“場所”をIDで識別する「ユニバーサル社会」とは


岡田 大助
@IT編集部
2006年10月28日
日本各地で「自律移動支援プロジェクト」の実証実験が始まった。“場所”にIDを振ることで、どんな人でも、いつでも、どこにでも、だれの手も借りずに移動できるようになる社会とは(編集部)

 知らない街、知らない場所を訪れた場合に、「自分がどこにいるのか」あるいは「どちらへ行けばいいのか」が分からなくなることはないだろうか。それを回避するために、多くの人は地図やガイドブックを事前に用意するだろう。これらの案内情報をRFIDタグやネットワークを使って提供する試みが日本各地で行われている。

 2006年10月7日、東大寺や興福寺、春日大社といった世界遺産がある奈良の街中にRFIDタグ(ucodeタグ)や電波マーカーを設置し、ハンドヘルド端末「ユビキタス・コミュニケータ(UC)」を使って「場所」を識別することで道案内や観光ガイドを行う「奈良自律移動支援プロジェクト実証実験」が開始された。この実証実験は10月〜11月の土日祝日に一般モニター(中学生以上なら誰でも参加可能)を受け付けている。

ユビキタス・コミュニケータ(UC)と街灯に設置された電波マーカー

 ユビキタス技術が人の移動を手助けする「自律移動支援プロジェクト」とはどのようなものなのか。そして、その狙いは何なのか。奈良の実証実験初日に参加してきたので、レポートしたい。

 自律移動支援が目指すユニバーサル社会

 自律移動支援プロジェクトについて簡単に触れておこう。自律移動とは、どんな人でも、いつでも、どこにでも、だれの手も借りずに移動できることを指す。これは、国土交通省とYRPユビキタス・ネットワーキング研究所が2004年3月24日に発表したもので、神戸でのプレ実証実験(2004年9月)を皮切りに、いくつかの実証実験が行われている。平成18年度からはいよいよ実証実験の全国展開が始まり、今回の奈良以外にも青森、東京、静岡、堺、和歌山、神戸、熊本でプロジェクトが行われる予定だ。

場所 実証実験名 期間
青森県(弘前市) ゆきナビあおもりプロジェクト (2007年1月〜2月)
東京都 東京ユビキタス計画・銀座 (2006年12月〜)
静岡市 静岡おもいやりナビ実証実験 (2006年11月)
奈良県 奈良自律移動支援プロジェクト (2006年10〜11月)
堺市(大阪府) 堺市自律移動支援プロジェクト (2007年2月)
和歌山県 熊野古道ナビプロジェクト (2006年11月)
神戸市 自律移動支援プロジェクト(神戸) (2007年1月〜2月)
熊本県 くまもと安心移動ナビ・プロジェクト (2007年2月)

 自律移動支援の具体的な項目として挙げられるのは、目的地までの移動手段や経路情報の事前入手、移動中の支援情報(緊急時など)、周辺の標識や案内情報、目的地の施設内情報の提供などだ。

 プロジェクトの目的の1つに「ユニバーサル社会の実現」が含まれているように、観光地でのガイドだけでなく身体障害者への支援、災害時対応、物品のトレーサビリティを提供できる社会インフラの構築が目指されている。

 例えば、駅などの交通機関や公共施設、大型の商業施設などで障害者用のトイレを見かけることが多くなった。しかし、これらが必ずしも視覚に障害を持つ人々に活用されているかといえば、そうではないらしい。なぜならば、障害者用設備がどこにあるのかが分からないからだという。

 UCをカーナビゲーションシステムのように利用し、視覚障害者には音声によってガイドを提供する。そのためには、UCを持つユーザーが「いま、どこにいるのか」を把握する必要がある。GPSでは精度が不十分なうえ、建物内で利用できない。そこで、電柱や街灯、点字ブロックなどに固有のIDを持つRFIDタグを埋め込んだり無線マーカーを設置したりする。このID体系を運用するためにユビキタスIDセンターで開発されたucodeが採用されている。

 古都・奈良が抱える課題を解決できるか

 奈良自律移動支援プロジェクト実証実験のオープニングセレモニーに登壇した柿本善也奈良県知事は「ユビキタス技術によって奈良が変わる」として実験に期待を寄せる。基本的な観光情報からちょっとしたトリビアまでデジタル化することで、観光客が自分の好みや興味に応じたプランを立てられるようになるだけでなく、予定外の寄り道なども期待できる。

 奈良の場合、近鉄奈良駅から“奈良の大仏様”がある東大寺金堂まで約1.5キロの道のりの間に、神社仏閣、それに由来するさまざまな観光地が点在する。観光客がこれを全部回ろうと思えば、分厚い観光ガイドが必要になってしまう。これがUCに置き換わることで重さや煩わしさから解放される。また、デジタル化により音声、動画といったガイドブックにはない表現力を持ったコンテンツが提供できる。

 さらに、実証実験の現地スタッフによれば、観光客の多くは駅から東大寺までの大通りから外れることがなく、どれだけ脇道に入ってもらえるかが課題だったという。実証実験で使われたUCでは、分岐点などで「まっすぐ行くと東大寺方面、右に曲がると東向商店街」といった案内が表示される。画面をクリック(タップ)することで、なぜ「東向」という名称なのかという補足情報や商店街内の土産物屋やレストランなどの情報が得られる。

 このほか、UC内に拝観料の割引クーポンなども入っており、寄り道を“助長”する。奈良は京都から日帰り旅行が可能な距離にあり、滞在時間を長くすることで宿泊客の獲得にもつながるのではと期待されている。

 最近では海外からの観光客も多いという。そこで、UCには日本語のほか、英語、中国語、韓国語のコンテンツが用意されている(言語設定で切り替えられる)。県知事は、「デジタル化することで、小さいハンディ端末で中身の濃いコンテンツが実現できる。実証実験から得られるデータを元に利便性を向上させたい。2010年の平城遷都1300年記念事業に向けて“器”と“コンテンツ”の両面で新しい奈良を作りたい」と語った。

奈良を訪れる観光客の手にUCがある日は来るのか。鹿も興味津々?

 
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Index
場所をIDで識別する「ユニバーサル社会」とは
Page1
自律移動支援が目指すユニバーサル社会
古都・奈良が抱える課題を解決できるか
 
  Page2
生活密着型の情報インフラは完成に10年かかる


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