Office XPやWindows XPも結構だが、これ以上マイクロソフトに縛られるのは御免だ、と感じている人は少なくないようだ。 例えば先だって(2001年3月)、本サイトで行った読者アンケートにおいて、Windows XPに対するコメントを募ったところ、全般に否定的なものが目立った(2001年3月時点でのWindows XPに関するアンケート結果)。3月といえば、マイクロソフトからWindows XPが正式に披露され、画面ショットがいくつか公開されたばかりのころで、機能詳細などは明らかになっていなかった段階である。Windows 2000ユーザーが中心の本サイトの読者にとって、「Windows XPに移行するメリットが不明」という意見はもっともなものだ。 しかし理由はどうあれ、Windows XPはOSのメジャー・バージョンアップである。また、その後のベータ2で公表されたWindows XPの新機能一覧を調べていくと、小粒ではあるがOSの使い勝手や安全性を向上させるための新機能が実に数多く組み込まれていることが分かる(これらについては、本サイトで今後詳しく解説していく予定である)。マイクロソフトの説明不足があったにせよ、もう少し、新OSに期待する声があってもよかったのではないか? 冒頭に記したような先入観を持っている人が少なくないと感じる理由はここにある。 つまずいたネットワーク・サービス戦略今から約5年前の1995年11月23日、日本語版Windows 95の発売が開始された。マイクロソフトのオンライン戦略の第一歩ともなったこの新OSには、MSN(The Microsoft Network)と呼ばれるパソコン通信サービスへのアクセス機能が標準で搭載されていた。今となっては信じがたいことだが、これはインターネットではなく、あくまでMSNという、マイクロソフトが独自に運営するパソコン通信の接続機能である。どうしてもインターネットに接続したければ、Windows 95のパッケージに加えて、Microsoft Plus!というオプション・パッケージを別途購入する必要があった(この中に、Internet Explorerの初期バージョンが収録されていた)。 当時すでに、インターネットは急速に人口を増やしつつあったが、この段階でマイクロソフトは、圧倒的なWindows 95の影響力を後ろ盾として、MSNでインターネットを凌駕できると考えていた。しかし現実には、これからわずか3カ月も経たない1996年2月に、マイクロソフトは独自のMSN戦略に見切りをつけ、全社を挙げて全製品のインターネット対応を行うという電撃的な方針転換を行った。ユーザーは、マイクロソフト独自のMSNではなく、オープンなインターネットを選択したということだ(その後MSNは、インターネット上のWeb情報サービスに変身して現在に至る)。 マイクロソフト帝国の逆襲あれから5年。全社を挙げてインターネットにコミットした成果により、マイクロソフトは、今ではインターネットをリードするソフトウェア企業の1つになった。そのマイクロソフトが次に目論むのが、次世代インターネット戦略のMicrosoft.NETである。詳しくはInsider.NETフォーラム(Insider.NETのトップページ)の各記事をご覧いただくとして、簡単に言えば、Microsoft.NETとは、SOAPとXMLというインターネット標準プロトコルを利用して、ネットワーク上のソフトウェア(コンポーネント)が人間を介することなく会話できるようにし、ソフトウェアが能動的にネットワーク上のサービスやデータを探索できるようにするというもの。この仕様にのっとって構築されたサービスはWebサービスと呼ばれる。SOAPとXMLという標準プロトコルを使うことから、誰でも自由にWebサービスを構築できる。マイクロソフトは、電子メールやカレンダーなど、基本的ないくつかのWebサービスのセットを自前で提供し、将来の購読型アプリケーション・サービス(オンラインでサービスを提供し、課金する新たなビジネス・モデル)の礎にするとしている。これが先ごろ発表されたHailStorm(ヘイル・ストーム)である。 アトラクションのご利用には「パスポート」が便利ですHailStormにおいては、Passportと呼ばれるユーザー認証サービスが大きな役割を果たす。Passportは、文字どおりHailStormの各サービスを利用するための「パスポート(旅券)」を提供してくれる場所で、ここにユーザー情報を登録しておき、認証を受ければ、いちいち自分が誰かを明示的に通知することなく、さまざまなWebサービスを利用できるようになる。またクレジット・カード情報を登録しておけば、オンラインショッピングでもいちいちカード番号を入力しなくてすむ(すでにこのPassportは、既存のWebサイトを利用するためのサービスとして利用可能である。詳細はPassportのホームページを参照のこと)。 WebサービスやHailStormに関するマイクロソフトのドキュメントを読むと、「SOAPとXMLという標準インターフェイスを使用するため、これらは特定のOSなどに依存することなく利用可能なサービスだ」という点が強調されている。確かにこれはウソではない。しかしそれを利用する際に、実質的にPassport認証が必要だとしたら、それはオープンなサービスとは言い難いだろう。遊園地で言えば、アトラクション(Webサービス)を作るのは自由だが、遊園地への入場券はマイクロソフトが取り仕切るというようなものだ。遊園地の「パスポート・チケット」同様、これを持たないユーザーは、アトラクションを使おうとするたびに、チケットを買い求めなければならない。 HailStormや.NETは、決して遠い未来の話ではない。例えば先ごろ、関係者向けに大量配布されたWindows XPのベータ2を見ると、Passport対応がしっかりと組み込まれている。この機能を使えば、Windows XPにログオンすると同時に、インターネット上のPassportサービスに自動的にサイン・インできるようになる。1度は明示的にユーザーが設定を行う必要があるが(逆に言えば、明示的に設定しなければ、Passportの自動サイン・インは有効にならない)、それさえしてしまえば、後はPassportのことなど気にすることなく、常にPassport認証された状態で(つまりパスポート・チケットを携えた状態で)インターネット上の情報サービスを利用できるようになる模様だ(Windows XPにおけるPassport対応の詳細は別稿「Insider's Eye:Windows XPベータ2日本語版クイックツアー -- 4.初心者を意識したユーザー管理」を参照)。 .NETはMSNのリターンマッチか?こうしたPassport戦略に対して、米メディアなどを中心に、「マイクロソフトのお家芸である実質的な囲い込み」だと懸念する向きが少なくない。5年の歳月をかけて、下位インターフェイスをTCP/IPやインターネット標準プロトコルに載せ換え、さらに高度なSOAP/XMLプロトコルを追加して、一度はMSNで失敗したネットワーク情報サービスのリターンマッチを仕掛けている。そう感じるのは筆者だけだろうか。 情報産業の次期主戦場と目されるネットワーク・アプリケーション市場において、Passportが.NET戦略の囲い込みの要として機能するのなら、IBMやSunといったインターネット上のメジャー・プレイヤーたちも、必然的にPassportに対抗する認証機能を独自に構築する必要に迫られるだろう。SOAP/XMLという標準プロトコルをせっかく使っていても、肝心のサービスを利用するための「入場券」にはいろいろな種類があるということになってしまわないか。 企業は、市場の独占に向かって競争に励むという前提で成り立っている以上、「囲い込み」自体は悪いことではないし、マイクロソフトよりも巧妙かもしれないが、誰もがやっていることである。しかしそれは、独りよがりではなく、ソフトウェアの巨人、マイクロソフトの貫禄を感じさせるものであってほしい。.NETが成功するかどうか、問われているのは、マイクロソフトに対して、図らずもこれまでに醸成されてしまった負の先入観を払拭する「器量」である気がしてならない。 小川 誉久(おがわ よしひさ) |
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