CIO】 【経営企画部

連載
プロセスを起点にした経営変革(2)


サービスの改革が生産財企業の事業を変える

有限会社アイ・エフ・コンサルティング
高橋 淳

2006/4/25

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プロセス共有の3つの条件

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 顧客とプロセス共有を実施する場合、重要な役割を果たすようになったのがWebサービスに代表されるインターネットを介した情報共有サービスです。単なる情報の照会だけでなく、計画、調整を伴う管理業務に必要な製品や業務の遂行状態の情報を直接やりとりし、ないしは事業者と顧客が同等の立場でそれらの情報にアクセスし運用することができるようになりました。

 A社の事例でいうと、顧客の資産であるさまざまな設備機器の機種、機番、保守予定などをWebから照会できるようにしたことで、A社と顧客でプロセス共有を実現しました。この仕組みは、専用の端末の設置や相互のシステム同士の直接の接続を必要とせず、セキュリティ上の問題が起こらないようにしながら、低コストで、まったく新規の顧客に対しても容易に利用してもらうことができます。そのことが、何より顧客側の業務の効率化と利便性に役立つのです。操作の訓練を必要としないサービスを多数の顧客に対して低コストで提供することがこのような技術によって初めて可能になったのです。

 逆に、このような技術があれば直ちに顧客とのプロセスの共有化が可能だろうかと考えると、事はそれほど簡単ではありません。これには3つの条件があります(図2)。

図2 顧客とのプロセス共有化を実現する条件

 

■条件1:顧客に対する深い理解

 第1に製品を使用する顧客の業務プロセスや使用条件などに対する深い理解と知識が必要になります。自社が提供するものが製品であれ、ソフトウェアであれ、サービスであれ、それを顧客がどのような目的のために、どのような環境で、どのようなやり方で使用しようとしているのか。またどのようにすればより良く目的を達成できるのかということをよく理解して、それを自社製品の仕様や機能と結び付けて説明できるような知識が必要だということです。

 そしてそれは、自社の組織全体における知識として共有され、製品や付帯サービスの開発において参照され、また販売やサービスのプロセスにおいて活用されるようになっていなければなりません。それらの実行プロセスにおいて、顧客との接触から学んだ結果がフィードバックされるようなナレッジマネジメントの仕組みを構築することが大切になります。

■条件2:顧客の共通性と多様性に対処可能なプロセス

 第2にサービスを実行する業務が、きちんと標準化され、信用のおけるプロセスとしてマネジメントされ、確立されていることです。1番目に挙げた知識を活用して、顧客の共通性と多様性に対処していけるような業務の仕組みを作る必要があります。

 顧客がそのプロセスに相乗りしていくわけですから、簡素で分かりやすいサービスの提供が行われなければなりません。セキュリティや信頼度の高い処理が行われていることも担保されなければなりません。それと同時に顧客の業務の多様性に対して応じられるようなルールなどのパラメータのカスタマイズの機能も必要とされます。そういうふうにサービスのプロセスを設計するということが非常に重要になるのです。

■条件3:サービス提供に適した組織

 第3にそのようなサービスが多数の顧客に対して効率的に実施され、有効に機能するような組織を形成することです。顧客との接点を膨らませ、点のサービスから面的あるいは立体的なサービスを提供し顧客とのプロセスの共有化を図っていくとなると、そのサービスの遂行に対する判断・意思決定や状況把握について新たなコミュニケーションの方式が必要になってきます。つまり、従来のような点的なサービスですと、例えば据え付けや修理といった作業を専門とする作業担当者が顧客の事情ではなく、作業の効率や必要な技術を中心に考えて行動すればよかったわけです。しかし顧客の目的の達成を助けるという観点からは、単に修理をすればよいということだけでなく、実際に顧客が業務を再開できるようになるまでの時間を最短化するような各職能の連携や調整が必要になります。

 それを突き詰めていくと、従来の専門職能別の縦割り組織では判断や調整に時間がかかり、速やかな顧客対応ができなくなるので、もっと顧客の目的達成に直結するような組織体制を作らなければならなくなります。A社の場合にはコールセンターが全社のオペレーションに対するスーパーバイザーになり、顧客に直接、接触するあらゆる業務の中心となりました。支社、本社別、あるいは営業、定期点検、コール修理、資材管理と別々であった機能の遂行が、すべてコールセンターとその運用システムによって統合的に管理されるようになったわけです。ただし、「管理」といっても、指示、命令を出すということよりも情報を集約し、それを各担当者に開示することによって自発的に相互調整が行われるようになっているというイメージでとらえるべきでしょう。

