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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(20)

トヨタも苦戦! 「固定費削減で回復」は真実か

高田直芳
公認会計士
2011/10/13

「固定費削減により業績回復の兆しが見え始めた」といわれる自動車メーカー。しかし実際に分析をしていくと、「生産管理の鬼」であるトヨタでさえも苦戦する固定費削減の実態が見えてくる。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年11月20日)

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 今回は、前回コラムでも予告したとおり、自動車メーカーの2009年9月期(2010年3月期第2四半期)決算から「自動車産業が日本経済へ及ぼす影響」について検証していきたい。

 過日、知人がエコカー減税を利用してトヨタの「プリウス」を購入したので、試乗させてもらった。まさに「走るサロン」といったところだ。会社の昼休みにはプリウスにこもり、ノートパソコンからネット証券に繋いで後場の指し値をいれるというのだから、車内はトレーディングルームも兼ねていた。

 妻子持ちの彼が「会社や家にいるよりも、クルマで暮らすほうが楽しい」と発言していたのには危ないものを感じたが、コンビニを渡り歩いていれば何不自由ない生活を送れるのも確かだろう。「鉄は国家なり」といわれた時代は過去のものとなり、現在の日本経済は「クルマ立国」とも呼べそうだ。愛知のトヨタが風邪をひくと、栃木のキャベツの価格が暴落してしまうのではないだろうか、と危惧してしまうほどである。

決算発表で頻出した
「固定費削減」に疑問符

 トヨタの影響がキャベツに至るまでの因果関係をたどるには大変な分析作業を必要とする。しかし、トヨタをはじめとする「自動車産業の“クシャミ”」が今年の日本経済にどれだけの影響を及ぼしたかは、09年9月期(10年3月期第2四半期)の決算によって知ることができる。

 特に今回の決算で、筆者が注目したキーワードは「固定費削減」だ。どれだけ登場するのだろうかと、過去のスクラップ記事を拾い集めたところ、「出るわ、出るわ」でウンザリして、途中から読むのをやめてしまった。

 参考として、09年3月期後の40日間を対象に「固定費削減」で調べたところ41件。それに対して、09年9月期後の40日間で同様に調べたところ58件もあった。半年間で約1.4倍である。

 固定費は、「売上高の増減に比例しないコスト」と定義される。また、「削減しようと頑張ってみても、そう簡単に削減できない」という特徴がある。例えば、JALの再建策で最も紛糾している「年金問題」もその1つ。年金を含めた人件費の多くが頑強な固定費で構成されるため、あれだけ揉めているのだ。

 それがどうして、半年間で「固定費削減により業績回復の兆しが見え始めた」と臆面もなく決算発表できるのだろうか。ストライキの1つも起きずに削減できるコストは、厳密な意味での固定費とはいわない。10年3月期の本決算では、再び腰砕けになる予感がする。

 まさか、現場を知らない本社のエリートが「固定費削減」という文字に飛びついて役員会に報告し、役員は「そうか、固定費削減か。みんな、よく頑張ったな」と褒め称えて決算発表に臨んではいないだろうか。

 今回の決算発表で頻出した「固定費削減」の文字は、キャベツの叩き売りと同じで、ずいぶんと安っぽいものになってしまったようだ。

自動車メーカーにおける
固定費削減の実態

 そこで、「クルマ立国」の中枢をなす、トヨタ自動車(以下トヨタ)、本田技研工業(以下ホンダ)、日産自動車(以下ニッサン)といった自動車三大メーカーの業績に着目し、これらの企業における「固定費削減の効果」のほどを調べてみた。

 トヨタの決算短信を参照したところ、その補足資料(連結決算)3頁目に「当期純利益増減要因」を分析する資料が掲載されていた。

〔図表1〕トヨタ、当期純利益増減要因

 〔図表1〕が09年4月から9月までの6か月間の累計額である。失礼ながら、筆者の第一印象は「ふーん」であった。次に、ホンダとニッサンの決算短信を参照したところ、両社には固定費の「固」の字さえなかった。再び「ふーん」である。筆者の分析作業が、いきなり暗礁に乗り上げてしまった感じだ。

 第19回コラムでも述べたように、決算短信は短時日での公表が要求される制度であるため、決算を組むだけでも大変なことは理解できる。しかし、企業側にはもう少し詳細な情報開示をお願いしたいものである。

トヨタの実際売上が損益分岐点割れ!
しかし、「景気の底」は見えたか

 ということで、各社の決算短信からは固定費削減についてこれ以上のデータが得られないので、筆者の分析データを以下に紹介していこう。分析の基本となるのは〔図表2〕に示すコスト関数である。

〔図表2〕コスト関数

 yは総コスト(=変動費+固定費)、bは固定費(特に基準固定費という)、eは自然対数の底、kは操業度率を表わしている。関数の詳細は拙著『会計&ファイナンスのための数学入門』147頁を参照していただきたい。

 第1回コラム(ニッサン編)と第2回コラム(ホンダ編)では、両社の業績からタカダバンドを描いてみせた。当時、トヨタについては省略したので、今回はトヨタ編をお見せする。

〔図表3〕トヨタの売上高推移


 赤い線で描いた最大操業度(企業の利潤を最大にする売上高)と、青い線で描いた予算操業度売上高(量産効果を最も発揮する売上高)に囲まれたところが、タカダバンドである。これは〔図表2〕の式を微分して展開していったものだ。

 〔図表3〕を見ると、08/3(08年3月期)までトヨタの業績は順調に推移していた。ところが、08/6(08年6月期)以降、タカダバンドは上放たれて、トヨタの業績が乱気流に巻き込まれたことを示している。

 08/9(08年9月期)以降、損益分岐点売上高が20兆円前半を推移し、09/3(09年3月期)で損益分岐点売上高と実際売上高が「損益デッド-クロス(注)」になったのは不気味だ。損益分岐点売上高が実際売上高を上回る状態が続くと、第18回コラム(赤字国債編)で詳解した「内部留保」を食い潰すしかないからだ。そして、食い潰した先にあるのが、「債務超過」である。

 右端にある09/9(09年9月期)では、損益分岐点売上高が下降傾向を示し始めており、実際売上高は反転上昇への期待を伺わせる。おそらく、今回の中間決算が「景気の底」であり、近いうちに「ゴールデン-クロス(注)」となるのだろう。なお、09/9(09年9月期)における実際操業度率(実際売上高を予算操業度売上高で割ったもの)は、後掲する〔図表9〕で示すように、55.7%である。

(注)デッドクロスやゴールデンクロスは、株価チャート用語である。デッドクロスは、テクニカルチャートの基本的な見方の1つで、動きの速い線が動きの緩やかな線を下回ることをいう。一方、ゴールデンクロスは、テクニカルチャートの基本的な見方の1つで、動きの速い線が動きの緩やかな線を上回ることをいう。

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