーザーがエレベータという環境に対して、ガイダンスが欲しい、あるいは欲しくないというリクエストを発信し、それをエレベータが自動的に認識するのがユニバーサルなユビキタス社会だ」。あくまでもヒトが主人なのだ。
住友大阪セメントが出展した「RFIDタグ内蔵視覚障害者用ブロック」 |
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