図3 顧客接点を追求した企業組織への転換

 これらは、当然のことながらITやシステムの問題ではなく、経営管理や業務の改革の課題です。しかし、BPM(ビジネスプロセス・マネジメント)の手法やシステムはこのような改革を進めていくうえで大変役に立ちます。最後にその点に触れておきましょう。

BPM方法論の意義

 BPMの手法には、知識、知識の表現や構成に関するルール、業務プロセスなどの現状を図解して可視化するための表現手法やその作業を支援するツールが含まれています。また実施のための業務の標準や基準となるルールとプロセスの設計、さらには業務マニュアル作りを助けるツールもあります。

 またBPMには、業務の設計と情報システムの設計を分けて考えることができるような設計の方法論があります。従来のシステム開発の方法論では、採用可能な技術に合わせて業務システムを設計するというある種の「思考の制約」がありました。対して、BPMの方法論では業務の設計をシステム技術から切り離して、制約なしに設計することを志向しています。顧客とプロセスを共有するというときには、顧客が目的を達成することに最も貢献するサービスのプロセスを構築することを第一義とするべきであって、「できること」ではなく「やるべきこと」に焦点を当てることが必須です。

 システムが導入され、サービスが実施される段階では、サービスレベルの設定と順守状態の測定を行うためのツールを活用することができます。新しいコミュニケーションや判断の仕組みを構築するうえでは上記のような設計ツールからワークフローに落とし込むツールが役に立つでしょう。

 A社が彼らの改革活動に取り組んだときに、まだBPMのツールが普及していなかったのは極めて残念なことでした。しかしA社は、BPM手法が目指しているところを先行してうまく実現しています。図2に「A社での適用業務事例」を示してみました。もしもA社がBPMのツールを使うことができたとしたら、もっと効率的な開発・導入ができたであろうことは間違いありません。

 しかし、それではBPMの方法論があればそれでよいのかというと、そうではないことは明らかです。顧客の目的の達成という観点から「業務プロセス」「知識」「組織」を再構築し、自社の提供機能を拡張するというシナリオを描いてこそ戦略的な成功に結び付くわけです。BPMをシステム開発の方法論の変更という範囲にとどめることは大変にもったいないことなのです。

筆者プロフィール
高橋 淳(たかはし あつし)
有限会社アイ・エフ・コンサルティング 代表
筑波大学経営政策科学研究科卒。1981年、株式会社日本能率協会(現日本能率協会コンサルティング)に入社。管理間接部門の業務効率化、OA化推進のコンサルティング経験を経て、企業の総合的な経営革新活動の支援へとコンサルティング領域を広げてきた。2001年、株式会社日本能率協会コンサルティングを退社。有限会社アイ・エフ・コンサルティグを設立し、代表取締役を務める。社団法人企業情報化協会の調査研究活動に参画し、研究活動および講演活動などを行っている。著書に「ペーパーレスオフィス〜その考え方・進め方」(日本能率協会刊)がある。
■要約■
一般に生産財メーカーにおいては2つの競争戦略の方向性が見られる。プロダクト志向戦略とカスタマ志向戦略だ。カスタマ志向の戦略には、提供する機能の軸における拡充と時間軸における拡充の2つの方向性がある。機能軸および時間軸のサービスの拡張を進めていくと、必然的に顧客の業務へのより深い関与が要求される。

このとき、重要な役割を果たすようになったのがインターネットを介した情報共有サービスである。しかし、技術があれば直ちに顧客とのプロセスの共有化が可能だというわけではない。3つの条件がある。

第1に、製品を使用する顧客の業務プロセスや使用条件などに対する深い理解と知識が必要である。第2に、サービスを実行する業務が、きちんと標準化され、信用のおけるプロセスとして確立されていることが求められる。第3にそのようなサービスが多数の顧客に対して効率的に実施され、有効に機能するような組織を形成することである。

これらは経営管理や業務の改革の課題だが、BPM(ビジネスプロセス・マネジメント)の手法やシステムは、このような改革を進めていくうえで大変役に立つ。

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サービスの改革が生産財企業の事業を変える
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生産財メーカーの競争戦略
機能軸のサービス拡張、時間軸のサービス拡張
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プロセス共有の3つの条件
 条件1:顧客に対する深い理解
 条件2:顧客の共通性と多様性に対処可能なプロセス
 条件3:サービス提供に適した組織
BPM方法論の意義


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