BOTとは何か?[前編]
変幻自在なBOTの正体を暴く
岡本 勝之トレンドマイクロ株式会社
トレンドラボ・ジャパン アンチウイルスセンター
ウイルスエキスパート
2005/9/22
ウイルスは「目的」から「手段」に |
このようにBOTが従来のウイルス脅威と大きく異なるのは、プログラム自体や手法の変化ではなく不正プログラムを作成する人間の「意図」の変化によるものといえます。
従来、コンピュータウイルスはウイルスの作成そのものや流行させることが目的とされてきました。これまでに大流行したウイルス、例えば「ミケランジェロ」「チェルノブイリ(PE_CIH)」「ラルー」「メリッサ」「ラブレター」「マトリックス(MTX)」「コードレッド」「ニムダ」「MSブラスト」などが代表でしょうか。
時代によって規模はさまざまでしたが、これらの大流行の裏で想像されるウイルス作者像は、自身が作成したウイルスの流行を喜ぶ愉快犯、自分の力で世界中を騒がせてみたい、もしくは誰も作ったことのないようなウイルスを作成して自身のスキルを誇示したい、ハッカーコミュニティでいい顔がしたい、というような自己顕示欲を満たそうとするものでした。いい換えればウイルスを作成して流行させることそれ自体が「目的」だったということになるでしょう。
しかし、近年はこのようなウイルス作者の性格が変化してきました。BOTネットワークを操るハーダーにとってBOT自体の作成や流行、BOTネットワークの構築は目的ではありません。BOTネットワークをコントロールすることで可能となる情報の盗用や特定対象へのDoS攻撃による嫌がらせ、スパムメールの中継などは、実はすべて「金銭的な報酬」と結び付いています。
ウイルスの活動と金銭は結び付けがたいかもしれません。しかし、すでにフィッシング詐欺などで各種個人情報の漏えいが問題になっているように、ユーザーの個人情報、企業の社外秘情報や顧客情報は容易に金になります。
一見金銭的報酬とは遠そうなスパムメールの踏み台やDoS攻撃ですが、スパムメール業者は金を出してでもスパムメール送信の踏み台にできるメールサーバ網を構築したいと思っていますし、商売敵のオンラインショップをDoS攻撃でダウンさせることに金を出す業者もいます。もしくはネットワーク展開している企業にDoS攻撃をかけるという脅迫によって金銭を巻き上げるケースも報告されています。
このようにBOTは金銭的な報酬を得るためアンダーグラウンドの要求に沿って進化しました。ウイルス作者にとってウイルスは「目的」から「手段」へと変化したといえるでしょう。
図5 スパムメールの踏み台 |
道具としてのBOT |
このようなウイルス作者側の変化を頭に入れたうえで、どうしてBOTがここまで大きな存在になったのかを見てみましょう。ウイルスが「目的」から「手段」へと変わったことによりウイルスは1つの道具になりました。道具は使いやすいことが第一です。名は体を表すという言葉があります。BOTも出現当時はいまのような存在ではなかったわけですが、現在に至って当時に命名されたBOTという呼称は非常に象徴的だったように思われます。
ロボットという言葉には、人間のコントロールを受けて手足となって働くというイメージがあるのではないかと思います。ちょっと古いイメージかもしれませんが、日本でいうと「鉄人28号」という感じですね。この人間のコントロールを受けるというのは道具として重要な点です。
従来のウイルスはいったんネットワークに流出し感染を始めると基本的にはウイルス作者のコントロールを離れてしまうものでした。もともとBOTはバックドア型ハッキングツールであり、外部と通信を行ってリモートコントロールされるという機能を持っています。これがBOTの発達した1つの理由でしょう。
特にBOTが進化するうえで大きな利点となったのは、リモートコントロールのための通信手段として主にIRCを悪用していることです。インターネット上のチャットシステムとしてすでに確立、普及しているIRCを悪用することにより、独自のプロトコルで通信を行うより簡単に通信の確実性が確保されます。
また、指令を出すハーダー側もIRCのクライアントさえあれば専用のクライアントプログラムは必要なく、チャットを行う感覚でコマンドを入力するだけでBOTをコントロールすることができます。リモートコントロールが確実、容易な点がBOTネットワークを大きな脅威にしている1つの要因です。
後編では、BOT作成者が使う手口を取り上げながら、なぜBOTが爆発的に増殖したのかを解説します。
2/2 |
Index | |
変幻自在なBOTの正体を暴く | |
Page1 不正プログラムとしてのBOT BOTネットワークの脅威 |
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Page2 ウイルスは「目的」から「手段」に 道具としてのBOT |
BOTとは何か | |
前編 変幻自在なBOTの正体を暴く | |
後編 なぜBOTは増殖するのか |
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